第二十二話 ソロモン・アーカイブ
日が変わるとお父様に謁見の間に呼ばれた。謁見の間に入るとお父様の顔が宙に現れる。お父様はギョロリと目をラパンに向ける。厳しい表情ではあるが、怒ってはいない。
「予定以上のパルダを受け入れる件についてソロモン・アーカイブが決定をなした」
動きが早いな、これは全面拒絶か? ソロモン・アーカイブが拒否したのなら、ツチには悪いが新世界に大勢の人間を生まれ変わらせる計画はなしだ。ツチには折れてもらう、そうするのがツチのためでもある。
お父様に頭を垂れてお父様の言葉を聞く。お父様はラパンに強い口調で宣言した。
「ラパンの希望を承認する」
予想外の言葉が返って来た。なんだろう、上層部の方針転換があったのか。だが何も聞かされていない。お父様の言葉には続きがあった。
「ラパンにはヨーロッパ決戦に赴き、作戦での一番槍を命じる」
ソロモン・アーカイブを怒らせたか。一番槍を申し付けるのは先頭に立って戦い死ねと命じているのかもしれない。
僕もネスだ。人間と戦って死ぬのは致し方がない。あとはツチが上手くやってくれる展開を願おう。それに、人間を多く残したいと言い出したのはツチだ。一番槍の命令を拒む気はない。ネスにも家族に対して責任を果たすには充分な仕事だ。
「必ずや、ネスと家族の礎になってみせましょう」
謁見の間を出ると、ロンが待っていた。ロンの顔は渋い。理由はわからない。人間を残そうと動いたせいかもしれない。格下のラパンが大事な戦いで一番槍の命令を受けたせいかもしれない。ある意味両方かもしれないが、知りようもないし、知ることはできないだろう。ロンが重い口を開く。
「ドナはわかるが、お前もヨーロッパ決戦に派遣されるとは思わなかった。ヨーロッパは人類最後の砦。人間は死に物狂い抗戦してくるぞ」
戦いは今までの中で一番激しいかもしれないが望むところだ。
「行きましょう、決戦の地へ。ネスに勝利を、家族に栄光を」
ラパンは決戦の日まで特別なことはしない。ただ、趣味の図鑑を眺めて過ごす。やがて、出撃の日がきた。ロンとドナ一緒に次元門を潜った。
潜った先は平野だった。小麦畑が広がっている。その上に三千を超えるネスが集結していた。ネスの視線がラパンに向けられているが話掛けてくるものはいない。
情報が出回ったのか、すっかり変人扱いだった。ロンが厳しい顔で強く命じた、
「真っすぐ東に進め、先に人間の部隊が展開している。後退だけはするな」
「了解しました」とだけ答える。別れの挨拶になると思った。長い言葉は不要。
的になる覚悟を決める。大気に力を散らし、重い空気と軽い空気を利用して台風を作った。重力鎧や盾は不要。人間はこちらの力に対策があると見ていい。ならば、全力で攻撃を浴びて引き付けるのみ。
「一番槍!」と叫んで、ラパンが台風を伴い進撃を開始する。遠くの空が光った。雲に穴が空く。人間が何かを始めたが、何を始めたかわからない。
ラパンが直進すると、数えきれないくらいのミサイルが向かってきた。体に浴びると、体が揺らぐ。十発、二十発なら問題ないが、百、二百となるとどうなるわからない。
先頭で攻撃を浴び続けるラパンは気をしっかりと持ち、攻撃の雨の中を飛び続けた。戦闘機が現れて攻撃してくる。ミサイルを浴びつつもラパンは前に進む。攻撃はしない。ただ、暴風を伴い進む。ミサイルの進路を曲げ、戦闘機が飛ぶのを邪魔をする。
雲の中に大きな剣を見つけた。全長が百mを超える。刀身には『Excalibur』の文字が見えた。天照計画にも剣のワードがあった。空中の巨大な剣はヨーロッパの人間が作った兵器だった。
話では剣にはネスを滅ぼす力がある。ネスの一団がラパンを追い越し、空を翔る。エクスカリバーに向かう。エクスカリバーを護衛する戦闘機と空戦を始めた。
ラパンの移動速度では空戦は無理なのでそのまま低空で進み続ける。攻撃を受けてボロボロになっていく身体を再生させようとするが追いつかない。
ラパンを追い越し駆けて行く地上部隊が現れた。ラパンが盾になっていたせいか、損傷はほぼない。ラパンの手足がもげる頃にはネスの部隊と人間の部隊は衝突した。
戦いはエクスカリバーを破壊したいネスと、エクスカリバーを守りたい人間との争いだった。ラパンの身体が真っ二つになる。味方からの誤射だった。攻撃する間もなく身体がばらばらになり融けて行く。これは人間からの攻撃だった。
ラパンの身体は戦いの最中に消失した。意識体となり戦場を見渡せば、数十のネスがラパンと同じように意識体となっていた。意識体となりわかった。
「戦いは意識の世界でも行われるのか」
精神の世界ではエクスカリバーが白く輝く光る杭をネスに放っている。エクスカリバーは意識体となったネスを攻撃していた。杭が当たるとネスの意識体がぼろぼろと崩れる。
実体を失い意識体まで破壊されればいくらネスといえど再起はできない。消滅である。迷いはなかった。意識体でも戦えるなら戦うまで。ラパンは地上に向けて高度を落としていくエクスカリバーに近付き、殴り蹴る。エクスカリバーの刀身がぱらぱらとこぼれる。
攻撃は有効だった。力を込めて殴るともっと大きな欠片が落ちる。強大なエクスカリバーは簡単に破壊できない。
意識体となったネスが増えてきた。エクスカリバーの損傷が増す。だが。意識体を仕留められればネスも滅びる。戦いは消耗戦になっていた。混戦してきたのでラパンはいちど距離をとった。
少し離れて形勢を見ると、ネスが有利だった。ネスは戦力の三分の二を失うかもしれないが、エクスカリバーは破壊可能だ。ラパンは用心のために、意識体を宙にあげる。
宇宙では意識体はいるだけで傷を受けるので長くはいられない。宇宙から見れば以前に人間が打ち上げた勾玉と鏡が軌道を変えてエクスカリバーの上空に移動してきていた。
地上のネスは気付いていない。ラパンは三つが一箇所に集まる事態に危険を覚えた。
「まずいな、気付いたのは僕だけか。エクスカリバーの破壊にまだ時間がかかる」
ラパンは意識体のまま勾玉に飛びつく。体が焼けるように熱い。こうしている間にも意識体の蒸発が急に進みそうだった。間に合えと念じて。意識体で勾玉の中に強引に入り、重くなる力を掛ける。
ラパンに憑りつかれた勾玉が地上に向けて落下を始める。勾玉が地球の引力に惹かれて、エクスカリバーの上からどんどん引き離される。ラパンは意識が消える最後の瞬間まで勾玉と一緒だった。
次に意識が戻った時にはラパンは赤く光る部屋にいた。部屋の中央には光る正百面体がある。百面体から男の声がする。
「新たな世界が来る日は近い。戻るのだ。全ては始まりと終わりのために。ソロモンの記録を新たに告げ」
意味がわからないが、ラパンはまだ自分にはやることがあるのだと悟った。戻ろう地球へ、次の世界へ次の世代を導かないと。思考がぼんやりとしてくる。気が付くと、治癒の泉にいた。




