第14話・魔獣の話2
「ロイドは覚悟を決めたみたいだね」
オリンポスの言葉に、エイジが頭を掻きながら言った。
「すまんロイド、俺、貯金してなくてな……ほとんど出せねぇ」
「まあ、僕たちのお小遣いや資産程度でどうにかなる額じゃないからねー。エイジの貯蓄があったとしても何も変わらないよ」
そして、オリンポスはさらりととんでもないことを口にした。
「なので、アゾアラスの家とソレナリフの家からお金を出させることで同意したよ」
「……オリンポス、いつの間にそんな交渉をしてたんだ」
「彼らのやったことを考えれば、それくらい当然でしょ? お金で済むだけ温情だよ」
にやりと笑うその顔に、背筋が寒くなる。
「……俺、オリンポスだけは敵に回さないって決めたわ」
エイジがぼそりと呟いたのも、よく分かる気がした。
「……では、ココの奪還作戦を発令する」
アゾアラスの一声が、作戦の幕を開けた。
「おじさん、むこう100年くらいお小遣い無しになっちゃったよ〜」
ソレナリフがぼやいているが、その年齢で100年も生きるつもりなのか、冗談なのか判断に迷う。
「さて、メンバーも揃ったし――ここからが正念場だ」
場の空気が引き締まる。作戦会議が始まった。
「まずは、ココさんがどこにいるかだね」
オリンポスが議題を切り出すと、エイジが口を挟む。
「あー、その前にナルメシアに回答を言わなくて良いのかよ?」
「あの魔女は、あれで義理堅い。1度した約束は反故にしないだろう」
と、アゾアラスが自信ありげに断言する。あのナルメシアの性格まで把握しているあたり、さすがというべきか。
「まずは、ココをナルメシアの元に連れていく必要がある。そのためにも、まずはココの居場所を押さえることが重要だ」
俺がそうまとめると、オリンポスが軽く頷いて――
「そーそー。それで、どこにいるかだけど――どうせソレナリフ、知ってるんでしょ?」
唐突にぶっちゃけた。
「あはは、正確な位置はわからないけどね。でも――魔王軍は“四天王制”を敷いてて、それぞれの幹部に支配地域が割り振られてるんだ」
「うわー、すげぇ。それっぽい!」
エイジが妙にテンション高い。……トラックの時もそうだったけど、異世界って一体どんな世界だったんだろう。
「で、僕が知ってる幹部の支配地域を地図に塗っていくとね、空白になってる場所が出てくるんだ」
ソレナリフが指差したその場所に、みんなの視線が集まる。
「あー……なるほど。彼女の支配地域として“ぴったり”な場所だね」
オリンポスが地図を見つめたまま、静かに呟いた。
「……タカレ山脈。そこにココが……?」
「そう。あそこは重要拠点だ、それに、なにより彼女の故郷。幹部となった今、あの地を預かるのは理にかなってるんだよねぇ」
ソレナリフの語り口は、まるで“それが当然のこと”だと言いたげだった。
だが――
あの場所は、俺たちの思い出の場所でもある。
今はもう、戦うべき“敵の領地”なのか。
「……なら、なかなかに厄介だ」
オリンポスの表情が険しくなる。
「この場所は、元々難所だ。吹雪に加えて、雪なだれを自在に引き起こせるココさんの魔法……侵入者にとっては地獄だよ」
「いや、それだけじゃ済まないぜ」
と、エイジが口を挟む。
「そうだねぇ」
と、ソレナリフが肩をすくめて笑う。
「あの子には、力強い相棒がいるからね」
「……ああ。アイスだな」
エイジがその名を口にすると、皆が黙り込んだ。
「そうそう。山脈の魔獣たちをまとめあげる“ボス”さ。魔獣たちの連携と野生の感覚による警戒網……一帯の監視体制は、ほぼ完璧といっていい」
「ちなみに、山脈に入ったうちの諜報員が次々に魔獣に襲われてるよ」
ソレナリフの報告に、場が静まり返る。
「完全に敵として見なされてるな……」
エイジが重く呟く。
