第二十四話し 決戦とそのあと
大阪は夕暮れに染まっていた。太陽は傾いているが、別の方角から人工太陽が昇り出しているので、これ以上に暗くなることはない。赤い光が照らす大地には建物がほとんどない。
土の山と化している。ルドラを改良して全てを土塊にかえる兵器を人間が使用したせいだ。かつてここが繫栄した大都市だったと思わせる陰はない。かろうじて残っている壊れかけた建物だけが人類の文明が存在した痕跡を思わせた。
壊れかけた建物が二百くらい固まって残っている。人間の基地であろうと思うが、防御機能はほとんど残っていそうにない。みすぼらしいの言葉がぴったりだった。
ラパンはツチが発明品を与えてくれたのをいささか恥じた。これでは勝負にならない。牛頭、馬頭、HQの指揮官個体がラパンを見て指示を待っている。
「全軍総攻撃を開始せよ、人間たちを駆除だ」
日本軍への攻撃命令を下した。ラパンは自分を守るための兵力を割かなかった。傲りではない。必要ないと正直に思ったからだ。命令を下すと、基地から警報が鳴るのが聞こえた。日本軍が察知した。最後の戦いだ。
HQがハーピィーを出現させ飛んでいく。牛頭、馬頭も武器を手に、撃ちまくりながら前進を開始する。人間側から戦闘機が飛んでくる。もはや、最新型のアルスビズを使い果たしたのか、戦闘初期に見た戦闘機の型だった。
数はHQが率いるハーピー二百四十に対して、四分の一もいない。人間の航空戦力は善戦していた。だが、数が違い過ぎるし、ハーピーは再生する。直ぐに制空権はラパンのものになる。建物の陰からJP14が撃ってきているが、こちらも五十いればいい方だった。
ラパンに射程が届く機体はラパンを狙ってきているが、もはやラパンにJP14の攻撃は効かない。以前はラパンの体を貫通した弾丸がラパンの体に当たり力なく砕ける。
戦闘開始十五分で戦局は決まった。人間の戦力は壊滅した。だが、降伏はしてこなかった。最後まで戦うと決めた人間は死に場所を探していたのだな、とラパンは悟った。哀れだと同情しない。これが世界の決まりだ。
伝令のハーピーが飛んでくる。
「人間からの攻撃が途絶えました。敵軍は壊滅しました」
「全軍、攻撃やめ」と命令すると、戦場が静かになる。命の気配を探ると、まだ数百はあるが、それも徐々に減っていく。放っておいても人間は死ぬ。人類最後の戦いはラパンの勝利で終わった。
ラパンが歩いて行くと、部隊が道を作る。ネスの気配を探ると反応があった。ナビが最後まで持っていたラジウス書簡の断片だと思った。ラジウス書簡のある場所まで行く。反応は壊れた格納庫の下から出ていた。軽くなる力を掛けて大地を切り取った。
赤い光が溢れ出す。自分の防御は後回しにする。ラジウス書簡の反応した箇所にのみ力を使い守る。赤い光が弱くなり消えた。人間が仕掛けた最後のトラップだった。だが、人間の最後の罠をもってしても新生したラパンを傷つけることがかなわなかった。
視線を巡らすと、光に巻き込まれた牛頭と馬頭の数十体が土塊に変わっていた。人間のあがきは終わった。ラパンの力に守られたのは一辺が一mの正六面体の箱だった。
箱を手にするとラパンの頭にメッセージが聞こえる。
「ラパン兄様がメッセージを、聞いているのなら人間は負けたのでしょう。ラジウス書簡はツチに渡してください。ラパン兄様が新たな世界に行くために必要になるでしょう。また、お願いです。どうか、残った人間には止めを刺さないでください」
最期まで人間を気遣うとは、どこまでいってもナビはネスらしくないネスだと呆れもした。地上での戦闘は全て終わった。ネスは人間に勝利した。
