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第九話 北太平洋にて

 ラパンたちの棲み処はノスフェラトウ宮と呼ばれている。ネスは家族単位で住むことが多い。ノスフェラトウ宮には、お父様を筆頭に九人の兄弟が住んでいる。家の雑事はバルバと呼ばれる半機械がやっている。バルバは宮殿のいたるところにいるので、ラパンたちは気にしない。


 ラパンの私室には基本的に物がない。ソファーが欲しいと思えば床から湧き、照明が欲しいと思えば天井から生える。私室では欲しい物は、おおよそ生成できた。不要になると自由に消せた。


 ラパンにも趣味はある。ここ百万年の間に絶滅した生物のデータ図鑑を鑑賞することだった。鑑賞の対象は微生物から哺乳類と幅広い。最近は鳥類の図鑑をよく鑑賞する。


 誰かがやって来る気配がした。私室の丸扉が開くと手脚の生えた柱時計を模したネスがいた。長男のアルゼだ。アルゼは何をしているかわからないが、常に忙しくしている。


「頼みがある。人間の船を沈めてきてほしい」

 ちょっと妙な頼みである。海はライデンが得意とする戦場である。空なら四女のドナが得意。敵が潜水艦ならライデンに、空母ならドナに頼めばいい。なぜ、僕なのだろう?


 ラパンは重力や力のかかる方向を遮断できるので応用して空も飛べる。だが、飛べるのであって、空戦は得意とはしてない。前回の戦いでも空戦では思うように戦果は出せなかった。


「ライデンとドナには既に別の仕事を頼んだ。両方とも重要な仕事だ。だから、適任者はラパンなんだ。それにとにかく時間がない。忙しい、忙しい」


 でたな、兄上の口癖の『忙しい』が。いつも口にしているから、本当に急いでいるかどうかわからないんだよな。やんわりとアルゼが頼む。


「そう嫌な顔をするな、俺は#1の準備で忙しいんだ。頼む、助けてくれよ」

 休みたい時はしっかり休むのが、人類を駆除するのに必須。だが、兄弟で助け合わなければ日本を落とすだけでも大変なのも事実。


 速報では日本人は七千万人を切ったがまだ多い。日本に配備されているネスはラパン一家の十人だけしかいない。他の地域が片付けば増援がくるが、当てにするような真似をお父様は望まない。行くしかないか、休暇はまたあとで取ろう。


「標的の情報をください。相手の数はいかほどですか?」

「三百m級のコンテナ船が一隻だ。コンテナ船の荷は兵器の部品だ。また、コンテナ船は改造してあり、新兵器が積んである。新兵器の種類だが、これがわからない」


「怪しい情報ですね。コンテナ船は新兵器を実験するための囮の可能性はないですか?」

「充分にある」とアルゼは渋い顔で認めた。


 次元門を使えば奇襲は容易だが、敵が罠を張っている可能性もあるか。また、海上ならヴァジュラを使えるな。実験が失敗でも、深海に残骸が散らばれば、集めるのはえらい苦労する。出撃したが無駄に損傷だけ負う可能性も捨てがたい。


 あまり良い話ではない。積んでいる部品がどんな部品かもわからず、新兵器が特定できていないのだから、情報の精度もよくない。胡散臭い話だが、誰かがやらねばならないのなら僕が行こう。


「確認ですが、コンテナ船は沈めて構わないのですね?」

「奪取や回収は考えなくてよい。準備ができたらいってくれ」


「忙しい、忙しい」と口にしながらアルゼはラパンの私室から出て行った。ラパンは赤門から出撃する。出た場所は夕暮れの海だった。水平線をバックに一隻のコンテナ船が浮かんでいる。護衛艦も空母も見えない。ここまでは情報通り。問題はない。


 コンテナ船までの距離は二千四百m。ラパンの高度は百mなのでコンテナ船からもラパンは丸見え。ラパンの出現を知ってコンテナ船は警報を鳴らしていた。


 ラパンは少しの間距離を詰めず警戒する。ヴァジュラによる攻撃を警戒していた。だが、ヴァジュラの発射はない。本当に部品を積んだコンテナ船なんだろうか? 


