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第三話 パルダ(信徒)の烏丸

 パルダは次の世界の住人である。数はそれほど要らないが、獲得をお父様から義務づけられていた。目標はネス一人当たり百名。獲得したパルダは獲得後に死んでも一名とカウントされる。


 ネスには、パルダを守る義務はない。パルダの百名を獲得しても、最後まで生き残れるのは、五名もいれば良い。新たな世界に残れる人間は五万人以下である。


 身体を二mまで縮小して、人間の世界に行く次元門を潜る。次元門の管理は兄のアルゼが管理している。ただ、アルゼが忙しいので実質、解放に近い。


 次元門には二種類あり、出撃用の赤門と、パルダの元に行くための青の次元門がある。青門はパルダになりそうな人間に導いてくれる機能もあった。仕組みは、ラパンもよくわからない。


 青門を潜ると大きなベッドの後ろに出た。ベッドの上では今まさに男女が性交の最中だった。男はラパンに背を向けており、気が付いていない。女は位置的に男が邪魔をしてラパンが見えていない。


 なんか間が悪い時に出たな、とラパンはげんなりした。男と女は行為に集中しているのか、ラパンの出現に全く気付く様子がなかった。邪魔するのも気が引けるが、終わるまで待つのも間抜けである。いいか、二人とも死んでもらう展開もあろうと腹を決めた。


 でも、問題もある。男と女どちらがパルダ候補だろう? パルダは人間側から見れば精神的に壊れているとされる者が多い。どちらかが人間のいうところの性格破綻者ではある。話せば、だいたいわかるが、現状では話が聞ける状態ではない。


 パルダ候補は女だろうと勝手に決めた。パルダは男の背中に力を放つ。男が空中でくしゃと潰れてサイコロ・ステーキのように小さくなる。ラパンは男だった肉の塊を後方の次元門に投げ込んだ。


 ベッドの上に裸の女性だけが残った。女性は、まだ若い。高校生くらいだろうか。髪は黒髪。体形は細身であり、あまり健康的に見えない。食事をきちんと摂っていない。


 人間側の社会状況では、まだ配給をするほどではない。食えないではなく、食べていない女の目に宿った光は虚ろで生きる気力も半ば失なっているようでもある。


 女性はラパンを見ても騒がず、怯えない。諦めではなく、虚無に近い。つまり、女を残して正解だった。

「僕の名はラパン。見ての通りのネスだ。君をネス側に勧誘に来た。信徒にならないか」


 女性は身体をベッドに起こし、ベッドの上で胡坐をかいて座る。

「聞いた覚えがあるわ。ネスは人間を裏切るように勧誘するって、噂は本当だったんだ。信徒はパルダって呼ぶんでしょう」


 人間側で公にしていないが、ネスがパルダを獲得に向けて動いてる話は伝わっている。ラパンにしてもこれまで三十二名のパルダを獲得している。


 ラパンと同じく成功しているネスがいれば、パルダの数は世界で三十二万人になる。現在まで何人が生きているかは不明だが、それでも世界には万単位ではいる。情報が出回っていても不思議ではない。


「私はネスに両親を殺されたわ」

 女性の表情には恨みも憎しみもない。どうやら、相性が良さそうだ。


 穏やかに構えて、正直に心情を話す。

「ネスは人を殺すからね、不思議じゃない。両親を勧誘しに来たわけでもない。必要なのは君だ。君がどうするか決めてくれ。拒否しても殺しはしない。この場では、の話だけど」


「私は烏丸(からすま)桜よ。両親をネスに殺された普通の女子高生。殺されて四十九日ぐらいまではネスを憎んだ。悲しくもあった、でも、そのあと段々と悲しみも憎しみも薄れた。不思議だった」


 パルダになる人間は、人間の世界に順応している者もいる。だが、本当の所では、自分と他の人間との違いを、いつも心の奥底に抱いている。


 ネスでは『呼び声を聞いている』と表現している。呼び声は胎児の内に聞くこともあれば、何かのきっけで知る状況もある。中には呼び声を拒絶する人間もいるが、たいていは、ネスとの接触で自覚する。