「……ココを救うために、アイスの説得はできないのか?」
俺は希望を捨てきれず、オリンポスに問いかける。
だが、彼は静かに首を振った。
「無理だと思う。アイスは、ココさんの“意思”として忠実に動いてる。あの存在を攻略しない限り、ココさんには近づけないよ」
「つまり、ココを救うためには――彼女の“相棒”を倒さなければならない。辛い話だな……」
胸が、ひどく痛んだ。
「それでも……前に進むんでしょ?」
オリンポスが俺に視線を向ける。
「……ああ。止まるわけには、いかない」
その答えに、ソレナリフがにやりと笑って言った。
「じゃあ方針は決まりだね。――“アイス攻略作戦”開始、ってとこかな」
……
「――そうか。なら、二つの戦場を用意する必要があるな」
アゾアラスが静かに呟いた。
「……ん?どういうことだ?」
俺が問い返すと、オリンポスが肩をすくめた。
「アゾアラスは、いつも説明を端折りすぎなんだよ。じゃあ、僕が順を追って説明するね」
オリンポスは指を一本立てる。
「まず、ココさんとアイス――あのコンビの最大の強みは“機動力”と“連携”だ。特に逃走性能が異常。正面から仕掛けても、確実に取り逃がす」
「だから、弱点を突く。彼女たちの軍には、実質“司令官”が二人しかいない。ココさんと、アイスだ」
「つまり、同時に複数の戦場を捌くことができないってことか」
エイジが頷く。
「正解。だからこちらから“戦場を二つ”用意するんだ。二方向で同時に攻めれば、あの二人は分かれるしかなくなる」
「分断さえできれば、ココさんにも、アイスにも“隙”が生まれる。そこを突くのが、今回の鍵になる」
「……やっと分かった」
俺は拳を握りしめた。
――ココを救うための戦いが、ここから始まる。
……
「地形戦や魔獣の対処については――後で詳しく詰めよう」
オリンポスの提案に俺は静かに頷いた。
「……俺がココを引きつける。本来なら、俺がアイスも倒さなきゃいけないのかもしれないけど……」
そう言い切ると、場に一瞬の沈黙が落ちる。
「言うと思ったよ。で、どうやって引きつけるの?策はある?」
「……それは、これから考える。任せてほしい」
まだ何も浮かんでない。でも、これだけは――俺の役目だ。
「うん、まあいいんじゃね?」
エイジが肩をすくめながら、あっさりと同意した。
……
「なら次だね。もう片方、アイス攻略戦を誰が指揮するかだ」
オリンポスがアゾアラスに目を向ける。
「アゾアラス、やってくれる?」
「私が動けば、否応なく注目を浴びる。それは避けたい」
「……王国貴族や、別の魔王軍達の横槍が入るってわけね」
オリンポスが眉間を押さえる。その時――
「だったら、俺の出番だろ!」
と、エイジが自信満々に手を挙げた。
頼もしさと、ほんの少しの不安とが、胸をよぎった。
「エイジ、指揮できる?」
オリンポスがやや心配そうに問いかける。その表情には、仲間への信頼とほんの少しの不安が入り混じっていた。
「あはは、良いね。オリンポス、エイジに任せてみせようじゃない。成長の機会ってのはこういう時に訪れるものさ」
ソレナリフは相変わらず他人事のように軽口を叩いて笑う。
「補佐役はお前な」
しかし、エイジの一言でその余裕は一変した。
「はぁ、分かったよ。初心者の君にも分かるように、しっかりサポートしてあげるよぉ」
渋々ながらも、ソレナリフは観念した様子で肩をすくめた。
一方、オリンポスがこちらに向き直る。
「ロイドは作戦できそう?」
う……厳しい。
「うーん、まだ纏まってないというか……星を掴むような感覚だ」
形にならない思考の中を手探りで進んでいる。そんな気分だった。
「うん、じゃあこっちは僕が補佐だね」
オリンポスはさらりと言いながら、頼もしさを漂わせる。
きっと、彼が隣にいれば――策は、見つかる。