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第八話 裏切られた男

 治癒の泉に体を浸していると、リーゼがやってくる。リーゼに外傷はない。治癒の泉に浸かりにきたわけではない。リーゼが機嫌よく語る。


「速報が発表になったわ。アポカリプス作戦は順調よ。人間の滅びが目に浮かぶわ」

 速報はネスの広報機関エストリカル(ネスの言葉で鳥が運ぶ小枝の意味)が出している。エストリカルは不定期で情報をネスに送っていた。ラパン一家の間ではリーゼが速報の受け取り役だった。


 リーゼの表紙が光る。全長四mの顔のない白い女神像の二体が現れる。女神の像の間にスクリーンが投影される。スクリーンには情報が記載されていた。


 アフリカのほぼ全域と南米において人間の駆除が完了。アフリカ地域にいたネスは中近東のネスと合流。南アメリカにいたネスは北米にいるネスと合流した。


 アジア地域でも成果が上がっているが、人が多いので人類消滅はまだ先だった。インドや中国は人口を三分の一にまで減らした。されど、そこから人類減少のペースは鈍化していた。


 人間のトータルの数値を確認する。世界人口は約三十二億人となっていた。人類の数はいまだ多い。リーゼから明るい声がする。


「いいペースで人間が減ったわ。アポカリプス作戦の#1が始まるわ。ここで新たな力をもらえば人間の消滅がまた近づく」


 人間の数は順当に減らさなくてはならない。人間は充分に世界を満喫して、他の生物を絶滅させた。そろそろ、次の世代に席を譲ってもらわねばならない。


「老いた種族には退場を願わないといけません。滅びは必然ですよ。早く次の時代にしないと、後がつかえています」


「せっかちなのね、ラパン。それで力をもらう順番はいつがいい? 兄や姉に気兼ねする必要はないわよ」


 力が欲しいが、急ぐことはない。月詠市の攻略は進んでいる。月詠市以外の都市も侵攻を進めた方がよい。他の街が落ちればそれだけ、日本全体の生産能力が落ちる。


「力を渡す順はお父様に一任します」

「物分かりが良すぎて、なんだかつまらないわ」


 リーゼがつんとした態度で治癒の泉を去った。アポカリプスの#1が来るなら、パルダ獲得も増やしておかなければ。#4までに百人は無理かもしれないが、五十人は獲得しておかないと面目が立たない。


 仕事はやる気になった時にやるに限る。青の次元門を潜った。出た先は薄暗いリビングだった。最低限の家具だけがある殺風景な部屋。カーテンは閉められている。まだ、昼なのでカーテンの向こう側から光が透けていた。


 部屋の空調は作動していないが、寒々とした印象を受ける。部屋にはぼさぼさ髪の若い男がいた。トランクスとシャツだけしか身に着けていない。男はモニターに映った映像を見ている。


 映像はホーム・ビデオだった。男も映っていた。映像では男は活き活きしており楽しそうだった。男の横に立つ。現実の男は目が虚ろで精気がない。男はラパンの存在に気が付いたが驚きはしない。何事もなかったのように男はモニターに視線を戻す。