「パルダになる人間は壊れている。烏丸の場合は両親の死を契機に目覚めたんだよ。烏丸は、もう知らないうちに新時代の呼び声を聞いていたんだ」


 烏丸は落ち着いていた。ラパンに敵意を示さない。

「親が死んで、もう、何をしても、楽しくない。悲しくない。怒りもしない。心が死んだと思ったけど、違ったのね。私は変わった。人間じゃないものに、ネスの側に行くわ」


 勧誘は成功した。女子高生に何ができるわけではないが、そこは、どうでもいい。人類を滅ぼすのはラパンの仕事であり、パルダの仕事ではない。パルダは新世界が始まってから役目がある。


 烏丸の目に光が戻って来た。生きる力と仄暗い狂気を宿した光だ。

「パルダの義務を教えて。できないようなら、自殺して情報を守るわ」

「義務は、アポカリプスの第四フェイズの終わりまで生き残ること」


 人類との戦いには段階がある。アポカリプス作戦のフェイズ四は『#4』と呼ばれ、最終段階だった。ラパンは説明を続ける。


「ネスはパルダを守らない。必要なら犠牲にする。だから、自力で生き抜くことが義務だ。手助けなどは、期待してはいけない」


 烏丸はラパンの言葉を、すんなりと受け入れた。

「義務は、どうにか果たすわ。できなくても、恨みはしない。それで、新しい時代に生きていける以外に特典は、あるの? 何か特殊な力とか貰えるなら欲しい」


 人間に特殊な力を与える能力は、ネスにはある。だが、新参者の信徒には大きな力は与えない。教えもしない。しばらく、様子を見て『できるパルダ』にのみ力を与える。


「烏丸には祈ることを認める。祈れば祈りは僕に届く。だが、僕がどうするかは、その時の気分次第。また、返事は基本的に、しない」


 烏丸は薄く笑う。皮肉や悲嘆は微塵もない。

「メリットほぼないじゃん。祈るだけなんて。でも、それでいいのかもしれない。人間の神様だって何もしてくれない」


「では、印を与える。印があれば祈りが可能になる。それで、どこに印を入れる? 大きさは直径一㎝から十㎝まで選べる。場所は、どこでもいいが、人に見られない場所がいい」


 烏丸は足を大きく広げた。

「性器に最小サイズの印を入れて。性器なら人に見られないから、パルダだってばれづらい」


 場所はどこでも良いのだが、ちょっと引っかかった。

「さっき男と性交をしていただろう。烏丸は人間でいうところの性に淫乱なのだろう? いいのかい、もう男と楽しめなくなるよ?」


「好きだからやっていたわけじゃない。誰と寝ても大して気持ちよくもなかった。何もすることがないから男と遊んでいてだけ。今日から、もうしない。善良なパルダになる」


 ラパンは指を烏丸の性器に向ける。じゅっと音がする。烏丸が苦痛に顔を歪める。

「痛い、でもわかる。この痛みは、これから私が生きていくのに必要な痛み。人類を裏切った痛み。不快じゃない」


 今回の勧誘は上手く行った。いつもこうであると楽だが、物事はたいてい上手く行かない結果が多い。

「勧誘はこれで終わり。祈りは義務じゃない。祈りたくないなら、祈らなくてもいい」


 ラパンが背を向けると、烏丸が静かに声を掛ける。

「何か隠している情報があるでしょう? 手柄を立てたら教えてくれる」


 現段階では、パルダに教えて良い情報は限られている。新参者なら教えなくても良い。ただ、ラパンは烏丸のやる気を削がないだけの配慮はあった。


「無理はしなくていい。生き残るだけでいい。それだけでも大変だろう? 上を目指さなくていいよ。現状で満足なら、それでもいい。まずは維持するんだ」


 それとなく、上に行ける情報を与え褒賞を匂わせる。ここらはラパンと烏丸の駆け引きだ。祈ればラパンに思考は届く。だが、ラパンは烏丸の心を読めるわけではない。烏丸が裏切ったり心変わりしたりする可能性は充分にある。ラパンは次元門を潜り帰還した。

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