ハンターの休日出勤
その日、緊急で城に数人のベテランハンター達が集められた。彼らは集められた理由を知らされておらず、何事かといった様子で、城の大広間に立っている。
その内の一人、ジャックは、黒髪に口元のひげを少し伸ばした目つきの悪い男である。彼は家で寝ていた所、城からの使者に連れてこられた。せっかくの休日を邪魔され、不機嫌そうな表情をしている。
「なあ、何があったんだろうな。」
銀髪の男が、隣にいるジャックに話しかけた。
「さあな。」
ジャックはだるそうに答える。
「使者のヤツがだいぶ慌ててたから、こりゃただことじゃないぜ。」
銀髪の男は笑いながら言った。
銀髪の男の名はバルジ。ジャックとは長年の付き合いのハンター仲間で、お互いにかけだしの新人ハンターだった頃から、共に様々な獲物を狩ってきた。ジャックにとって相棒のような存在である。
やがて、彼らのもとに国王の側近が歩いてきた。
「突然呼びつけて申し訳ない。緊急の一大事が起こってしまってな。」
謝罪する側近の表情はとても深刻だった。
「緊急の一大事とは?」
バルジが問う。
「とにかく来たまえ。」
側近は彼らを玉座の間へと案内した。
そこでは、家臣や護衛たちが、一体の石像を囲んで取り乱していた。石像をよく見ると、国王の姿をしている。
側近がうなだれながら言った。
「国王が石化してしまったのだ。」
石像は、石になってしまった国王だった。
側近は事の経緯を説明した。
この日、最近発見されたダンジョンの調査を終えて、冒険者たちで構成された調査隊が城に帰還してきていた。調査隊は玉座の間で国王に謁見し、ダンジョンで発見した宝の数々を見せた。
蛇の姿をかたどった魔法の杖、あやしく光る宝石、虹色に輝く妖精の羽……
その中に、黄金に輝く小さな箱があり、国王はそれに興味を示した。
「この中には何が入っておるのだ?」
箱を手に取りながら調査隊に問う。
「わかりません。開けてみようとしたのですがなかなか開かないのです。カギが必要なのかと思いましたがカギ穴も見当たらなくて……」
調査隊のリーダーが答えた。
「ふうむ、ヒミツの宝箱というわけか。中身が見たいのお。」
国王は、どうにか開かないものかと、むりやり力いっぱいこじ開けようとしたり、箱を床にうちつけたりし始めた。
その様子を見て、周りの家臣や護衛たちが慌てて止める。
「いけません国王様。箱の中に何が入っているのかわかりませんぞ。」
「ええい、うるさい。わしは箱の中身がみたいのだ。」
国王は構わず箱を開けようとし続けた。すると、
カチッ、という音が箱から聞こえた。
「この音は、もしや開いたのではないか?!」
国王は叫びながら、うきうきと箱に手をかけた。
なんと箱はパカッ、と見事に開いた。と、次の瞬間、
箱の中から突然まばゆい光があふれだした。
「うわっ!」
周りの人間たちは皆、おもわず顔をそむけた。
ものの数秒で光はおさまり、恐る恐る国王の方に目をやると、黄金の箱を手にしたまま、石となって固まってしまった国王の姿があった。箱には石化の呪いのワナが仕掛けてあったのだ。
「たしかに、緊急の一大事、ですな。」
経緯をきいたバルジが石化した国王を眺めながら言った。
国の指導者が石になってしまっている非常事態である。
「一刻も早く国王の石化を解かなければならない。」
険しい表情の側近が言う。
「俺たちに、竜の血液を持ってきてほしいということですね?」
ジャックの言葉に、側近はうなずいた。
石化してしまった人間を元に戻すには、竜の血液が必要である。数滴ほど石化した体にたらせば、たちまち石化は解け、元の体に戻っていく。しかし、竜の血液の入手はとても難易度が高い。険しい岩山に生息している竜は、数いるモンスターの中でもトップクラスに手強く、ハンターの間でも恐れられている神獣なのだ。
