第七話 弱点
HQを頭に乗せ、次元門よりラパンは出撃した。出現時刻は人間が戦いやすい昼をあえて選択する。高度は五百mと雲の下に保つ。重力鎧を身に纏った。HQが乗る頭部を厳重に保護しておく。
HQに起動の念を送ると、頭上のHQが叫ぶ。空中に全長十二mの白い卵が十二個、空中に現れた。卵には羽が生えており、一つだけ目が付いていた。卵に付いた目が辺りを見回す。
卵はふわふわと上空に浮くばかりで攻撃はしない。卵に付いた目が縦横に動く。目は辺りの地形を確認してデータを取っていた。ラパンが空から地上を攻撃しても良いが、HQの性能を見るためにあえて見守る。地上から攻撃された場合を想定して卵の下部に重力盾を展開しておくのも忘れない。
地上では戦闘車両が見え始めた。中から命の気配がしない。形が戦車とは違うので、無人対空自走砲だ。さしずめ、軍隊蟻の亜種だ。
対空自走砲はすぐに攻撃を仕掛けてこない。無理にしかけず、位置取りに注力している。空軍戦力の到着を待っているのは見え見えだった。
卵が光った。卵の殻が消失してHQに似た半長半人の存在、ハーピーが現れる。ハーピーはHQと違い、大きく羽を拡げれば十二mもある。ハーピーは空を大きく円を描いて飛ぶ。
「御命令を」とHQが指示を仰いできた。人間の空軍戦力は未だ現れず。待ってもよいが、ハーピーの対地攻撃能力を知っておきたい。
「敵の地上戦力を叩け」
「了解しました」と畏まった返事がある。ハーピーたちが三羽で隊列を組む。無人対空自走砲が反応した。すかさず撃ってきた。敵の攻撃は激しく、命中精度も良い。ハーピーが何かをする前に次々と撃ち落とされていく。
全てのハーピーが二分かからずに撃ち落とされた。話にならない、全滅だ。まあよくも、こんな弱い兵器をツチが作ったと呆れた。自分でなんとかするしかないか、と思った矢先に状況が変わった。
落下したハーピーが燃え出した。燃えたハーピーが地上で大爆発を起こす。爆発は炎を撒き散らし、火災を起こす。ハーピーは戦闘機ではなく爆弾だったのかと思うが違った。炎の中でハーピーが再生して、また飛び立つ。
復活したハーピーは口から怪音波を放つ。怪音波を浴びた無人対空自走砲は爆発した。撃ち落とされれば焼夷弾となり、飛び立てば戦闘攻撃機になる。しかも、撃ち落とされても数分で戦場に復帰する。ハーピーは人間にとって恐ろしい兵器だった。
JP14は有人兵器である。現状では耐熱性や密閉性はわからないが、火の海の中では思うように活動できない可能性が充分にあった。
無人対空自走砲は数で勝っていても有効打にはならない。このままではいつか全滅する。JP14も炎で投入できないとする。人間側はハーピーを相手にしても勝てない。となると、戦局打開のために司令塔を狙って来るのは確実。
ラパンが頭にHQを乗せている状況は人間もわかっている。無人対空自走式砲はハーピーで手一杯。なら、ここは空軍力で空戦を挑みラパンの頭を狙ってくる。望むところだった。日本の航空戦力がいかほどか見てやろう。ラパンはHQに命令する。
「ハーピー隊は地上の攻撃に専念させろ。上空の敵は僕が迎え撃つ」
念を送ったところで遠くに点が見えた。新千歳からの戦闘機部隊だ。三角形の戦闘機はまっすぐラパンを目指していた。ラパンは重くなる攻撃の範囲に戦闘機が入るのを待った。入れば即座に空中で潰すつもりだった。
戦闘機の三機がラパンの力の射程外からミサイルを発射する。合計六発が飛んでくる。見えるのなら力を掛けやすい。引き付けて空中でミサイルに力を通わせ爆発させる。戦闘機はそのまま距離を詰めずに、ラパンの周りを旋回する。円を描くように大きく距離をとった。
戦闘機は距離を空けてのミサイル攻撃をするが、ミサイルはラパンに当たる前に撃ち落とされる。だが、戦闘機はラパンの攻撃射程には決して入ってこない。どうやら、二度の戦闘でラパンの攻撃が届く範囲を読み切ったと見ていい。
どちらの攻撃も有効打にならない。そのうち、戦闘機が三機、また三機と飛んでくる。最終的は十二機となる。十二機の戦闘機はあらゆる方向から攻撃を仕掛けてくる。
ラパンは冷静に全てのミサイルを撃墜した。変則的にラパンは移動する。されど、ラパンが動くと戦闘機の包囲円は巧みに変わり距離を一定に保つ。ラパンの移動速度より戦闘機の速度が早いので距離は縮められない。
