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第13話・魔獣の話1


ココを救う――そう決意したはずの俺だった。

だけど結局、俺には“勇者”としての力しか残されていない。

自分自身の無力さが、今さらのように胸に重くのしかかる。


ましてや、ナルメシアの言葉が追い打ちをかける。

「雪女の恋心は日に日に強くなる」

その意味は、すなわち――時間がない、ということだった。


「……なんだよ、オリンポスのやつ」

自宅に戻れなんて言われても、こんなときに――!


それでも、言いつけどおり帰るしかなかった。

気づけば、俺の口からぼそっと漏れていた。


「ただいま……」


「よう、しょげたツラしてんな。どうした?」


カットール、つまり父さんの声が玄関先に響く。

懐かしくて、でも少しだけ気恥ずかしいその声に、俺は言葉を選びかけて――


「それは……」


言いかけて、喉が詰まった。


どう伝えればいい。俺が抱えてるこの想いを、焦りを――


……


「……まあ、うちにも財産はある。魔女の法外な要求には少し足りねぇがな」


父さんがぽつりと呟くように言った後、こちらをじっと見据えてきた。


「ロイド。てめぇは――どうしたいんだ?」


「……ココを救いたい」


「違げぇ。救った“あと”の話だ」

言葉の鋭さが、胸に突き刺さる。


「ココちゃんをお嫁さんにする覚悟があるのかって聞いてんだよ」


「そりゃ、もちろん……」


――そう思っていた。だけど、考えていたかと問われれば……黙るしかなかった。


「……考えてなかったな」


「てめぇの行動は美談だ。綺麗だ。だがな、それは“勇者”の行動であって、てめぇ自身のじゃねぇ」


「違う……俺は、ココを救って、それで……!」


「救って、それでどうする? 何も持たねぇスッピン状態で、ココちゃんをどう養う気だ?」


父さんの目は鋭く、それでいてどこか優しかった。


「てめぇ、本当にココちゃんが好きなのか? 告白されて、舞い上がってるだけなんじゃねぇのか?」


「……」


「欲しけりゃ、家でも屋敷でもくれてやる。だが――考えろ、ロイド。それが“てめぇの選択”かどうかを」


「言っとくがな、ココちゃんはもう自分で選んでる。覚悟を決めた女ってのは強ぇぞ。

男の理屈なんざ、あっさり吹き飛ばしてくる。……今のてめぇで、それに勝てるのか?」


その言葉が、胸の奥にズシリと響いた。


「お、俺は……」


震える声でそう答えるしか、俺にはできなかった。

……


「結局、何も言い返せなかった……」


俺が一人で落ち込んでいると、どこからともなくクルックさんの軽やかな声が響いた。


「お風呂ごちそうさまー。やっぱりお貴族様は良い物使ってるわね。この肌に染み渡る感じ、最高よ」


――そうだった、クルックさん、今うちに居候してたんだ。


「なに?そのしょげた顔。なにか悩みごと?おねえさんが聞いてあげようかしら?」


「え、えーっと……」


少し迷ったけど、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。俺は、自分の想いと葛藤を、ぽつぽつと打ち明けた。


……


「なるほど、そんなことがあったのね」


さっきまでの軽口が嘘みたいに、クルックさんは真剣な顔で話を聞いてくれていた。

いつもの軽快な調子とは違う、そのまなざしが、なぜか少しだけ救いになった気がした。


「何かないか考えてるんだけど、考えが浮かばなくて……」


そう漏らした俺に、クルックさんはさらっと言った。


「おねぇさんと結婚しなさい」


「は?」


思わず間抜けな声が出る。


「何?意外? 大丈夫、おねぇさん処女だから」


「なにが“大丈夫”なんだ。というか、なんで?」


「だってロイドが雪女ちゃんとくっついたら、この家、断絶しちゃうでしょ? なら私がもらっちゃってもいいかな~って」


「そんな理由か……」


思わずため息が漏れる。


「いいじゃん、ロイド君、それなりにイケメンだし。雪女ちゃんのことなんて忘れて――」


「ココを侮辱するな!」


言葉が口をついて出た。

驚いたクルックさんを前に、俺は続ける。


「ココは優しくて、頼りになって、仲間で……」


言いながら、自分の中で何かがはっきりする。


「……そっか。俺、やっぱりココのこと、好きなんだ……」


クルックさんは微笑んで、肩をすくめた。


「はぁ、やっと気づいた?」



「クルックさん、このために……ごめん、ありがとう」


俺が頭を下げると、彼女はふっと微笑んで、指先で額を軽くつついた。


「いいのよ。ほんっと、鈍感なんだからっ」


からかうように笑う声に、どこか温かさを感じる。


「俺は、ココが好き。……うん、だからなんだってやる」


自分の胸に手を当て、その鼓動を確かめる。迷いは、もうない。


「さ、明日早いんでしょ。早く寝ることね」


「分かった。……クルックさん、おやすみ」


そう言って部屋を後にする。


……


部屋の灯りが消え、廊下に静寂が戻ったころ。


クルックは一人、夜の闇にぽつりとつぶやいた。


「……ばーか、どんかん」


その声には、どこか切なさと優しさが混じっていた。


……


「ふぅ」


木刀を握る手が汗ばみ、息を整える。


「なんだ、訓練か?」

父さんが庭の縁に腰をかけて声をかけてきた。


「気持ちに整理が付いたから……体を動かしたくて」


「ん? なら一戦やるか?」


「げっ、またかよ」

思わず声が漏れるが――

「……いい汗かきたきゃ、相手になるぜ」


いつもの、あの頼もしくも厄介な笑顔。

しかも――


(特性が解禁されてさらに強化された父さん……)

対するには覚悟がいる。


「まずは突撃を何とかして……クセを読んで、呼吸を合わせる。たぶん、次は――勝てる」


心を研ぎ澄ませ、踏み込む。


――数刻後


「はぁ、はぁ……3勝目!」


木刀を支えに立ち尽くす俺に、父さんがニッと笑う。


「やるな、ロイド。……いい戦いだったぜ。覚悟、決まったか」



「うん、まずはココを救う。それから、魔王が復活したら倒す。……もし魔王が復活しなかったら、その時は――この家を売ってでも、お金を工面するつもりだ」


「それでも、ココちゃんとの生活を望む。……そういうことだな」


俺は、黙って頷いた。


「……いい顔だ。分かった。お前が決めたことだ。あとは貫き通せばいい」


「父さん……」


「まぁ、最悪、国を出て新しく作りゃいい。どうとでもなるさ」


「……父さんなら、本当にやりそうで恐い」


思わず苦笑が漏れた。


……






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