第四話 ガラクタラボトリー
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「お前が仲間? 冗談きついって」
すももは赤い目を細めてため息をついたが、しらすは鋭い目でへたりこんでいる少年を見下ろしていた。
「適当なことを言って、煙に巻こうとしても無駄よ。誰に雇われたの。天使をよく思っていない人間の勢力かしら。小遣いでももらって、ここに呼び込むよう言われたのね」
少年は少年で、しらすのことを生意気な目で睨み返した。
「俺が全部やったんだよ! あのキメラも俺がディアノイアで作ったんだってば」
少年は自分の手柄のように話すのがだんだんと恥ずかしくなっているのか、語気をすぼめている。しらすはいかにも馬鹿馬鹿しそうに鼻で笑いながら首を振った。
「ふん。天使が二人で相手するような代物の怪物をディアノイアを原材料に、ましてやあなたくらいの年齢のガキが作っただなんて。そんなお粗末な作り話、信じるわけないでしょう」
様子を見守っているすももとリカからも怪訝そうな視線を向けられているのに気がついた少年は、むきになったのか立ち上がった。
「なあ、まじだって言ってんだろ。俺、科学とか得意なんだよ! 本当に。誰の差し金でもないんだって」
しらすは立ち上がっても自分より身長の低い少年を、青く濁った硝子の瞳で見下ろして、少しの間黙ってから口を開いた。
「最近、この街の天使が相次いで行方不明になっているの。反体制の人間勢力によってね。誰に指示されたのか、あの怪物に何人の天使を襲わせたのか。答えなさい。面白くもない嘘をつくくらいなら、協力的な姿勢を見せる方が身のためよ」
しらすは少年の言っていることを一寸も信用している様子を見せない。全く主張を聞き入れてもらえない少年は険しい顔で目の前の三人の天使を交互に睨みつけていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「ああ、もう! 仕方ないな。そんなに信じられないってんなら、俺んち来い。ショーコを見せてやるから」
少年は意気揚々と対峙している三人の天使たちを指さして言った。黙っていたすももがようやく、かったるそうに口を開く。
「え、めんどくさ……」
「歩いて五分くらいだから!」
「時間の問題じゃなくて……おい。どうする」
すももはしらすとリカの方を向いた。しらすは相変わらず少年を険しい目で見ている。
「行っても時間の無駄よ。ここで連行した方が楽だわ。それに、罠の可能性だってあるし。待ち伏せされて襲われるかもしれないわ」
「まあそれもそうだな——リカは」
「えっ!? いいと思う! なんの話?」
「お前なあ……」
リカはいつの間にこの話題に飽きてしまって、携帯電話の画面を眺めていたところを話しかけられたので、驚いて大きな声で返事をした。
少年は三人の天使のやり取りをじれったく見ていた。
「もういい! こうなりゃ実力行使だ」
少年は自分が履いているだぼついたカーゴパンツの下のポケットをまさぐると、そこから取り出したスプレーの缶を天使たちに向けた。
「ジャマー・ガス!」
不毛な会話をしているところの不意をつかれた三人の天使は、少年がスプレーを噴射するのを阻止することが出来なかった。少年がスプレーを押し、ガスの噴き出る音が廃工場の鉄骨に鳴り響く。瞬間、天使たちの視界の映像が、激しい光で乱れた。
「ああっ!」
「くそ、目眩しか! あのガキ……」
三人の天使が閃光に目をやられている間に、少年はしらすの間合いに潜り込んで、彼女が肩にかけている桃色のピラミッド型のポーチをさっと奪った。
「あ!」
天使たちの視界が晴れるころには、少年はしらすのポーチを持ったまま、廃工場の出口まで駆け出していた。
「思い知ったか! コレ返して欲しかったら、俺んちにこい!」
少年はしらすのポーチを大物を釣り上げた漁師みたいに掴んで見せびらかしながら挑発して、工場を出て左側へと走り去った。まんまと不意をつかれたしらすは、狂おしいほどに怒って珍しく歯を剥き出しにしている。
「あのガキ、この私のものに触れるだなんて……絶対に殺してやるわ」
「あーあ。結局こんな安い挑発に乗っちまって、向こうの思う壺じゃねえか。まあ、あれ奪われたのはまじーよな」
「アレが無いと商売上がったりもいいところだわ。追うわよ」
すももは普段短気な自分を棚に上げながら、自分の足では普段絶対に走ることのないしらすが全速力で駆け出していくのを後から追った。
「あ〜。待ってよ」
リカは目をこすりながら二人の天使のあとをのろのろと歩いた。