なるべく早急に、百戦錬磨のベテランハンターであるジャックたちで、竜をハントし血液を城へと持ち帰り、石化した国王を元に戻さなければならないというわけである。
ジャックたちは城を出ると、装備を身に着けて、岩山の入り口付近に集合した。
「困った国王様だな。竜のハントなんてただでさえ命がけなのに。」
バルジがぼやいた。
「無駄話してる暇はないぞ。さっさと行こう。」
そう言いながら山道を歩き始めたジャックを先頭に、ハンターたちは出発した。
山の中腹あたりにさしかかった時、あちこちに転がる岩の陰から数匹のゴブリンが飛び出してきた。
ハンターたちは素早く武器を構える。
「今日はお前らの相手してる時間は無いんだけどな……。」
ゴブリンとにらみ合いながらジャックがつぶやいた。
一刻も早く竜の血液を持ち帰るために、ここで時間をとられるわけにはいかない。
「ジャック!このゴブリンどもは俺たちに任せて、お前は先に行って竜をさがしてくれ!」
バルジがジャックの背中に声をかけた。
「分かった!」
ジャックは了解し、ゴブリンのスキを見て、その場から走って離脱した。
「竜はどこだ……。」
岩の壁がそびえ、草木が生い茂る場所にたどり着いたジャックは、注意深くあたりを見回し、竜を探す。ここへ来るまでに、空を飛んでいる竜の姿を見かけなかったので、おそらくどこかで翼を休めているはずである。
前方から滝の落ちる音がしている。彼が歩みを進めていくと、開けた場所に出た。そこではやはり滝が勢いよく流れ落ちていた。
「!!」
彼は思わず息をのんだ。
――――――竜だ。
滝の横で、竜が巨体を丸めて眠っていた。
これは予想外の幸運であった。眠っているスキに、気づかれないように血液を採取してしまえばいい。わざわざ暴れ狂う竜と戦う必要は無い。
音をたてないように歩きながら、ゆっくりと竜に近づいていく。やがて、巨体が目の前に見える距離まで迫った。竜の寝息が聞こえている。
彼はそっと短剣をとりだした。脇腹あたりの鱗を、短剣を使ってはがすのだ。刃をすこしずつ動かしながら、慎重に鱗をはがしていく。時間をかけ、ようやく肌色の皮膚があらわになった。次に、大型モンスター用の注射器を取り出す。これで竜の血液を採取する。
竜が目覚めないことを祈りながら、彼は皮膚に注射器をさした。巨体がぴくり、と動き、寝息がやんだ。
彼の心臓が跳ね上がった。目を覚ましてしまったか、と思ったが、すぐに再び寝息が聞こえはじめ、ほっと胸をなでおろした。十分な量の血液を採取し、皮膚から注射器をひきぬく。これで血液の入手は完了である。彼はベルトにつけたポーチに注射器をしまい、再び音をたてないようにゆっくり歩きながら、その場を離れた。
ジャックはバルジたちと合流した。
「ついてたな。竜が昼寝をしている最中だったとは。」
すでに血液を入手して来ていたジャックに驚きながら、バルジが言った。
「俺も本当は、家でゆっくり寝ているはずだったんだがな。とにかく、これで石になった国王も元通りだ。早く城へもどろう。」
ジャックの言葉とともに、ハンターたちは歩き出した。
こんなことならジャック一人でよかったな、と、ハンターの面々は笑いあいながら下山した。竜が眠っていたおかげで、想定よりもだいぶ早く竜の血液を城へ持ち帰ることができた。
無事に国王は元の姿にもどり、ハンターたちは国王から礼として大量の金貨をもらい帰った。ジャックは家につくやいなや、すぐさまベッドに横たわった。突然の休日出勤でとんだ災難だったが、思わぬ大金をもらえたので、良しとすることとしよう。彼は滝のそばで眠っていた竜の姿を思い浮かべながら、ゆっくりと瞳を閉じ、眠った。