表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

第十七話 爆弾発言

 治癒の泉に浸かる。傷はすぐに癒えた。頭がぼーっとするので傷が治っても泉に浸かっていた。部屋の丸扉が開き、兄のライデンが入ってくる。ライデンは鮫に人間の手足が生えた姿のネスである。ライデンは傷だらけだった。


 ライデンが桶で水を汲み体の汚れをさっと流してから泉に浸かる。

「兄上、またひどくやられましたね」


 ガハハと笑ってライデンは答える。

「俺たちはお互いに存亡を懸けて競っている。これくらいの傷なんてどうってことない。沖縄と離島は落とした。ロンとコナンと協力してこれから九州に止めをさす」


 他の地方は順調に攻略が進んでいる。ライデンも人間相手に手痛い敗北を知り精神的に強くなっていた。ライデンが意味ありげに辺りを見回し他の兄弟がいない状況を確認する。


「実はラパンに相談がある。とても重要な内容だ。俺は凄く困っている」

 作戦は順調で人間は数を減らしている。人間がまた新兵器を作って投入してきたのだろうか? であれば、他の兄弟にも教えたほうがいいが、ライデンは他の兄弟の目を気にしている。ライデンがそっと切り出した。


「ツチからパルダを増やしたいと相談があった。多くのパルダを新しい世界に連れていきたいのだと」


 ライデン兄さんを困らせたのはツチか。人間に入れ込み過ぎる危険性はあったが、表面化してきたか。兄弟間で争いは避けたい。ラパンはツチとライデンを歩み寄らせるべく、まずライデンの懐柔に出た。


「甘やかすようですが、少しはツチ我儘を聞いてあげてもよろしいのではないでしょうか? 次の時代に連れて行くパルダが千や二千増えたところで、兄さんなら問題ないでしょう」


 正直に言えばツチのパルダだけで千人も次の時代に生まれ変わらせるのは多いと思うが、落としどころをさぐるために、わざと数を多く提示した。


 ライデンの顔が歪む。

「桁が違うのだ。ツチは二百万人の人間を次の時代に連れていくと言い出した」


 ライデンの苦悩がわかった。さすがに二百万人もパルダを増やすのは多すぎる。ツチなら二百万人のパルダの選別もできるかもしれない。ライデンにしても今は無理でもアポカリプス作戦終了段階にいたれば二百万人を生まれ変わらせる力を得ているかもしれない。


 だが、ソロモン・アーカイブスが認めるとは思えない。当初の予定では次の時代に連れて行くのは全体で一万人だ。それをツチ一人の分で百万人分の席を用意したいと言い出せば、他のネスとの間に軋轢を生む。


「だろう? そんな顔にもなるよな」

 どんな表情を浮かべたかは自分でわからないが、かなり苦い表情をしていたらしい。


 ライデンは天井を仰ぐ。

「俺も可愛い弟の頼みなら聞いてやりたいが、こればかりはちょっとな」


 ライデンの苦悩もわかる。他の兄弟たちには相談しがたい悩みだ。ドナ姉さんやロン兄さんに知られたらツチと喧嘩になりかねない。ネス同士の争いは嫌だ。兄弟姉妹間で争うのはもっと嫌だ。


「どうしたものかなあ」とぼやいてライデンはちらりと視線をラパンに投げる。ラパンは悟った。これはライデン兄さん、僕にツチを説得しろと頼みたいのか。


 人間相手の戦いなら、いかようにもやり方はある。だが、ツチの説得には解決の道筋がまるで見えない。ライデンがラパンを見だ。


「ラパンはツチと仲が良い。頼む、馬鹿な考えを捨てるように説得してくれ」

 嫌な役目がまわってきたが、弟ツチと兄ライデンの関係を考えれば断れなかった。やりたくない仕事は後回しにしない。さっさと片付けないと精神的に悪い。治癒の泉から出るとツチの研究室に行く。


