第十三話 七番目の妹と八番目の弟
ラパンはお父様に呼ばれた。場所は謁見の間だった。謁見の間に降り立つと、お父様の顔が現れる。ざーっ音が三秒ほど聞こえた。お父様は部屋から光や音が漏れ出ないようにしていた。お父様は情報を遮断していた。
「我が子、ラパンよ。お前に命令を下す。心して遂行せよ」
お父様の命令は絶対だった。どんなことをしてでもやり遂げねばならないと、ラパンは身を固くした。お父様の厳かな声が続いた。
「妹のナビ(ネスの言葉で七番目の意味)に関わることだ。ナビと接触せよ」
おかしな仕事を頼むとラパンは心の中で首を傾げた。ナビは人間で言う『引きこもり』だった。自室から出ず、『ラジエル書簡』と呼ばれる手紙の解読に当たっている。
ラジエル書簡は昔からある古文書である。ネスの間では有名な古文書だが、何が書かれているかほとんどネスは知らない。また、一部のネスを除き中身を知ろうとする者もいない。ナビの顔をしばらく見ていない。不思議に思っているとお父様の声は続く。
「ラパンには我が家族の秘密を教える。ナビはネスと人間の間に生まれた娘だ」
お父様の言葉にびっくりした。人間とネスがどうやって子供を作ったのかもだが、自分の兄弟姉妹に人間の血が流れるものがいようとは、知りもしなかった。嫌な予感がした。
「ナビは一族を裏切って人間の元に走ったのですか?」
懸念の通りだとしたら、ネスにとって大スキャンダルだ。裏切り者が出ていたのなら、人間たちの兵器開発の速さも理解できる。ネスの協力者がいれば研究は飛躍的に進む。
僕がナビを殺すのか? ナビに思い入れはないが、兄弟姉妹での殺し合いにラパンは狼狽えた。続く父の言葉はラパンの予想と違った。
「ナビは人間に協力している。だが、裏切りではない。我らのネスの意思決定機関であるソロモン・アーカイブの承認の元に行われている。これは予定された過程なのだ」
ネスの頂点はソロモン・アーカイブと呼ばれていた。過去に、ラパンはソロモン・アーカイブに属するネスに会ったことはない。どんな存在かは知らないが、お父様のような古くからいるネスたちもソロモン・アーカイブについては多くを語らない。
色々と疑問が湧くが、お父様が『やれ』と命じるなら、是非もない。
「それでナビはどこにいるのでしょう?」
「月詠市の地下にいる」
月詠市の防御が堅固だった理由がわかった。兵器開発工場であると同時にナビを確保していたからだ。これは、簡単にはいかない任務だと、構えた。月詠市で人間と戦っているが地下への侵入は未だ成功していない。
他の兄弟姉妹に協力を仰ぎたいが、できれば避けたい。ナビの秘密が漏れる恐れがある。お父様が僕だけに命じた意味がない。単身で人間の月詠市の地下に乗り込まねばならない。
「承知しました」とラパンは命令を受諾して、謁見の間を出る。謁見の間の外にはツチが待っていた。ツチが興味津々に尋ねる。
「兄上。お父様とはどのようなお話を?」
タイミングが良すぎる。ツチはお父様との会話を聞いていないが、何を話していたか薄々と予想していたと見ていい。ツチは知りたい知識や情報のためなら危険も冒す。
お父様に秘密でノスフェラトウ宮殿に何か仕掛けを施しているな。ツチならやりかねない。困った弟だ。
「月詠市の侵攻への指令を仰せつかっただけだ。お父様は僕に武功がない現状を苦く思っているらしい」
ツチに真実を教えはしない。だが、ツチは全くのデタラメで騙せるほど馬鹿ではない。ツチが笑って意見する。
「それはないでしょう。兄上はお父様のお気に入りです。お父様が私を嫌っても、兄上を嫌うことはない」
他の兄弟たちより、お父様から愛されている実感はない。ツチの目からすれば違って見えるかもしれない。たとえ、寵愛を受けていても鼻にかける気はない。
ツチは掌を上に向ける。ツチの掌の上に水分子の原子模型に似た物体が現れる。
「新しい発明品を作りました。意識体への変換装置です。これがあれば、兄上の体を一時的に意識体に変えられます。人間の街に潜入するにはとても便利ですよ」
侵入に便利な発明品を偶然に持っていた、なんて有り得ない。ツチめ、謁見の間の会話は聞いていないが、何が話されたか読み切ったか。でき過ぎる弟とは時に困ったものだ。
こうなれば、手を借りたほうが良い。意地になって失敗すれば元も子もない。
「有難く発明品を貰うよ。ただし、これはタダなんだよね?」
後でナビの情報を要求されても困るので、無償の提供だと確認しておく。
ツチは微笑み頷く。
「もちろんですとも、兄上に有用に使っていただければ嬉しい限りです」
ツチの発明品を受け取る。ツチは一礼をしてから、謁見の間に入って行った。なんだろう? ツチもお父様に呼ばれたのか。アポカリプス作戦が進めば、秘密も多くなる、か。できれば、兄弟姉妹間ではきちんと情報共有を試みたいのがラパンの心情だった。現状ではお父様が指揮を執っている。意見を上申しても、反対はする気はなかった。
次元門から出撃した。月詠市への地下には意識体となり侵入したい。発明品を使えば簡単だが、できれば人間にヴァジラを使わせて意識体になりたかった。撃退したと見せて、安心させたほうが作戦の成功率は高い。
地上に降り立つとラパンは雑な攻撃を繰り返す。やられるのが目的なので、敵が攻撃しやすいように包囲経路に注意して建物を壊した。軍隊蟻が出てきて攻撃を受けると、空に逃げるふりをする。ミョルニルの攻撃がきたので、できるだけ避けないようにして、効いている演技をした。
ややもすると、見えない攻撃を受ける。JP14だと思うがやるに任せる、体はどんどんボロボロになってくるが、反撃は最小限に抑える。人間がヴァジラを使いやすいように徐々に高度を上げて行くと地上から攻撃が届かなくなった。ヴァジラの使用はなかった。
使ってほしい時に使ってこないな。苛立ったので地上に急降下して発明品を使用する。光と爆発ともにラパンの体は消失した。見方によっては自爆攻撃のように見えるので安堵する。思惑通りには行った。人間はラパンの存在を完全に見失っていた。
ここからが本番だ。果たして地下施設へ、意識体で侵入できれば良いのだが、上手く行くかな。人間だけが守っているなら問題なく行ける気がした。問題はナビだ。ナビがラパンを入れない気なら酷く苦労するかもしれない。




