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dianoia  作者: 脱水カルボナーラ
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一話 3人の天使

新作です! こちらも更新ゆっくりですが頑張っていきたいです……!

「おい! 遅れるだろ。さっさとしろよ!」

背の低い赤毛の天使が、インターホンを連打している。

「ち、ちょっと。スモモちゃん……そんな高速で押したら壊れちゃうんじゃない……?」

背の高い桃色の髪の天使は、恐る恐る赤髪の天使、スモモに話しかけた。

「遅刻したらあたしだけじゃなくて、リカも給料貰いそびれるかもなんだぞ! ったく。そこにいるのは分かってんだよ! 早く出てこい!」

スモモにリカと呼ばれた桃色の髪の天使は、手鏡でまつ毛のメイクを手直ししている。

「それはそうだけどさ〜。どうせしらすちゃんのことだし、ギリ間に合うようにしてくれるんじゃない?」

スモモはインターホンを鳴らす手を止めない。水色の扉の向こうからは誰かがいる気配すら感じられなかった。

「三分の二は遅刻してんじゃんかよ! おい、まだなのかよこの野郎! 給料日だぞコラ」

インターホンが鳴り響くアパートの廊下。そこに中くらいの背で、摩訶不思議な髪の毛の色をした天使が、階段を登って顔を出した。

「あなたたち、うちの玄関で何をしているの」

「あ、しらすちゃん。おはよう」

この飴細工のような色の髪の毛をした天使こそ、スモモがインターホンを押し続けている部屋の住人、しらすである。スモモはインターホンから今にも攣りそうな人差し指を降ろして、眉間に皺を寄せながらしらすに尋ねた。

「しらす……お前、何処行ってたんだよ」

「この子の散歩」

しらすは右手に持っているレモン色のリードに繋がれた、頭の八割を眼球と裂けるほど大きな口からはみ出た剣山のような牙が占めている、刺々しくおぞましい見た目の怪物を左手で指差した。

「何だよ、それ……」

「——何って、チュパカブラだけど」

「あああ、しまえそんなもん! バス出るから急ぐぞ!」

スモモは吸血生物・チュパカブラを見るや飛び上がって叫んだ。

「スモモは本当に心が狭いわね。まあいいわ。戻って」

しらすは顔色こそ変えなかったが不満そうに言葉を漏らしている。彼女が肩にかけているピンク色のピラミッドを模した、奇妙な形のポーチのファスナーを開けると、チュパカブラの体が光の粒になって霧散し、その中に吸いこまれて行った。

「待たせといて心が狭いって、ふざけんなよお前……」

苦虫を噛み潰したような顔で、背の低いスモモはしらすの派手な頭を見上げた。

「もう。急ぐんでしょう?」

しらすは呆れた顔をスモモに向けてから、階段を一人で駆け降りて行ってしまった。

「おい、待てよ。お前が言うな!」

「二人とも待ってよー」

騒がしくしらすを追いかけて行ったスモモの後ろを、リカは手すりから決して手を離さずに丁寧に降りていく。アパートの階段から見える街の景色の左側、高層ビル群の中に、一際高い建物がある。あの塔には、かつて神が鎮座していた。

「いっつも思うけど、しらすちゃんのそのポーチ便利だよね〜。何でも入るんでしょ? それ使って、わたしも毎日ドレッサーごとコスメ持ち歩いたりとかしたいな」

バスを待っている間、リカがしらすが先ほどチュパカブラを格納したポーチを見つめていると、しらすはポーチの中をおもむろに漁り始めて、中から何かを取り出して見せた。それは、鎧のような体を持った、珍妙な形の生物だった……。

「あいにく、私はドレパナスピスしか持ち歩いていないわ」

「……デボン紀の魚、だね」

しらすはリカの困った顔を見て満足したのか、暴れるドレパナスピスをすぐポーチの中に押し込んだ。

「本当にどーなってんだよそのポーチ……あと、入れてるモンも何なんだよ……」

スモモは、ポーチに押し込まれるドレパナスピスを何とも言えないもどかしい顔で見ていた。

 三人の天使はバスに乗って、この街の中心地の中心部、この街で最も高い、かつて神の居た塔の前にまでやってきた。塔の周りには、三人の他にも数え切れないほどの天使が歩いている。

