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第11話・裏切り物の話3


「アゾアラスに呼ばれて来たが……なんでお前がいるんだ、ソレナリフ」


俺の声は、疑念を隠せなかった。


「大人にはねぇ、いろいろ事情があるのさ」 と、ソレナリフはいつもの不敵な笑みを浮かべる。


そのとき、アゾアラスが口を開いた。


「ソレナリフは……魔王軍と我が王国、双方に通じていた。いわゆる“二重スパイ”というやつだ」


衝撃が走った。


「二重スパイ……じゃあ、ココは?」 俺の喉が、自然とその名前を呼んでいた。


「あくまで“だった”という話です。今は違うと、そう受け取れます」 と、オリンポスが冷静に返す。


アゾアラスも頷いた。


「そうだ。彼はつい先日、自らその立場を捨てた」


「魔王軍から逃げるには、君たちに捕まるのが一番手っ取り早かったのさ。援軍が来るタイミングも計算済みだったよ」 ソレナリフは飄々と語る。あの作戦の裏に、こいつの計略があったというのか……。


「……雪女の少女、ココについては」 アゾアラスが言い淀むように口を閉ざす。


代わって、ソレナリフが言葉を継いだ。


「いや、僕から話すのが一番伝わりやすいでしょ。……まぁ、深い理由があってねぇ」


ソレナリフが軽く笑みを浮かべながら、ゆっくりと語り始めた。


――あれは、少し前のことだった。


「ココちゃんには……勇者パーティを抜けてもらいたいんだ」


突然の言葉に、ココは戸惑いを隠せなかった。


「えっと、それは……」


言い淀む彼女に、ソレナリフは目を細めて言葉を続ける。


「ロイドに、恋をしてるよね?」


「……」


沈黙。それは、何よりもはっきりとした“肯定”だった。


「……うん、無言はイエスってことで受け取るよ」


ソレナリフの口調は柔らかいが、その内容は冷酷だった。


「雪女っていう種族にはね、ある特性がある。――性癖と言ってもいいかもしれないけど」


「……」


「好きになった男性を凍らせて、それを元に子孫を残す性質だ。もちろん、責めるつもりはないよ。恋愛の形なんて、種族ごとに違って当然だからね」


だが次の一言が、ココの胸を深く刺した。


「でも、ロイドは“勇者”なんだ。そんな彼を凍らせて連れて行かれたら、王国は象徴を失う。君の恋は、国を揺るがしかねないってことだよ」


「……ごめんなさい。分かって、ます」


ココは、小さく、震える声で告げた。


「居心地が良くて、甘えてました。でも……私がロイドさんを好きになって、王国が困るなんて……それだけは、駄目なんです」


その言葉に、ソレナリフは満足げに頷いた。


「まあ、なら良いんだけど。――で、再就職先の話をしようか」


「……再就職先?」


「うん。ココちゃん、君――“人間”になってみたくはないかい?」


……


「ソレナリフ、一発殴らせろ」


俺の言葉に、奴はへらりと笑って首を振った。


「いやだねぇ。君のお父さんにボコボコにされた過去があるから、もう懲り懲りだよ」


その軽口に腹が立つが、今は感情を抑えるしかない。


「……で、ココに何を言った。続きを教えろ」


…… 


ソレナリフは、あのときの会話を淡々と語り始めた――


「魔王には世界を豊かにする効能がある。今の世界がある程度豊かなのも初代勇者が魔王を倒したからなんだよね。」


ココはその言葉に眉をひそめた。まるで理解できない、というより、何を企んでいるのか分からないというような表情で、ソレナリフを見つめる。


「はぁ」


ココは小さくため息をついた。話についていけていない様子だ。


「そして魔王を倒すと特典があるんだ。エイジ君を元いた世界に戻したり、ココちゃんを人間にする事だってできる」


淡々と告げるソレナリフの言葉に、ココの肩がわずかに揺れる。心の奥に眠っていた“願い”を、的確に突かれたのだ。


「まぁ、何が言いたいかと言うとねぇ。魔王の復活に協力してほしいんだよ。今、廃熱の処理に苦心しててね。ココちゃんの氷魔法が凄くほしいんだ。」


静かに、しかし確実に踏み込んでくる誘いの言葉。ココの口元が固く結ばれた。


「お断りします。」


その拒絶の言葉は、震えを孕みながらも、はっきりとしていた。


「あはは、良いの?ココちゃん、ロイド君と一緒になれる唯一のチャンスだよ?それに君はもう勇者パーティには居られない。ならワンチャンス賭けてみても良いんじゃないかな」