少年は天使たちに追いつかれずとも見失われることのない絶妙な距離を維持しながら、目的地にまで誘導することに成功した。天使たちが連れてこられた場所は、廃工場から川を遡る方向に進んで、長い上り坂を行った先にある、低い黒の鉄柵で囲われた広い土地だった。柵の中の土地には伸び放題の雑草にいくつもの鉄屑や用途の全くわからない錆びた機械が転がっていて、その奥に小さくてみすぼらしい平屋が五棟ある。真ん中の平屋の屋根は、沢山のアンテナや奇妙な形の機械が乗っていて、今にも潰れそうだった。
「こんな場所、バベルの近くにあったんだ。あの子、ここに住んでるってこと?」
リカは落っこちていた小さな奇妙な形の物体を拾って観察しながら呟いた。
「いやいや怪しすぎるだろ。しらすの言ってた通り、罠くさいな」
すももは地面の上に転がっていた、熊の頭の形をした機械を横目に言った。
「何としてもアレだけは取り返さないと……」
しらすは少年の手に握られている自分のポーチを恨めしそうに見ている。
「おーい! こっちだ」
少年が勝ち誇ったような顔で、真ん中のあばら屋の前で手を振っているのを見て、三人の天使は深いため息をつきながらその方へ向かった。
少年は一足先に扉を開けて中に入って、天使たちに早く来て欲しいのか、待ち遠しそうに建物の中からこちらを見ている。
「おい! ここまで来たんなら早く入れよ」
「——この建物の中、さっきのバケモンとは桁違いの量のディアノイアの反応がある。警戒しておけよ」
すももは激しく点滅する自分と、しらすとリカの頭上の輪を見て小声でそう言ってから、急かす少年の待つ建物に足を踏み入れた。
「どうだ! これが俺のラボだ」
少年が待っていた建物は、元々はあっただろう壁を雑にぶち抜いたのが窺える一間の空間だった。入り口から見て右側には大量の紙や新聞紙が散らかっていて、その上に七つも画面のあるモニターが置いてある机があり、その机の横にところどころ棚板の外れて雪崩をおこしている壁の一面を埋め尽くすほどの本棚がある。左側には完全に蛇口が閉まっていないのかしきりに水が垂れて音が鳴っているアルミ製のシンクが併設されている机があって、その上にはフラスコと試験管、何かが入っているだろう瓶が散乱していた。そして部屋の左奥には、無理やり設置したせいか床に穴が開いている、巨大なタンクのようなものがある。そのタンクから伸びている太いホースが建物中の至る所を巡っていて、歩くのにも気をつけなければつまづいてしまうような有様だった。
「なんでもいいから、さっさとポーチを返しなさい」
しらすは全く建物の中身に興味を示さず、いつの間に拾ったのか、割れた瓶を手に持って少年に突きつけながら詰め寄った。
「あ、わかった……わかったよ」
少年は震え上がりながらしらすにポーチを差し出すと、しらすは黙ってそれをひったくり、また肩に掛け直した。
一方で、すももとリカは例の巨大なタンクの前に立って、それを眺めていた。
「すももちゃん、これ……」
「ああ」
リカは不安げにタンクとすももの顔とを交互に見つめ、すももは目の前の自分の倍ほどの背丈のタンクを見上げている。
「それ、すごいだろ」
しらすから早く離れたそうにしていた少年は、すももとリカがタンクに注目しているのに気づいて、調子良く得意げに話しはじめた。
「ボロく見えるけど、俺の手にかかれば現役ってわけ——」
「んなことどうでもいい。このタンク、どこで手に入れた」
すももは少年の自慢話を遮って、今朝から今までで一番険しい顔で尋ねた。
「え?」
しらすとリカにも責めるような眼差しを向けられた少年は、尋ねるように心外そうな仁川隊を浮かべた。
「なんで人間の、しかも子供のお前がこんな異常な量のディアノイアを持ってんだよ。正直に答えろ」
すももは躊躇うこともなく少年に詰め寄った。
「え? タ、タンクごと拾ったんだよ。本当だ。うちの前にガラクタがいっぱいあるだろ? 一ヶ月前くらいに、転がってるのを見つけたんだ。そしたらそのタンクと、中に大量のディアノイアがあって——」
「それ、ほんと?」
リカは不審げに少年を尋ねた。少年はだんだんとむきになって顔を赤くし始めた。
「本当だって! さっきから俺のこと疑いまくってるけど、なんなんだよ。ちょっとは信じてくれたっていいだろ?」
すももは無実を訴えようとする少年を冷ややかに見つめた。
「信じられる範囲の話なら信じてやるよ。なんてったってあたしらは天使だ。でも、あたしら天使がちまちま回収してたら何百年もかかるような量のディアノイアが、その辺に転がってたなんて話、信じられるわけないだろ」
すももは冷たく突き放した。
「色々聞いてたらキリないけど——とにかくこんなとこにまであたしらを連れてきて、一体何が目的だ。こっちだって付き合ってやってんだから、それくらいそろそろ教えてもらう権利はあるだろ」
すももに問い詰められた少年は、俯いて黙りこくった。