 ツチは研究室に入ってすぐの部屋にいた。部屋には椅子のほかに無数のシャボン玉に似た物体がある。シャボン玉には様々な映像が写り込んでいた。


 ツチがさっと手を拡げる。シャボン玉は浮かんで天井に並ぶ。

「兄上が来るのはもう少しあとだと思いました。片付けていない部屋で申し訳ありません」


 扉が閉じたのを確認してから話し出す。

「前置きはいい。ライデン兄さんから聞いた、馬鹿な考えはよせ。人間は滅ぼす対象だ。思い入れるな」


 ツチは怒った様子もなく、軽く質問する。

「少し問答に付き合ってくれたら考え直します。時に兄上は人間がどこから来たか知っておられますか?」


「滅ぼす相手がどうやって発生したかなんて、どうでもいい話だ」

「いいえ、どうでもよくありません。人間を作ったのはネスです。人間とはネスの想像が具現化したものです。ネスは人間を作り、滅ぼそうとしているのです」


 ネスが人間を作ったなんて話は聞いた覚えがない。信じられもしない。

「馬鹿なことを吠えるな。仮にそうだとしても、ネスの本分を果たせ。人間を駆除するんだ。容赦するな。定めを生きろ」


 ツチの顔が少しだけ悲哀を帯びる。

「それは少し酷いではないですか。ネスが人間を作ったのなら、最後までネスは責任を持つべきだ。勝手に作って、いらなくなったから捨てる、には同意できません」


 人間の誕生にネスが関わっているとツチが言うのだから根拠があるのだろう。知恵の大樹を利用して、ソロモン・アーカイブスの機密にアクセスしていたとしてもおかしくはない。


「危険な真似はしていないだろうな?」

 ツチが真剣な眼差しをラパンに向ける。


「否定はしません。私は数人の同士と一緒に真実をまとめ論文にしました。論文はエストリカルに持ち込みました。査読を得て発表されています」


 これには驚いた。エストリカルが掲載を認めたのならツチの説は認められた。だが、そんなニュースは聞いていない。まさか、公表される直前でソロモン・アーカイブスから圧力が掛かったのか。

ラパンはツチの行動に内心、冷や汗を掻いた。ツチが皮肉っぽく微笑む。


「御心配なさらずに、論文は公表されましたが、ソロモン・アーカイブスは何も言ってきませんでした。論文は真実だったのですが、他のネスの興味をまるで惹きませんでした」


 反響がなかった。無視に近い反応。ツチにすれば大論争になれば良かった。そこまでいかなくても、反論が山のようにやってくるか、危険視されたなら、まだ張り合いがあった。発表されたが相手にされないなら、虚しいばかりだ。


 ツチが寂しそうに下を向く。

「ここまで何も反響がないとは思いませんでした。兄上は私を無視しなかった。馬鹿な考えをよせと怒ってくれるだけ、私はまだ幸せなんでしょう」


 ツチの悩みか、こうして心を開いてくれると嬉しいが、解決できそうもない。さらに言うなら、考えを改めてネスとしての本分を発揮してくれると良いのだが、そうはいかないのだろうな。ツチはラパンをじっと見つめる。


「兄上には私を支持してほしい。ライデン兄さんを説得して、より多くのパルダを次の世界に連れて行きましょう。人間はもっと多く残すべきだ」


 説得しにきたら、逆に頼まれた。これではライデン兄さんとツチの間で板挟みだ。ラパンは人間を駆除していくことに躊躇いはない。だが、ツチを孤立させるのも可哀想だ。


「折を見てライデン兄さんには話そう。だが、二百万人は無理だ。そもそも、新しい時代に転生パルダがどの程度、住める土地を与えられるかわからない」

「増えたパルダの収容先には考えがあります。月詠市を使います」


 ツチめやりおったな。人間を残すために、月詠市の建設案を人間に示していたな。月詠市はツチと人間が協力して作った街だ。これにはナビも賛同している。


 どうりで、地下への次元門が開けなかったり、人間の技術では作れなかったりする防御機構があるはずだ。ラパンの視線を感じたツチは悪びれない。


「そこで、ラパンお兄様へのお願いです。月詠市の人間はいくら殺してもかまいませんが、街の地下部分はできるだけ残してください。月詠市は新世界到来後、確実に転生パルダが生きていくために必要になります」


 難しい依頼がきた。街を維持しつつ人間を駆除するなんて考えたためしがない。

「アポカリプス作戦の最終段階の終了直前に、パルダを月詠市に集めます。あとは、パルダで街を乗っ取ります。乗っ取った街が機能しない、では困るのです」


 簡単に言ってくれるが、攻めるほうには大問題だ。人間が降伏して地下の施設を引き渡す決断は有り得ない。地下施設は新型兵器工場になっている。抵抗したい人間にとって新兵器開発工場は死守すべき対象だ。


 だが、ラパンの家族にとってはメリットもある。上手く人間を残せば、ナビを救えるのではないだろうか。なんか、困った事態になってきたと、ラパンは悩んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