 話し掛けないと進展がないのでラパンから口を開く。

「ネスの信徒にならないか? 信徒とはパルダと呼ばれる」


「興味ないね」と冷たく回答があった。拒否されてあっさり引き下がってはパルダ獲得には繋がらない。人間相手でも忍耐が必要な時もある。


「画面の中の君は随分と楽しそうだが。これは君かい?」

 画面を悲し気に見つめ、男は答える。


「何気ない、幸せな時間。失われた時間。もう戻ってこないものだ」

 人間のホーム・ビデオに興味はない。けれども、パルダ獲得のヒントがあるかもしれない。付き合って鑑賞する。わかったことが二つ。一つは隣の男の名は鏑木将人。


 流れている画像は二十分いていどの映像が繰り返し流れている。ラパンは鏑木の家族がもういないと直感した。


「家族はネスの犠牲者になったのかい?」

「幼馴染はネスに殺されたけど、家族は人間に殺された。ただ、もう人間もネスも憎いと思わない。なぜ、自分が残ったのかが疑問だ」


 この手の自棄な人間は今の時代珍しいものではない。こういうタイプは勧誘しやすかったりする。ちょろいかなと、ラパンは密かに喜んだ。

「もう一度、家族や幼馴染に会いたい。ないしは失われた時を戻したいと思うかい?」


 ネスには死んだ人間を蘇らせる術はない。時間を戻す方法もない。理由は単純だった。人間は今の時代に属するもの。ネスの時代に属するものではない。人間の生きた時間は人間のものである。今の世界法則なので現時点では変わらない。


「死んだ人間はどんなに騒いでも生き返らない」と鏑木は興味を示さなかった。

「君は正しい。死者を生き返らせたりをネスはしない。だが、次の時代なら別だ。ネスの(しもべ)として生まれ変わらせるわざは可能だ。君がパルダになり、最後まで生き残れればだけどね」


 鏑木の目に光が宿る。鏑木が怒りの口調で問いかける。

「どういうことだ、説明しろ? 嘘は許さない」


「パルダは次の世界の住人だ。次の世界は今の世界とは支配するルールが違う。ルールが違えば状況が異なる。次の世界の初期段階には、世界再構築のために君たちのいう生まれ変わりがある」


 鏑木が興味を示した。希望が鏑木を狂気と人類への背信に向かわせる。

「やり直せるのか、家族や友達と?」


「家族や友達がパルダだったら可能性があっただろう。ないなら、難しいね。ただ、なんでも特例はある。成績が優秀なパルダには特典が付く。特典があるなら可能だろう」


 適当なことは言っていない。当てがあってラパンは発言していた。三男のライデンは再生のライデンと呼ばれていた。


 ライデンなら人間を新世界に生まれ変わせられる。無制限ではないが、生まれ変わり先を選ばねば一万人はいける。ライデンは人間には厳しいがパルダには優しい。


 鏑木は答えず険しい視線でラパンを射るように見る。もう一押しかなとラパンは悟った。ラパンは鏑木が望むであろう答えを囁く。


「亡くなった人間はどう考えるか。人間は素晴らしい。人間のまま終わりたかったと思っているかもしれない。だが、もし、まだ生きたかったと思ったら君に縋るだろうね」


 鏑木は怒っていた。だが、反論も拒絶もしない。さらに、一押しする。

「死んだ人間の声は聞こえずだ。決定権を持っているのは君だ。信徒としてパルダになるか? ならないか? 君が決められる」


 鏑木は悩んでいた。苦しんでもいた。

「生まれ変わった人間が新しい世界を拒絶したらどうする?」

「消すのは簡単だ。旧時代の負債として消える。だが、現状では君の大事な人は選択権すらない」


 鏑木が立ち上がった。殴りかかってくるかと思ったが違った。鏑木はモニター台の抽斗からくしゃくしゃな紙を取り出す。紙を拡げてラパンに示す。


「JP14の訓練候補生の合格通知だ。俺は軍に入ってネスのために手柄を上げる。そうしたら、十三人の人間を次の世界に送ることを認めてくれ」


 ホーム・ビデオに出ていた人間は鏑木も入れて五人。幼馴染が二人いたとしても、十三人は多い。何かまだ事情があるのだろうが、パルダの事情は知ったことではない。

「十三人となるとかなり成績を上げなければダメだが、君にやれるのかい?」


 鏑木はぐっとラパンを見据えて約束した。

「やってみせる。きっとそれが俺の存在意義だ」


 死んだ目をした人間が生き返ったか。あまり期待はしないが、上手くいけば見返りも大きい。ラパンは鏑木をパルダとして迎え入れた。

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