残存部隊を連れて、ノスフェラトウ宮に帰還する。ツチが待っていたので、ラジウス書簡が入った箱を渡した。ツチが一礼をしてから神妙な顔で質問する。
「兄上、最後の戦いはいかかでしたか」
「どうということもない、呆気ないものだ。栄えた者もいずれは滅びる」
ラパンは私室に戻り眠る。興奮も達成感もない。静かな眠りだった。
起きてしばらく、ボーッとするとツチよりメッセージが届く。
「月詠市にいる人間のパルダ適性を調べます。単純作業ですが、ご覧になりますか?」
月詠市に行く気がしない。だるさも感じたので遠慮した。
「いいや、ライデン兄さんと協議を密にして先に進めてくれ」
やることがないのでムクドリの目を通して地上を覗く。地上からは人間の姿が消えていた。また、人類が生み出した数々の兵器が、同じく人の手によって生まれた兵器により土塊になっていた。
雪が融ける。大地に緑が戻る頃までラパンは呼ばれることがなかった。ラパンからも動くこともなかった。いつものように夜がなくなった世界をムクドリで見ていると、視界が暗くなる。他のムクドリを探すが見つからない。日本からムクドリが消えた。
世界の終わりの時かと思い展望室に行く。展望室には姉のリーゼがいた。リーゼはラパンを見て微笑む。
「ちょうどよいところに来たわね。世界が終わるわ。見て」
展望室の窓から映る地球が一度真っ白になり小さな点に収縮する。そこから真っ黒い球体になり膨張した。
最後に真っ赤な星になった。地球の周りを周っていた人工太陽は三つに統合された。地球は一つの太陽と、四つの赤く光る星に囲まれた夜のない星になった。
アポカリプス作戦が終了して新たな世界がやってきた。地上の様子はわからないが、意識の世界には生まれ変わりを待つ、存在が溢れているのだろう。展望室にお父様からの呼び出しの声が響く。
「ラパンよ、謁見の間にくるがよい。今後の話がある」
謁見の間に行くと、お父様の姿はない。どこか、と探すと、謁見の間に青い大きな火の玉が現れる。姿が変わったお父様だ。
「これよりネスはソロモン・アーカイブの中に戻り新たな時代を見つめる」
人類を滅ぼしたネスは新たな世界の住人を見守る時が来た。ネスは世界の主であり観察者となった。お父様の言葉は続く。
「お前は選択の岐路にいる。一緒にソロモン・アーカイブの中に戻るか。ソロモン・アーカイブを守り新たな時代の秩序として生きるかだ、どちらかを選べ」
ナビから託されたのと同じ箱が現れた。箱の表面に文字が刻まれていた。ラパンは箱を取ると理解した。ラジウスと呼ばれた存在がソロモン・アーカイブに送った情報で地球に適用される法則ができた。法が人間を頂点とする生態系を作った。ラジウスの秩序が消えた今、世界には新たなルールが必要だ。
ソロモン・アーカイブに接触できる箱を持つ者はこれからの世の中、百万年の間、天候の運営から、物理法則まであらゆる秩序を自分で決められる。約百万年が経過した段階で世界が不安定ならネスが再び戻ってきて世界を初期化する。
ラパンがなぜ秩序の設定者に選ばれたかは知らないが、選択は目の前にあった。旧世界の存在である人間、地上に残るネス、ネスと人間の間に生まれた者を助けるために決断する。
「新たな秩序は僕が作ります。次は前よりもっと良いものにします」
箱がさらさらと消え一冊の本に変わった。お父様が厳かに告げる。
「記せ、ラパン。残る選択をした者よ。新たな世界に繁栄を」
お父様が消えた。行くべきところに行ったと直感した。ラパンは書に、陸と海と空を分ける法を記す。次に世界の住人を描き込んだ。世界は新たな存在としてまた百万年の時間を動きだした。
【了】
ここまでお付き合いありがとうございました。特にレビューを書いてくれたマニモさんに感謝を表します。