笑い混じりの言葉に、ココの視線が揺れる。迷い、葛藤、そして――決意。


「……私は」


彼女は言葉を紡げなかった。ただ、その瞳だけが確かに揺れていた。


……


吹雪の中、ココは雪山に佇んでいた。白銀の世界の中心で、彼女は一人、覚悟を決める。


「ロイドさん。ごめんなさい。私魔王軍の幹部として、ロイドさんと相対します。」


風に消えそうな声だったが、その意志は確かだった。


「人間になれるなんて思ってないけど、ロイドさんは魔王軍である私を追い詰める。多分、私はロイドさんに倒される運命。」


その言葉を吐き出すとき、ココの瞳にはわずかに涙が浮かんでいた。


「雪女っていう魔族に産まれた私にはロイドさんと一緒になる未来なんて無いけど。せめて彼の手で終わる、そんな未来を夢見ても、良いよね。」


……


「つまり、お前はココを魔王軍に売ったって事だよな?」


ロイドの怒気を孕んだ声が室内に響いた。感情を押さえきれず、拳を強く握りしめる。


「あはは、売ったとは人聞きの悪い。斡旋しただけだよぉ」


ソレナリフはいつも通りの飄々とした笑みを浮かべたまま、肩をすくめてみせる。


「売ったのと何が違うんだよ!」


それは魂の叫びだった。怒りと悔しさ、そして自分が何も知らなかったことへの自己嫌悪。そのすべてが込められた一言だった。


そんな中、オリンポスが冷静に問いを投げる。


「魔王復活、それって何処まで本気なんです?ソレナリフ、いやアゾアラス」


静かに、しかし確実に核心を突く声。その瞳には、怒りではなく分析する冷徹な光が宿っていた。


「てめぇ、俺を召喚したに飽き足らず、魔王の復活まで企んでやがったのか」


エイジが壁を殴る。張りつめた空気の中で、その音がやけに生々しく響いた。


アゾアラスは一度目を閉じ、低く語り始める。


「彼ら、魔王軍は本気だった。我らはその歩みを少し早めたにすぎない」


それはまるで、自分の行動を当然のように正当化するかのような口ぶりだった。


「魔王エネルギー理論は結構うちの科学者の間でも議論になるぐらい有名なんだよぉ?まぁ、他人の金で研究できるなら乗るしか無いさ」


ソレナリフは、まるで他人事のように軽口を叩いた。その無責任さに、ロイドは歯を食いしばるしかなかった。


ココを奪われ、世界の命運さえも軽く転がされるような感覚――この場にいる誰もが、言いようのない苛立ちを抱えていた。


「それにエイジの事もある。元の世界に戻る方法があるとしたら、魔王討伐しか無いだろう。」


アゾアラスの言葉に、場の空気が一瞬凍る。


だが、その言葉を真正面から跳ね除けたのは、当の本人だった。


「俺がいつそんな事頼んだんだ?」


エイジの声が鋭く割り込む。怒りと決意が滲んだ声だった。


「俺はこの世界で生きるって決めたんだ。勝手な事してんじゃねぇぞ!」


そのまっすぐな言葉に、誰も反論できなかった。


「まあ、夢のエネルギーを他人のお金で……ってなったら、乗っちゃうのは分かんないでもないけど。これは酷いんじゃない?」


オリンポスが、呆れを込めてソレナリフとアゾアラスを見た。いつも通りの分析口調だが、批判の色は隠せなかった。


俺は、黙っていられなかった。


「アゾアラス、俺は勇者を降りる。」


静かに、だが明確に宣言する。その言葉にはもう迷いはなかった。


「――あー、待って」


オリンポスが慌てて声をかけてくる。


「ちょっと気持ちはわかるけど。今は駄目だよ。ココさんを救うためには、ちょっとでも力が欲しいタイミングなんだ。」


「こいつらの傀儡の勇者になんの価値がある?」


吐き捨てるように言いながら、俺は拳を握った。


「俺はココを救いたい。好きって言ってくれる女の子一人守れなくて、何が勇者だ!」


その声には、誇りでも義務でもない、“人としての決意”が込められていた。


「すでに魔王再臨計画は最終段階まで進んでいる。それが証拠に――魔王軍は我が国との“秘密同盟”を切ってきた」


アゾアラスの言葉に、空気が凍りついた。

冗談にしては重すぎるその内容に、誰もが一瞬、言葉を失った。


「……は? 秘密同盟までしてやがったのか」


エイジが低く唸るように言葉を漏らす。その目には怒りと困惑が入り混じっていた。


「ははは、ココちゃんが魔王軍に入ったことで、魔王復活も手前まで進んじゃったんじゃないかなぁ」


と、いつもの飄々とした態度でソレナリフが続ける。


「おかげで――僕ら、もう“お役御免”ってわけだよぉ」


その言い草が、どこまでも他人事のようで、苛立ちが募る。


「……無論、全てが密約通りに進んだわけではない」


アゾアラスは感情を抑えた声で続ける。


「特に、お前達が倒した“あの二体”の幹部は、我らとの密約に関与しない“異端”だった」


「……はぁ、だから僕たちに“処理”させたわけね」


オリンポスが肩をすくめながら、目を細めた。


「こうも策略だらけだと……僕も、そろそろ怒っていいかな?」

普段は冷静な軍師の瞳に、静かな怒りが宿っていた。


「ココを救う手立てが知りたい。それさえ出来れば――勇者でも、何でもやってやる」


俺の言葉は、怒気を押し殺しながらも、確固たる決意を帯びていた。


「……復活した魔王を倒せ。勇者がそれを成せば、全てを救うことができる。ココの悲愛も、エイジの世界への扉も、何もかも」


アゾアラスの言葉は、まるで“物語”を語るかのように、現実味に欠けていた。


「そんなことが聞きたいんじゃねぇ!」


俺は怒鳴った。心の底から、突き上げるような感情に任せて。


「ココをどうやって救うか。それだけを、教えろ!」


「ビクッ……君、お父さんにそっくりだねぇ」


ソレナリフが小さく肩を震わせ、半ば冗談のように呟いた。


「……とりあえず、こっちで道筋は考えようか」


オリンポスが冷静に割って入り、視線を鋭く前に向けた。


「必要な情報は、出してもらう。それが条件だよ」


……



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