「全く。何でいつもこうギリギリになってしまうのかしら」

「お前のせいだろ!」

巨大な塔から吹き下ろされるビル風を浴びて、目を細めながらため息をつくしらすに、スモモは牙を剥き出しにした。

「まあまあ……早く行こ」

リカが二人の背中を押す。塔の入り口には、“Babel”と刻まれた石碑がある。三人はその石碑の横を通って、この巨大な塔、“バベル”へと入っていった。

 “経理”の看板がある横で、スモモは渡された封筒の中の明細を見て烈火の如く吠えている。リカとしらすも、明細表を眺めて目尻を窄めていた。

「おい、今月の額どうなってんだよ。おかしいだろ。これじゃあ家賃すら払えねぇんだけど!」

胸ぐらをスモモに掴まれた経理課の受付の天使は、情けない震える声を絞り出すことしか出来ない。

「ご、ご覧の通りです……今月分の給料はそちらの書面通りの支給となります……」

「ふざっけんな! こんな額で生活ができるかってんだ。お前じゃ話になんねえ。メルマガ呼べ!」

スモモは今にも受付の喉笛を噛みちぎりそうな剣幕である。

「部長は今お取り込み中で……」

受付の天使は震えながらせめてもの抵抗として、スモモと目を合わせないようにこれでもかと首を横に曲げている。すると、奥から眼鏡を掛けたいかにも偉そうな天使が出てきた。

「私はここだ。あとは自分が引き受ける。君は下がっていろ」

眼鏡の天使はスモモの手首を掴んでほどき、受付の天使の胸ぐらを解放した。

「助かります……」

「メルマガ……てめぇ、どういうことだよこの額」


スモモは眼鏡の天使、メルマガに自らの給与明細を見せつけた。その明細に記されている支給額は、四千とんで二十八円。

「……むしろ、多いくらいだ」

メルマガは険しい顔でスモモが掲げる給与明細を退けた。

「どこがだ!」

「えー、少ないよー」

「こうやって不景気になっていくのね……」

スモモが負けじと吠え、どさくさに紛れてリカとしらすが愚痴をこぼしていると、メルマガはそんな三人の様子についに痺れを切らしたのか、大声で怒鳴った。

「スモモ、しらす、トリカブト! お前らの冗談みたいな——」

「ちょっと。トリカブトって呼ぶのやめてってば。リカの方が可愛いでしょ」

リカは本名を呼ばれたのが嫌だったのか、メルマガの怒声に怯むことなく遮った。メルマガは息を荒くしながらまた声を張り上げる。

「黙って聞け! お前らの成績が送られてきた時は絶句したよ。この業績でどうやって給与を査定すればいいのか頭を悩ませた。これでも多めに渡してるんだぞ! いい加減、真面目に働いてくれ!」

「具体的にどうすれば、まともな額の給料が貰えるの」

しらすは何故か偉そうな態度でメルマガに尋ねた。

「アマルティエスの事件を無理に担当しなくていい。地道にディアノイアを回収すればいいだけだ。その辺にもあるんだから、回収くらいは出来るだろう」

スモモはメルマガの答えを聞いて鼻で笑った。

「めんどくせ! いーよ生活費は副業で稼ぐから。他の天使でそういうのはやっといてくれ」

メルマガは眼鏡を掛け直し、部下から受け取った水を一口飲んでから、余裕そうに笑った。

「ククク、言っていられるのも今のうちだ。お前らのその副業とやらも、そのうちメスを入れようと思っていた。一ヶ月以内にノルマを達成しなかったら、お前らの資産を差し押さえる!」

「あぁ!? どういう理屈だよ!」

「許しがたい横暴ね。人間たちの社会では、こういうのをパワハラと言うらしいわ」

しらすはスマホをいじりながら、わざとメルマガがかろうじて聞き取れるくらいの声量で、嫌味ったらしくつぶやいた。

「とにかく、天使に産まれたからには、天使としての責務を遂行しろ! さっさと行け!」

三人はいよいよメルマガに発破をかけられ、バベルを追い出されてしまった。

 バベルの前の広場には、スモモ達と同じく、暇を持て余すか仕事を怠けている天使と、人間達が沢山、ぼんやりとしている。

「資産差し押さえとかふざけんじゃねぇよ……どーすんだよこれ……」

スモモはコンビニで買った大好物の唐揚げを頬張りながら、ベンチの上で深いため息をついた。

「メルマガが言ってたみたいに、ディアノイア、回収するしかないんじゃない? 地道に……。めんどくさいけど、頑張って集めれば初任給くらいにはなると思う」

リカがスムージーを飲みながら、前髪をいじっている横で、しらすはチュパカブラにバナナを与えている。

「地道にやるのは効率が悪いわ。いい方法があるか聞くために、知識の悪魔、パイモンでも召喚してみましょうか。“ソロモンの小さな鍵”ならここにあるし」

「天使が悪魔に頼ってどうすんだよ!——っと」

スモモはしらすがポーチから怪しげな分厚い本を取り出しながら言ったとんでもない提案を却下すると同時に、三人が座っているベンチの目の前に、一人の人間の少年がつっ立っているのに気づいた。

「なんだよ。見せ物じゃねぇぞコラ」

「スモモちゃん、ガラ悪いよ……あなた、どうかしたの?」

リカは少年をしたから睨みつけるスモモを、苦笑いしながら止めた。少年は、しらす、リカ、スモモと左から順番に、頭の上に浮かぶ銀色の輪と白い翼をまじまじと眺めて、そして二回ほど呼吸をしてから口を開いた。

「あの、天使さんですよね? 助けてください」

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