第12話・裏切り物の話4
勇者の俺が雪女の彼女の為に出来る最高の戦略12
「まずは勝利条件の決定だ」
オリンポスがいつになく真剣な声でそう告げる。
静まり返った部屋に、その言葉が重く響いた。
「ココを救う」
迷いなく、俺は言った。
それが今の俺の――望みのすべてだった。
だが、次のオリンポスの問いかけは、俺の覚悟を試すかのようだった。
「ココさんを救うとして……どこまでを“救う”って言うのかな?
ココさんを助けたとしても、ココさんが雪女である以上、君かココさん、どちらかが死ぬことになる」
その現実を、突きつけられた気がした。
優しい彼女の笑顔と、冷たい運命が背中合わせにあるということに――。
「でも、魔王を倒して“めでたしめでたし”ってのも違うよね。
本当にココさんを救えるか、分かんないんだから」
オリンポスの声には、冷静さの中にわずかな迷いが滲んでいた。
俺たちが進もうとする道が、ただのハッピーエンドじゃ済まないことを――彼も分かっていたのだ。
「おっさん達、何か情報持ってねぇのか?」
エイジが腕を組んだまま、アゾアラスとソレナリフに鋭い視線を向けた。
しばし沈黙が落ちた後――
「……魔族の特性について研究している学者がいる」
アゾアラスが観念したように静かに口を開いた。
「おい、それ……本当に言っていいのか?王国が――終わるかもしれないよ?」
ソレナリフが珍しく真顔で怯えた様子を見せる。彼がここまで露骨に狼狽える姿は、そうそう見られるものじゃない。
「ヒナタとヒカケの師匠である魔導師、ナルメシア。彼女なら、何らかの手法を持っている可能性がある」
「……ああ、たしかゴロン戦で助けに来てくれた魔法少女の二人組か。そのお師匠様か」
エイジが思い出したように呟く。
だが、その名を聞いた時点でソレナリフの顔色は明らかに悪くなっていた。
「ソレナリフのおっさん、その様子……何か他にもあるんだろ?」
鋭い追撃に、ソレナリフは肩をすくめ、口元を引きつらせながら言った。
「彼女は……“最恐”の魔術師と呼ばれている。技術は一流、性格は……最悪。
それが――ナルメシアだよ」
どこか怨念すら感じる声音に、一同の表情が引き締まった。
「性格が最悪、か――」
俺は息をひとつ吐いて、力強く言い切った。
「それでも、ココを救う手段があるなら……俺は行く」
「最悪の性格ねぇ。俺からすりゃ、このおっさん2人より最悪な奴なんざ見たことねぇけどな」
エイジが肩をすくめて吐き捨てる。アゾアラスとソレナリフは聞こえていないふりをしているが、苦笑すら浮かべていない。
「あはは……まぁ、ナルメシアについては少し噂で聞いたことがあるけど――」
オリンポスが淡々と続ける。
「厄介で、気分屋で、暴れたら魔王軍より手が付けられない。彼女が本気を出せば、王国がひっくり返ってもおかしくないってさ」
静かに、けれど確かな決意を胸に刻み込む。
「……それでも行く。次の方針は決まった。ナルメシアに会いに行く」
「魔王より強かろうが関係ない。ココを救える可能性があるなら――俺は、なんだってやる」
空気が静まり返った。
誰も、否定する者はいなかった。
……
「ブーン、はい到着。ここがナルメシア様の御屋敷だよ」
ラトが得意げに操縦席から顔を出す。彼女が開発した“トラック”という乗り物は、魔導エンジンで駆動する新型の移動兵器らしい。
「やっぱトラックって便利だな。ちょっと小さいけど、すげぇ良いぜ」
エイジが感心して撫でるが、それを聞いた俺は思わずツッコむ。
「小さい?これ、馬二、三頭分はあるぞ……」
実際、車体は戦車のようにゴツい。これで“小さい”って、どこの世界基準なんだよ。
「異世界の乗り物っぽい。大人四人を乗せて、馬以上の速度で走るって、普通に脅威だよ……」
オリンポスもその性能には驚きを隠せないようだ。
「でも、大丈夫かな?ナルメシア様って、超怖いって噂だけど……」
ラトが少し不安げに口にする。
「そうなのか。まあ……なんとかなるさ。ラトはこのまま戻るか?」
俺が訊ねると、ラトはにやりと笑った。
「ふふふ、エイジと一緒にいられるように、ちゃんと考えてきたの」
ラトが手をかざすと、トラックがギシギシと音を立てて変形を始めた。
「――変形合体、ガッシャーントラックモデル、展開完了!」
「まさかのトランスフォーム!?やっぱ最高だぜ!」
エイジが興奮して叫ぶ。
「異世界の技術力、普通に恐い……」
オリンポスの呟きが、今だけやけに現実味を帯びて聞こえた。
――そして俺たちは、“最恐”と噂される魔導師・ナルメシアの屋敷の門を叩いた。
