第十一話 ヤサカ作戦を潰せ
ラパンの私室をツチが尋ねてきた。ラパンは弟のために椅子を出現させる。
「弟よ。どうした? また、何か発明品でも作ったか。実験なら協力しよう」
ツチは椅子に座る。ツチは改まった態度で用件を切り出した。
「東京で天照計画の一部が実行されます。勾玉と呼ばれる兵器の打ち上げです。人間はヤサカ作戦と読んでいます。神話のヤサカの勾玉から取ったのでしょう」
勾玉は知っている。以前聞いていた次元門を出現させられなくなる兵器か。人間側でも実用段階まで到達したか。やはり人間は黙って滅んでいく種族ではない。曲がりなりにも現世界の支配者だ。
「新しい力の慣らしをさせてもらう。潰そうじゃないか、人間のヤサカ作戦を。場所はどこだ?」
「東京です」とツチが答えた。疑問に思う。東京はドナが滅ぼしたはず。
ツチはやれやれとばかりに首を横に振った。
「気分屋の姉上は戦ってすっかり満足しました、ですが、肝心の隠し施設を破壊し損ねたのです。姉上の戦闘力の高さは認めます。あとは注意力さえあれば申し分ない、姉なんですけどねえ」
自分ならできたとはラパンは思い上がらない。されど、ドナなら見逃しは有り得ると苦く思った。もっとも、施設の情報を発射ぎりぎりまで隠し通した人間が見事とも言える。運だけでは天照計画は進められない。
「出撃するのは良いが、東京に行った経験がないから地理がわからない。僕で大丈夫か?」
「兄上だけではありません。ライデン兄さん、ドナ姉さん、ロン兄さんにも協力してもらいます。あと、コナンにはこれから声を掛けます」
ロンはネスの言葉で五番目を指す。ロンは狼と人との姿を自在に変えるネスである。ロンは物事を深く考えるのが嫌いで、直情型。ツチとは性格が正反対だが、ロンとツチは仲が良かった。
一家のうち、五人が関わるのか。ここまで大がかりな作戦は初めてだな。それほどまでして潰さなければいけないとはな。ツチはそれだけ勾玉とやらを警戒しているのか。
「それでこちらに策はあるのか? 人間もこちらの動きを察知していないと楽観的には構えてはいないだろう」
「これを」とツチは宙に玉を浮かべる。玉の大きさは直径八十㎝ほど。白い灰の塊のようだった。指で突くと、玉に意志があるかのようにラパンの肩付近に移動する。
穏やかな笑顔でツチが説明する。
「これは小さな蟲型の機械の集合体です。メカ蟲玉です。これを東京の怪しい場所で破裂させてください。微細な蟲メカが探索を開始します」
「蟲メカが勾玉を発見するのか?」
「いいえ、勾玉を搭載したロケットは発射寸前まで場所がわからないでしょう。蟲メカは勾玉の発射を護衛するJP14の隠蔽機能を無効化します」
発射寸前に現場に急行してJP14を見つけて感知。攻撃を掻い潜って、ロケットもろとも勾玉を破壊するのか。JP14は兵装によって見つからない。極秘に打ち上げる兵器の護衛ならうってつけ。必ず現場にいる。
JP14は見えないから厄介なので、見えれば作戦の成功率はかなり上がる。
「これもどうぞ。人間の道具を真似て作った受信機です。これで、妨害を受けず私の声が聞こえます」
黒のワイヤレス・イヤホンをツチは差し出す。五人で動くので誰かが司令役になったほうが良い。ドナとロンは頭を使うことには向いていない。ライデンは海の中を見張るのであろうから、全体を見渡せない。長幼の順ならラパンが指揮官ではあるが、無理に出しゃばって作戦を潰せば、笑い者だ。
「出撃しよう。指揮を頼む。皆で人間の天照計画を潰そう」
次元門を五人で順に潜る。それぞれが別の場所に出たのでラパンから他の家族は見えない。高度二百mで待機する。東京は廃墟と化しており人の気配はしない。廃墟と化した東京を夕日が照らしていた。
命の気配を探ろうとしたが、まばらで人間なのか確証が持てない。廃墟に人はいるのかもしれないが、あまりに気配が希薄。野良犬や野生化した動物の可能性もあるのでいちいち確かめてはいられない。ツチから指令が届く。
「ラパン兄さんはそのまま待機です。そこから見える範囲から勾玉は打ち上げられるはずです。潜入しているパルダの情報では、そろそろ発射予定時間です」
