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第十二話 虫歯のように溶ける

 治癒の泉で再生を待つ。意識が拡散して無になる事態は避けたが、どうもぼんやりする。ゆっくりと時間が流れて行く。


 ネスは宇宙で戦うのは向いてない。もっとも、宇宙での戦いが苦手なのは人間も同じ。治癒の泉で待っていると、ツチの声だけが聞こえてきた。


「ご協力感謝します。人間のヤサカ作戦は失敗しました。しばらくは、次元門の使用は安泰です。でも、危なかったです。宇宙に上がった勾玉が完全に発動していれば、兄上の力は及ばなかったでしょう」


 ぎりぎり間に合ったのか。ぎりぎりでも、きつきつでも、成功は成功だ。次元門が月詠市の付近に開けないと攻略ができない。


 ツチの通信が切れるといよいよやることがない。暇なのでパルダからの祈りに耳を傾ける。祈りは聞こえて来るが、前より数が少なかった。人間の減少と共に、パルダの数も減った。現段階で生き残っているラパンのパルダは十人もいない。


 パルダの情報を整理して行く。烏丸、松子、鏑木が同じく月詠市にいるとわかった。月詠市では減った若年労働者を補充していると予想できた。


 三人に接点があるかどうかわからない。烏丸は牧場勤務、松子は食堂勤務で、鏑木は訓練候補生から搭乗員に格上げになっていた。


 月詠市にいる僕のパルダは三人か、会いに行くか。ラパンは全長十五㎝のミニチュアの分身を作る。分身を治癒の泉から出した。会話だけでもいいのだが、小さくとも実体があるほうが人間は喜ぶ。


 分身に次元門を潜らせると、牛の糞を掃除している烏丸の近くに出た。周りに人はいない。烏丸は作業着を来て、文句一つ言わず、牛の糞を鋤で片付けていた。


 牛がラパンに気が付いたのか、『もう』とだけ呻く。牛はラパンを恐れていない。理由はわからないが、ネスが敵意を示すのは人間だけだからだろうとラパンは勝手に納得する。


 牛の声で烏丸はラパンを見つけた。さっと周囲を見回してから、烏丸は祈る。

「どうしたのですか、ラパン様。こんな牛舎になんの御用ですか?」


 ラパンは窓や入口から見えない位置にある鴨居に腰掛ける。烏丸に気にせず、牛の様子を眺める。牛は茶と白の模様の乳牛だった。牛は少し痩せていた。栄養状態が良くないのか。


「牛が痩せているね。餌が不足しているのかい?」

「飼料用のトウモロコシの値段が上がっています。本州ではお金を出しても買えなくなっています。燃料も不足していて、牛の糞から出るメタンガスも重要な資源ですよ」


 日本の生産力が落ちている。軍事優先に資源を回していれば無理もない状況だった。烏丸が手を動かしながら祈りを送る。


「月詠市はまだ食料も燃料も回ってきます。スーパーも営業しています。医薬品は手に入らないものが出ていますが、娯楽施設は稼働しています。士気を下げないためにです」


 困窮すれば絶望の雰囲気が漂い、抵抗も鈍る。だが、前にムクドリで偵察した時は豆を撒いていた。裕福な家庭だったのだろうが、食糧が不足していれば豆撒きは不可能だ。


 月詠市は外に牧場もあれば農地もある。自給自足ができるのであれば、士気は簡単には落ちないか。乳製品や肉製品は人間の体を作る大事な成分だ。同時に心の健康も支える。


「ここで絞られた牛乳はどうなっている?」

「月詠市の地下都市に送られます。そこで殺菌と加工がなされ市内に流通します」


「月詠市に烏丸は入れるのか?」

「民需エリアだけです。入るといっても、車を運転して生乳が入った容器を運ぶ時くらいです。ここから二㎞離れたサイロに地下都市へと続く道路があるんです」


 地下都市へは地下鉄の入口から行くだけではなく、他にも出入口が色々とあるな。緊急脱出用でも、軍需物資を密かに運ぶための手段でもある。きっと、探せば多数あるな。


 烏丸は手を止めてじっとラパンを見る。烏丸の瞳には困惑の色があった。

「ネスと人間が密かに講和しようって話は本当ですか? 街で話題になっています」


 完全なデマだった。ネスの目的は人間の滅亡。講和は有り得ない。パルダの機密情報の取り扱いから出た嘘だ。憶測が希望となり拡散しているのだろう。


「嘘だよ。そんな話は聞いた覚えがない。誰から聞いた?」

「パルダ狩りをやっている右翼軍人からです」


 思い付きそうな人種が閃いた御伽噺だった。噂の出所はどうでもいいが『パルダ狩り』の言葉が気になった。人間はパルダの存在を公に認めたのだろうか。だとすると、今を生き延びたい人間はパルダになろうとする流れが出てくる可能性も考えられる。


「社会不安が進んでいるのかな?」

 烏丸は暗い表情で教えてくれた。怯えではない。烏丸の表情はうんざりだった。


「街でも百人を超える人間がパルダとして処刑されました。国全体でも処刑された人間は一万人近いのではないでしょうか」


 百人もパルダが殺されれば、ラパンの家族の中でも話題になる。ツチやコナンが対策を立てるはず。だが、そんな話はない。そもそも、日本全体でパルダは一万人もいない。


 パルダ狩りで捕まった本物パルダもいよう。だが、捕まって処刑された人間のほとんどが無実の人間だ。


 軍人の士気はまだ高い。だが、巷では人の世は不安から乱れて来ている。心理面から崩していけば、疑心暗鬼から戦力が削げるのではないか。心理戦は得意ではないが、ツチやコナンは得意そうだ。一考の余地があるかもしれない。人間の同士討ちや仲間割れは望むところだった。


 分身を戻すと、病み上がりの体を押してツチに会いに行く。ツチとはツチの研究室の前でばったり会った。ツチはラパンの訪問に軽く驚いた。


「兄さん、どうなさいました? 何か発明してほしい兵器でもできましたか」

「そうじゃない。人間の世界ではパルダ狩りが流行っているらしい。これを煽って人類の戦力を削げないだろうか?」


 ツチは気味の悪い笑顔で応じる。

「そのことでしたら兄さんは心配無用です。パルダ狩りの先頭で扇動しているのは私のパルダですよ。人類差別論の検証として行っています。兄上もご興味がありますか? よろしければ、語らいましょう」


「知っているのならいいんだ。ありがとう」とラパンは踵を返す。

 なんか小難しい話になりそうなので逃げた。この手の論説でツチの話を聞くと、ツチの独演会になる。すでに、ツチが手を打っていると知り納得もする。


 物理面、心理面でアポカリプス作戦は順調に進んでいる。ネスの結束に揺るぎがない。軍事面だけではなく、心理面でもネスは優勢だ。

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