「お、ロイドじゃん。こんな辺鄙な御屋敷に何の用?」
出迎えたのはヒナタだった。彼女の軽いノリに俺は苦笑しながら応じる。
「ヒナタか。ナルメシアに会わせてほしいんだ」
「げっ、師匠目当てか。……あ、いたいた、あっちにいるよ」
彼女が指さした空を見上げると、そこには――
「……あれって、積乱雲?」
黒々とした雲が空に広がり、雷鳴が轟いている。まるで空そのものが怒りを露わにしていた。
「やべぇ……剣で切れる気がしねぇ……」
「雷の魔法使いって聞いてたけど、積乱雲って……文字通りすぎるだろ!」
「対空砲、持ってくれば良かったね……」
「積乱雲が高速で接近中! 来るぞ、これ多分戦闘だ!」
「突風注意……いや雷も注意だってば!どうやって倒すのこれ!?」
オリンポスの悲鳴交じりの叫びに俺も唾を飲む。
「黒い影が……! あれを斬る。聖剣、起動――行くぞ!!」
聖剣を掲げて斬りつける。雲が切れ、隙間から光が舞い込んだ。
「ふむふむ、なるほど、この程度か。」
雷が収まり、空が晴れていく。黒い雲がすうっと消えていった。
「お、師匠が珍しくサンダーストームを解いてる……」
「失礼だな。ヒナタ、家に入る時はちゃんと解くぞ」
「何回か忘れて家吹き飛ばしたじゃん、もう忘れたの?」
「で、お前らは……あー、勇者ごっこのガキ共か」
空に浮かぶ“最恐の魔術師”は、飄々とした態度でこちらを睨みつけてきた。
「とりあえず、家の中に入れよう!」
「はぁ……疲れたし、服もビショビショだよぉ~」
ラトがぐったりしながら、しょんぼりとつぶやく。
「えっと、ナルメシア。話したいことがある。中に入ってもいいか?」
「む……めんどくさいが、サンダーストームを耐えたしな。良いぞ」
「よかった……とりあえず話が通じる相手で助かった」
「会話が“繋がってる”かは怪しいけどな……」
「最悪、まったく言葉が通じない覚悟してたし。これでもマシな方だよ」
「ほう……ほほう。つまり私に喧嘩を売りに来たと、買うぞ?」
ゴゴゴと風が唸り、雷が空を走る。
「ごめんなさーーーい!!」
……
ふーん、要約すると――彼女が雪女、ってことか」
「いや、要約しすぎだろ!?」
エイジがすかさず突っ込む。
だが、ナルメシアは退屈そうにあくびをしながら言葉を続けた。
「たいした話じゃねぇな、そんくらい」
「たいした……っ。俺にとっては、大事な問題なんです」
「……わーったよ。じゃあ、魔王討伐ってことで手を打ってやる」
「また魔王かよ。結局そこに行き着くんだな……」
エイジがぼやくように呟く。
「――は?」
ピタリと空気が止まる。
ナルメシアの視線が、冷気よりも冷たく俺たちに突き刺さった。
「勘違いすんな。たかが雪女の一人や二人を人間に変えるのに、魔王なんざ関係ねぇよ。
そいつがここに来りゃ、私が“いつでも”直してやるさ」
「……!」
「だが問題は、支払い能力だ」
ナルメシアは指をトントンと机に叩きながら、こちらを見下ろす。
「で? お前ら、何ができんの?
ガキの集まりが金も力もなく、私に何を差し出すつもりだ?」
言葉に詰まる――
俺たち“勇者パーティ”は、名ばかりの存在だった。
誇りや信念だけじゃ、奇跡は買えない。
「確かに、痛いところ突かれたね」
オリンポスが肩をすくめて、苦笑いを浮かべる。
「まあ、私も鬼じゃねぇよ」
椅子にもたれながら、ナルメシアは鼻を鳴らす。
「後払いでいいし、魔王全部寄越せなんて言う気もねぇ。そもそも魔王が死んだ後、体が残ってる保証もねぇしな」
「後払い、か……」
「でもな」
ナルメシアの目が鋭くなる。
「てめぇらにできんのは、そういう“話”だけだ。対価のない魔術ってのは――大抵、ろくなことにならねぇ。なあ、ヒナタ?」
「ひ、ひぃっ……! あはは、なんのことだかーっ」
と笑ってごまかすヒナタ。過去に何かあったらしい。
「対価……」
その言葉が胸に重く沈んだ。
「……今日は話を聞かせてくれてありがとうございました。じゃあ、帰ろっか」
オリンポスが声をかけてくれる。そう、礼を言わなきゃいけないのに――
「――待て」
ナルメシアの口から、唐突に落ちた一言が、背筋を冷たくさせた。
「一つだけヒントをやるよ」
その声音は、どこか重くて優しかった。
「雪女の恋心は――日に日に強くなる。
放っておけば、いずれ“自我”さえも吹き飛んじまう。そうなったら、もう取り返しがつかねぇぜ」
――その言葉を聞いた瞬間、俺の体は勝手に動いていた。
「ロイド!? ちょ、待って、急にどこ行くのさ!」
背後でオリンポスの声が響いたが、もう立ち止まることはできなかった。