第六話 アポカリプス作戦と天照計画
他の都市は他の兄弟たちに任せると決めた。ラパンは標的を月詠市に絞った。私室のソファーで横になり、ツチが開発した寄生型の情報収集装置を使う。
装置はムクドリの脳に寄生して、ムクドリが体感した映像や音声を拾う。装置は線虫に似ており、体内で溶ける。人間にムクドリが捕まっても証拠を消せた。
月詠市は海に面した街であり規模的には人口二十万人程度。規模のわりに高層建築が目立っている。道幅は広く軍隊蟻のような戦車でも通れる。ショッピングモールや体育センターもある。外れには牧草地や農場が拡がっていた。一見するとただの郊外都市。
だが、二度の戦闘によりただの中規模都市でないことがわかっている。百㎞内に札幌市があるのでそちらに目が行きがちだが、重要なのは月詠市だ。ムクドリの目を通して注視すると、特異な面が見えてきた。
人口構成は若者が多く、老人はほとんどいない。JRも複線で走っている。また、この街の規模には珍しく地下鉄への入口も存在した。漫然と戦っていては気付かない情報が多いなとラパンは反省した。
大規模な地下施設が存在した場合は札幌まで繋がっている。また、海もあるので海上への輸送も可能だ。空港は見えないが、新千歳には空軍の基地があるので、なにかあれば航空戦力も投入可能な立地だった。
地下の情報がほしいが地下にムクドリを降ろせば、勘の良い人間が気付きかねない。表面的な情報は手に入ったが、これだけでは足りない。私室と回廊を繋ぐ丸い扉が開いた。
扉の向こうには白い服に身を包んだ死神に似たネスが立っていた。名はツチ。兄弟の内でもっとも人間に興味を持ったネスである。
「兄上も人間に興味を持たれたとか。同好の士ができるのは嬉しい限りですな」
「僕はただ月詠市を落としたいだけだ。月詠市を残せばネスの脅威になる。だが、肝心の情報がない。どこを攻撃すれば良いのかわからない」
「市中を逃げ惑う人間を殺すのと拠点を落とすのでは考え方を変えなければダメですからね。どうでしょう、ここは協力して月詠市を落としませんか?」
人間を知るツチが協力してくれるなら願ったり、叶ったり。だが、ツチの魂胆が読めない。ツチは人間を絶滅させようとしているラパンとは考え方が違う。何を思う、ツチよ?
ツチは軽く笑って、明るい調子で提案する。
「そう構えないでください兄上。私もネスです。人間を滅ぼさねばならないと重々承知しております。ただ、滅ぼす前に人間についてもっと知りたいのです」
ツチを表す言葉はふわふわとした奴とするのが適当だった。ツチは本心を語らない。とはいっても、疑ってばかりでは何も進まない。
「それでどう協力するというのだ、一緒に出撃するか?」
ツチはラパンの案をきっぱり拒絶した。
「いいえ、私の出撃はまだ先です。時期的に悪い。発明品をお渡しするので実験がてら兄上が出撃してください。データはお父様にも渡すので、戦いの結果は我らが兄弟姉妹に必ずや利益になるでしょう」
何かいいように利用されている気がするが、気にはしないでおこう。ツチの利益は兄弟の利益。兄弟の利益はネスの利益だ。
「出撃は一人でいこう。発明品を渡してくれ」
「協力していただけるのならお願いがあります。戦闘領域は低空域としてください」
おかしなことを頼むと思った、破壊しなければいけない敵の施設は地下にある。技術者や研究員も地下に籠っている。空で戦っても成果は上がらない。空からでも地上の建物を破壊は可能だが、人間はすぐに建物を建て直すのは目に見えている。
ツチがラパンの考えを読んだのか考えを語る。
「日本人は天照計画と呼ぶ作戦を考案中です。成功すれば、ネスの侵攻を完全に停めるきっかけになります。天照計画を妨害するには我らが空を押さえる必要があるのです」
天照計画にどんな兵器が使われるのかわからない。されど、ツチが危険視するなら馬鹿にならない効果がある。
こやつ、どこまで人間の情報を掴んでいるんだ。人間の組織の中枢にパルダがいるのはわかるが、どこまで人間側に浸食している。
「天照とはどんなプランで、どんな兵器を使う?」
「天照計画で空に兵器を打ち上げて使います。第一段階で使われる勾玉は成功すれば我らの次元門を封じることができます。二段階の鏡まで行けば降り注ぐ光を利用してネスを大きく弱体化させます。第三段階の剣にいたればネスに止めをさせます」
ツチの言葉でなければ疑うところだ。だが、天照計画は止めねば危ない。特に第三段階まで人間が到達すれば、戦況の逆転が有り得る。
ツチは表情を緩める。
「兄上、心配はまだ無用です。人間はまだ勾玉の試作段階です。また、剣で止めをさせるのは現状のネスです。新たな力を得たネスにどこまで通用するか未知数です」
ネスが強くなれば、人間もまた知恵を付ける。ネスがアポカリプス作戦段階をフェイズ#4まで進める。人間が天照計画を完全な形で第三段階を完成させる。どちらが先にプランを完成させるかで、次の世界の有り方は変わる。
「空を巡る争いに関するデータを取るために、今回は戦おう」
「戦う上での注意ですが、高度をあまり上げないでください。高度を上げすぎると、半実体破壊ミサイルであるヴァジュラを使われます」
ミサイルが日本名ではないところを見ると、ラパンの体を二度も撃退したミサイルはインド製。兵器開発は世界各国で行われ、知識が共有されてきている。それだけ、人間の危機感が強くなったのだろう。
「ヴァジュラは脅威だと認める。一回目は高高度まで移動させられて使われた。だが、二回目は地表で使われたぞ。戦う高度に意味はあるのか?」
「ヴァジュラは使用している原理から使うほど空間に歪みを生じやすくなります。すなわち、次元門を出現しやすくします。地表で使い続ければ地下施設へ次元門を直接開けるようになるでしょう」
「前回のヴァジュラの使用はJP14を渡したくなかった人間側の苦肉の策か。おもえば、威力も弱く、体が全壊しなかった」
戦い続ける利点が見えた。地表でヴァジュラと混在を使わせ続け、地下に次元門を開いて直接地下施設を破壊する。同時並行で人間から空を奪って天照計画の三種の兵器を使わせないようにする。肉体の全壊があるので、攻め続けるには他の兄弟たちの協力も必要。他の兄弟たちに参戦を促すにはそれなりのお膳立てと、ある程度の実績が必要だとラパンは感じた。
先が見えて協力を得られる段階になるまでは僕が一人で人間の相手をするしかないな。
ラパンの考えが纏まると、ツチがにやりと笑う。
「では、発明品を渡します。ハーピークィーンです。HQとお呼びください」
ツチの肩の上に真っ白な半鳥半人の存在が現れた。HQの全長は一mと小さい。鳥なのだが、人間の女性の体と顔を持った存在だった。一見すると、戦闘では役立ちそうには思えないが、HQの顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。