第十八話 ヒマラヤ戦
ラパンは私室で独り考える。月詠市の人口は二十万人。人口は狭い街に密集している。土地はあるので拡張すればもっと暮らせるが、それでも二百万人が生きていくには狭い。
ツチは新世界に適応できない転生パルダが多数出るとみている。それでも現状では多いな。ラパンは人間に同情する気分はおきない。だが、ナビを生かして、ツチを満足させてやれるのなら月詠市を残してもよいと思っていた。
戦いは続けなければならない、最終段階で月詠市をパルダが集団で乗っ取るにしても、パルダ以外の人間を減らしておかないと失敗する。また、ある程度の人間を駆除しおいた実績を残さないと他のネスがラパンの一家をどう見るかわからない。ツチの願いは街の攻略を難しくするだけだった。
悩んでいると、私室をアルゼが訪ねてきた。
「ラパン、ちょっといいか。展望室にきてくれ、話がある」
ライデンやツチが頼み事をしてきた後なので、嫌な予感がする。アルゼと展望室に行く。展望室の窓には地球が映し出されている。地球の陽の当たらない部分には光が少ない。
数年前までは地球は夜でも都市が放つ灯で明るかった。今はネスの攻撃を恐れて灯火管制が敷かれている。特段に変わった様子がないと思っていると、アルゼが得意げに語る。
「アポカリプス作戦の#2が終了した。人間の世界から夜が消える時だ」
宇宙に光る球体が現れた。光る球体は全部で十五個、月よりは小さいが人間の建造物よりは大きくまた明るい。光る物体は動いている。地上を照らす人工太陽だった。
「綺麗だろうラパン。地球から闇が払われた。これよりアポカリプス作戦は#3に入る」
人工太陽の動きを見るが不自然な点があった。よく見れば、光に照らされていない地域が残っている。月詠市には光が届いているが弱い。ラパンは#2が完全には成功していないと薄々感じた。人間め、まだ抗う気か。
「兄上、人口太陽があまねく地上を照らしているように見えませんが、どうしたのでしょう?」
アルゼが苦々しく吐き捨てる。
「世界のいくつかの場所で勾玉がいくつか打ち上がっている。これが、意図せず人工太陽を妨害している。それでだ、ラパン、急だがヒマラヤに行って人間の基地を破壊してきてくれ」
おや? と思う。ヒマラヤは作戦担当地域外だ。何かわけがあるのか? ラパンの疑念を読んだのかアルゼが答える。
「ヒマラヤ基地にはルドラがある。ルドラに強いネスはいま北米決戦に向かっている。かといって、ヒマラヤ基地の破壊は遅延が認められないのだ。これはソロモン・アーカイブの意思でもある」
上が動いて調整したか。ツチの計画を支援してもらうためには、上の意向を拒絶するのは賢くない。ヒマラヤ基地を潰してくるか。
「ネスの偉業のためには是非もありません。必ずやヒマラヤ基地を潰しましょう」
ラパンの快諾にアルゼは喜んだ。
「頼むぞ、我が弟。#3になれば我らが大昔に失った力が戻って来る。だが、力の復帰を悠々と待ってはいられないのだ。約束の日は近い」
上は上で、急ぐ理由があるみたいだな。人間が数を減らしつつも抵抗しているので、天照計画の第二の矢、鏡が使われようとしているのかもしれない。鏡の威力がどれほどか知らないが、強くなる以上に弱くされたら困る。
次元門を潜りヒマラヤへと出た。時間は昼だった。風が吹いているが強くない。ところどころ白い雪が見える。標高は高くはないと思われた。遠くにはまだ高い峰々が見える。人間の基地は見えない。建造物もない。基地は隠されている。
命の気配を探ろうとすると、反応はあるが少ない。野生動物の可能性が高いが用心する。不意打ちを喰らうのを避けるために重力鎧を展開する。
遠くで光が見えたので移動する。半径二㎞にもなる大きな湖があった。湖は綺麗で澄んでいる。湖付近にも建造物はないが、なんだか怪しく感じた。どうも、この辺りが怪しい気がする。
ラパンは力を球体状して大地に放つ。威力は小さいが範囲と距離は広い。大地が砕け水飛沫があがる。反撃はない。静かだった。気になったので命の気配を探ると反応がなかった。