ミサイルを撃ち尽くしたのか三機が円を離脱。新たな三機が包囲円に加わるので攻撃は緩まない。ミサイルを撃ち尽くした戦闘機は空港に帰還、最速で補給して戻ってくるのなら、勝負は付かない。
決め手としてヴァジュラを撃てれば人間はラパンを撃退できる。だが、ツチの読み通りに日本軍はヴァジュラの使用に踏み切らなかった。
空で戦う場合は機動力で落ちるラパンに決定打はない。だが、地表に近すぎてヴァジュラを使えないので、日本軍も攻めあぐねる。地表近くではハーピー隊がゆっくりと戦果を上げている。都市を焦土にしたくなければ、人間はヴァジュラの使用に踏み切るしかない。
ヴァジュラの使用は短期的には人間の勝利だが、長期で見れば敗北を呼び込む。ツチから兵器を貰ってきてよかった。ここでの一敗は別に痛くない。勝利の布石のための一敗だ。
攻撃は激しいが慣れてきて、ラパンは時折、地表にミサイルの残骸を重くして落とす。ミサイルの残骸といえど質量を増せば充分に威力がある。消火活動を妨害すれば、いよいよ人間はヴァジュラの使用に踏み切らなければならない。
充分に戦果を上げたな、とラパンはほくそえむ。HQが頭上でそわそわしだした。嫌な予感がしたので、HQに念を送る。
「どうした? 何か問題が起きたか。些細な事でも報告しろ」
「地上でハーピー隊が謎の杭を撃たれ拘束され始めました。再生も自爆もできません。緊急時の処置として、消滅させることはできますがどうしますか?」
眼下を注視すると、火はまだ燃え盛っている。けれども、燃え拡がってはいない。このまま火の勢いが弱まって、JP14が投入されればラパンは狙い撃ちになり、戦況は逆転される。ハーピーに刺さる杭に軽くなる力を掛けて抜くことはできる。だが、下に降りていかねばならない。
当然、頭が集中攻撃される。ラパンは頭部に一撃を喰らっても問題ないが、HQはそこまで丈夫ではない。HQに異常を起きればどのみちハーピー部隊も運用ができなくなる。
ここまでか、ラパンは早々に見切りをつけた。HQに命令する。
「ハーピー隊を消滅させろ」
地上でハーピーたちの悲鳴が上がった。同時に白い光が昇る。ラパンは情報を持ち帰らせるためにHQを重力の鎧で纏う。そのまま次元門の中にHQを投擲した。
飛んで行くHQにミサイルが向かうが、ミサイルはHQから逸れた。次元門の中に入ったHQは消える。独りになったラパンはもう上空で戦う必要もなくなったので地上に降りた。
地上ではまだ火が燃え盛っていた。ラパンは足掻きだとばかりに重くなる力で空気を操る。火を風で操り延焼を拡げようとした。上空の戦闘機からのミサイルを受けた。軽く殴られる衝撃を何度も受けた。攻撃を受けて行くと気分が悪くなってきた。それでも、少しでも戦果をと思い、力を使い続けた。
思い付きではあったが、重くなる力と軽くなる力を併用すれば大気を操れることを知った。竜巻なら起こせそうだ。もっと力があれば強力な台風とて起こせると確信した。自分にはまだ大きな可能性があるとラパンは予感した。
肩と腿に穴が空いた。攻撃された方向を確認するとライフルを構えたJP14がいた。不思議だった。通常なら見えないJP14が見える。視界の異常ではない。ラパンはハッとした。
JP14は炎の淵から撃っている。JP14は炎の中のような過酷な環境には完全に適応していない。また、消える力は万能ではない。消える力は兵装の一種だ。隠密機能と他の機能は同時には使えない。
現状では耐熱密閉と隠密は併存できていない。JP14の攻略法が見えた。過酷な環境下ならJP14は見える。確証を得たいと思った。
目に穴が空いた。不快な感覚が蘇る。見えないわけではないが、ただただ不快。ラパンはもしかして自分の弱点が目なのではないかと薄々と悟った。次々と体に穴が空いていく。完全に的にされていた。
ラパンは身体が消滅した時に記憶が飛ぶ可能性を恐れて撤退を決意する。空中に飛び上がる。次元門を潜り撤退した。敗北だが、充分に意義のある戦いだった。
自分には可能性があり、敵にも弱点がある。また、自分の弱みもわかった。ツチにもデータを提供できた。戦いはまだ続く。最後に勝つのはネスであれば良い。