廃墟と化した東京を風が吹きぬける。静かだった。五分、十分と待つが動きはない。カラスの一団が飛んでいるくらいしか見えない。人間が滅べばこんな静かな世界が来るなら、それは幸せかもしれない。
海のほうで何かが光った。勾玉搭載のロケットが発射された。ラパンのいる位置からでは状況がよくわからない。海中からの発射なら、ライデンの担当領域だ。
イヤホンからツチの報告が入る。
「海中からの発射を阻止しました。ですが、勾玉搭載のロケットは一基ではありません。ヤサカ作戦はいまだ続行されています。各自注意してください」
見慣れない戦闘機が見えた。次のロケットの発射をサポートする援軍だ。新型戦闘機のアルスビズだ。アルスビズはラパンから見える位置を低速で飛んでいる。ラパンを誘導する手段かもしれないのでラパンは動かない。やがてアルスビズは北に向かった。
少しの間を置いて、遠くの空で何かがちかちかと光る。ドナとアルスビズの空戦だった。戦闘の状況はわからないが、空でドナが負けるとは思えない。ラパンは辺りの警戒に注力する。
ほどなくして、ツチから報告が届く。
「二基目を発射台ごと破壊しました。人類側に作戦行動を終える気配はないです。引き続き警戒してください」
静かな時間が過ぎる。地上で何かが光った。前方五㎞の先に今まで見えなかったロケットの発射台が現れる。向かう前に後方を確認すると、後方八㎞にも同じような発射台があった。二基の同時発射? 待て、どちらかはダミーか。
どちらが本物かは見た目では判断できない。どちらも、本物ないしは偽物の可能性もある。迷うことはない。両方破壊だ。新たな力を得たラパンの射程は飛躍的に伸びていた。今の位置なら両方が破壊可能。キーンと耳鳴りのような音がした。不快感が増す。
力を放つが精度が落ちており、どちらにも攻撃は当たらない。またしても、人間の新兵器。新兵器にはラパンを傷つける力はないが、ラパンの攻撃の命中精度を格段に落とすのには役立った。
迷っても、焦っても失敗する。ラパンは肩の辺りに浮かぶ蟲玉メカを掴むと後方の発射台に投げる。メカ蟲玉が発射台付近に落ちる。メカ蟲玉は白い粉となり撒き上がる。隠れていたJP14が八機、見えた。
ラパンは後方に向かわず。前方に向かった。さしたる妨害を受けなかったので不安感が増す。発射台とロケットに力を加える。大きな音を立ててロケットは爆発した。
振り返れば、もう片方は火を噴いて撃ちあがる寸前だった。急行する。ロケットを守るためにJP14が現れ、機関銃を撃ちまくる。当てようと思っていない撃ち方。弾幕を張って寄せ付けないための撃ち方だった。
ラパンの体に穴が空くが、構まってはいられない。力を放とうとすると耳鳴りが酷くなった。近距離だが攻撃を外した。ロケットは空に打ち上がる。このままでは間に合わない。
ラパンはとっさに極端に重くなる空気と軽くなる空気で複層を作った。空気の複層でロケットの軌道を妨害しようとした。
ロケットは空中で不自然に向きを変えたが、そのまま斜めに飛んでいく。ダメだ。軌道を逸らすまでが限界か。下から強烈な光を浴びた。JP14の携帯型のヴァジュラだ。
新たな力を得たラパンには肉体の崩壊に抵抗できそうだったが、チャンスなのでヴァジュラの力を受け入れて体を分解させた。肉体から自由になったラパンは意識を宙に飛ばす。
肉体から自由になったラパンの意識は宙から地球を見下ろしていた。下から角度を調整しながらロケットの先端が飛んでくる。先端部が開くと赤い宝玉のような物体がでてきた。
あれが勾玉か。勾玉はぼんやりと光っていく。光は段々と強くなっていきそうだった。ラパンは即座に力を集めて勾玉に掛ける。勾玉は流れ星となり地表に落ちて行った。やったな、と安堵する。視界が暗くなり、意識が薄れていく気がした。
宇宙では意識が拡散していく。宇宙でいつまでも意識体でいるのは危険だった。地上に戻ろうかもと思ったが、地上にはまだ四人いる。問題なしと判断した。ラパンは再生のためにノスフェラトウ宮に帰還した。