 船は舵を切って反転を試みていたが、いかんせん大きすぎて簡単には方向転換ができない。怪しみつつも、距離八百mまで近づく。船の中央部に重くなる力を掛けるとコンテナ船が割れた。


 真っ二つになった船は沈むはず。これで仕事は終わった、と呆気なく思ったら違った。船は真っ二つになっても沈まない。それどころか、中から全長二十五mの鉄製のずんぐりした人型ロボットが出現した。腕には金吒(きんたく)と赤い字が描かれている。中国製の新兵器か?


 馬鹿げている。あんな重い物が飛ぶわけはない。また、海に浮くわけではない。出たはいいが、すぐに海の粗大ごみになると勘ぐった。だが、金吒は両手に剣を構えて、海上に立った。そのまま、ずんずんと海上を歩いてラパンに近付いてきた。


 海の上を歩く巨大ロボにも驚いたが、戦う気なのにはさらにびっくりした。僕と戦って勝算があると思っているだろうか? 馬鹿にしやがって、海に沈めてやろうと力をかける。


 金吒は膝まで沈んだが、それ以上は沈まない。明らかに人間の技術で作られたロボットではなかった。


 全力で重くなる力を打ちこめば沈むだろうが、力を抜けば浮いてくる予感がした。重くして自重を増やしてやっても自壊はしない気がする。ラパンにとって苦手な相手だった。


 日本に運んで月詠市の防衛に充てる気だったか。面白い。実力を見てやるか。ラパンも海の上に立つ。金吒が五十mの距離で剣を振りかぶる。そんなところから攻撃しても当たらないぞと、ラパンは鼻で笑った。


 金吒は剣を投げた。ラパンがさっと避けると剣は回転して円の起動を描く。剣は金吒の手元に戻った。投擲して回収できる武器か。切れ味が気になるところだが動きは早くない。ラパンは海上でジャンプする。空中で重さを増して、金吒を上空から踏み付けた。


 動きが遅いなら充分に当たる計算だった。だが、金吒は海上を滑って後退して回避した。そのまま、目の前にきたラパンに剣を振り下ろす。ラパンは剣を振るう両手を受け止める。ズシリと重い感覚がする。


 くるぶしまで海に浸かった。金吒の力は最初、大した威力ではなかったが、段々と重くなる。剣がじりじりとラパンに近付く。刃が赤くぼんやりと輝いた。あの光は不味いとラパンは本能的に思った。


 軽くする力を金吒に作用させる。金吒が浮いた。すかさず重くした蹴りを打ちこむ。金吒が剣を手にしたまま海上を転がった。十数回、転がると金吒はさっと立つ。


 金吒は蹴られたところが凹んでいた。打撃を主として打ちこめば倒せるな。海上で力を制御して浮いた状態で戦うのは難しい。固い地面の上なら、と贅沢は言わない。せめてここが砂浜ならもっと楽に戦えた。


 現時点では金吒の防御力は並。運動能力はまだ判明していないが、余裕を見て五分と見ておく。攻撃力は剣が向こうにあるので、金吒に部がある。ならば、格闘技術だ。打撃で打ち勝つ。ラパンはボクシングの構えを取る。


 ネス同士には殴り合う文化はない。スポーツもない。されど、ラパンの本能が告げている。お前はやれる、と。ボクシングの構えを取ると、金吒が止まった。ラパンが殴り合いに持ち込もうとしていると見て警戒していた。


 ラパンの蹴りを金吒は見ている。ラパンは近接戦が得意かもと感じた可能性がある。近接戦を人間には見せた経験はない。ないからこそ、挑んでこないとは限らない。


 データを取るために金吒が斬りかかって来る策は充分にあった。だが、金吒を破壊する自信がラパンにはあった。


 金吒が海に沈んだ。海中からの攻撃を試みてくるのかと警戒した。波の立ち方で理解した。金吒はラパンから猛スピードで離れている。速度にして七十ノットは出ていた。


 海中を七十ノットで逃げる金吒を追撃はしないと決めた。海中戦は空中戦より苦手だ。金吒がここまで海中で速いなら、金吒は本来、海中での戦いを得意としているとも考えられる。敵の得意分野で戦うのは賢くない。


 まだ浮いているコンテナ船に近付こうとしたが、危険を感じて上空に飛び上がった。コンテナ船が光った。ヴァジュラが爆発した時と同様の光をコンテナ船は上げた。標的は消えた。人間の兵器開発は着実に進んでいる。

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