見渡す大地は死の大地と化していた。ルドラの影響だと推察できた。ここら辺りでルドラが使われたのなら、人間の基地はやはりここから遠くない場所にある。
わざと重力鎧を解除して攻撃を誘うが、反応がない。ラパンは微弱な重くなる力を広範囲に放った。力の及ぶ範囲がどんどん広くなる。手応えがない。移動しようかと思うが最後に湖面を見る。
水がラパンの力の波に反応して波紋を広げていた。波紋があまりにも規則的で整然としていたのが逆に怪しかった。
「この湖は偽りか? 湖の幻影を展開して隠れているのか」
近くの大地を浮かせると、そのまま真下の湖に落としてやろうとする。空に気配を感じた。空からゆっくり鳥の頭を持つクリーム色の鳥人が降りて来る。
全長はラパンと同じく二十m、翼は四枚あり金色の冠を被っていた。表面はゴムに似た素材だった。兵器の胸に『Garuda』の文字がある。インド製の空戦兵器か。
挨拶代わりに下に落とそうとした岩を引き寄せて投げた。ガルーダの冠が光る。バンと音がして岩が空中で粉々に砕けた。もう一度、ガルーダの冠が光る。ラパンの体の表面が揺れた。ガルーダは物質の結合する力を弱めて破壊する。
ラパンは重力鎧を応用する。体を構成する物質同士が引き合う力を増加させた。体の表面の揺れが消えた。ガルーダ本体に重くなる攻撃をかける。ガルーダが落下しそうになる。ガルーダは重くなる攻撃に弱かった。相性の良い敵か。
ガルーダの翼が光った。ガルーダが視界から消えた。突如背後から肩を掴まれた。ガルーダの爪がラパンの肩に食い込んでいた。こいつ、瞬時に移動できるのか。
振り払って、パンチを繰り出す。ガルーダはさっと躱した。ガルーダは空中では身軽で運動性能がいい。格闘戦は不利か。重くなる力を繰り出す。ガルーダの翼が光り、消える。背後を警戒すると、今度は上だった。ガルーダはラパンの肩に爪を喰い込ませる。そのまま、急上昇する。
重くなる力を掛けて落とそうとした。だが、ガルーダは光る羽を撒き散らして上昇していく。ガルーダが無理をしているのは明白。このまま力を掛け続ければ、ガルーダは力尽きて落下する。
勝てるな、と思うと、猛スピードで五機のアルスビズがV字編隊で飛んできた。十発のミサイルが発射される。ヴァジュラか。
「ガルーダごと僕を始末して乗り切る気だ」
ガルーダを重くするのを止めて重力鎧に切り替えて全力で体を守る。全てを守ろうとは思わなかった。頭部を中心に活動に必要な箇所を守る。強烈な光が襲う。
ラパンはヴァジュラに耐えきったが、ガルーダは消滅した。アルスビズがラパンの周りを飛ぶ。機動力で勝るアルスビズに構っていて、本命の基地を逃したら作戦失敗だ。
基地だからと言って同じ位置にいるとは限らない。移動する事態もある。ラパンは身体の自重を増やす、。重力盾を下方向に展開する。ラパンは自分の下にある全てを押しつぶすつもりだった。
耳鳴りがきた。アルスビズが制御を失い落下していく。ルドラを撃つために人間は戦闘機乗りを犠牲にした。だが、もう遅い。ラパンが落下すると、湖から派手に飛沫と泥が跳ね上がるラパンの体は湖を吹き飛ばした。
空中を舞うヤドカリ型の物体が目に入った。体積はラパンの八倍はある。
「あれが基地の正体か? 移動して迷彩を展開できる基地だったのか」
ラパンが全力で重くなる力を掛けると、ヤドカリは潰れる。ヤドカリから黒い光が漏れた、にヤドカリは飲み込まれた。黒い光が辺りを照らし、無数の線となり、ラパンの体を貫通した。意識が飛びそうになるのをこらえる。空が急激に暗くなった。辺りに不自然な強風が吹き出した。
ラパンはここにいてはまずいと思い次元門へと逃げた。次元門は歪んでおり、壊れそうになっていた。ラパンは活動できるが、周りでは明らかに異常が起きつつあった。ルドラ暴走の影響だ。これではここ一帯に何も残るまい。作戦は成功だ、撤退する。




