勇者の留守中、魔王が一人で王都にやってきた
その日、王都は震撼した。
魔王が現れたのだ。
※
「王様、大変です!」
大臣が駆け込んでくるなり叫んだ。
「なんだ、騒々しい。私はこれからエステに行くんだ。邪魔するな」
「王様、美肌を目指している場合ではありません。ヤツが来ました」
「誰が来たんだ。まさか、カリスマエステティシャンのデューク東堂か?」
「エステティシャンが来たくらいでこんなに大騒ぎしません。ヤツです」
「だから誰だ」
「魔王です」
王はしばらく絶句した後つぶやいた。
「え、なんで?」
「さあ?」大臣は肩をすくめた。
「だって、この前勇者一行から手紙が来たろ。彼らは四天王のうち三人を倒して、今は最後の四天王がいる東のダンジョンへ向かってるんじゃなかったのか」
「はい。今頃獣王ガイゼルおよびその部下たちと激闘を繰り広げているころでしょう。東のダンジョンを制圧すれば、魔王城はすぐそこです。彼らが魔王を倒す日も近いと思っていましたが」
「まさか、勇者たちが負けちゃったとか?」
「いやー、それはないと思いますよ。獣王ガイゼルは四天王の中でも最弱ってもっぱらの噂ですし」
「最弱の四天王を最後に回したの? 珍しいな。普通最初に相手するだろ」
「それより、魔王をどうします?」
「そうだった。今どこにいるんだ?」
「客間にいますよ」
「え、通したの? 魔王を城に通しちゃったの?」
大声で問う王に対し、大臣は困った顔で言った。
「いやだって、相手は魔族でしかも敵対してるとはいえ、一国の王ですからね。城門の前に立たせとくわけにもいかないし」
「それはまあ、そうだな」
「なんで来たのか、直接魔王に聞いてみては?」
「そうしよう」
※
王が客間に足を踏み入れると、思いのほか若い男が椅子に腰かけていた。しかし、頭に生えたシカのように大きな角は、彼が魔族であり、強大な魔力を持っていることを物語っている。その力を肌で感じとっているのか、彼の脇で立っている衛兵はがたがたと震えていた。
「お待たせした。私がこの国の王、トーマス山田五世だ」
王が名乗ると、若い男は顔を上げ、笑みを浮かべた。
「我が名はライラス。魔族をおさめる者、魔王だ」
王は衝撃を受けた。
「王国語、すごくお上手ですね」
「ありがとう。幼いころから魔族だけでなく人間族も支配するため、人間族の言葉をみっちり仕込まれてきたんだ」
「お父様の方針ですか?」
「ああ。我は先王である父上の一人息子だったからな。子供のころは勉強ばかりさせる父上をうらんだが、今となっては感謝して――、いや、ちょっと待て。こんな話をしに来たのではない」
「私もかつて魔族語を学びましたが、てんでダメでした。唯一しゃべれるのが、『マガ・ナガ・ロイキ・ビッテ』ですよ」
「『私は魔族語がしゃべれません』か。魔族語は舌が短い人間族には難しいかもな。声調変化が特に難しいとか」
王と魔王はともに笑い声を上げる。
「いやいや、違う。我はこんな話をしに来たんじゃないんだ」
「あ、そうだ。今日は何のご用で我が国まで?」
「我は魔王だぞ? 決まっているだろう」
魔王は不敵な笑みを浮かべた。
「この国を支配しに来たのだ」
※
魔王は城からつまみ出された。
「おいちょっと待て! なんだこの仕打ちは。我は魔王だぞ!」
魔王は声を荒らげて抗議する。衛兵を従えた大臣は溜息をついた。
「そりゃ、この国を支配しに来た、なんて言われて、おとなしくそうですかどうぞって言うわけないじゃないですか。王はご立腹です。出直してきてください」
「そうだぞ。私はご立腹だ」
暇なのでついてきた王も、うんうんとうなずく。
魔王は顔をしかめ、人差し指を立てた。そしてその指先に魔力をこめ始める。指先がまぶしい光で満ちていく。
「我がその気になれば、この王都くらい、一瞬で灰にできるのだぞ?」
「うわやっべ、大臣どうしよう」
王はうろたえるが、大臣は冷たい声で言った。
「お好きになさい」
「「は?」」魔王と王が声をそろえる。
「この都を灰にしたいなら、とうにそうしているはず。しかし、今こうして王都が無事であること、さらにはあなたが軍を引き連れず一人で現れたということを考慮すると、あなたは王都をなるべく無傷で手に入れたいはず。おそらくはこの都がなぜこうも繁栄しているのか秘密を探り、自分の領地にも活用したいと考えているのでは?」
「ほう、我が目的に勘づいているとは。人間にしてはやる」
大臣はにやりと笑った後、魔王に名刺を差し出した。
「私はロビンソン山口といいます。この国の大臣で、主に内政を担当しています。ちなみに王都の下水道を整備して衛生面を大幅に改善したのは私です。もし魔王様がこの国を制圧なさった場合は全力でお仕えしますので、どうぞよろしくお願いします」
「おい、私の前でそういうことするな!」
深々と頭を下げる大臣に、王が怒声を浴びせる。
「ロビンソン山口か。覚えておこう」
「はっ、ありがたき幸せ」
「ところでロビンソン山口、さっそく聞きたいことがある」
「なんでしょう、魔王様」
「宿はすでに取ってあるのだが、夕食をどこで取るか悩んでいる。良い店を知らないか? できれば観光客向けでなく、そうだな、地元の人間がよく行くような気取らない店がいいのだが」
「申し訳ございません。私も城で食事を取ることが多く、城下町の店には詳しくなくて」
衛兵が手を挙げた。
「あ、それならオレ、良い店知ってますよ。ちょうどオレもシフト上がるんで、一緒に行きます?」
「ほう、助かる」
「煮込み料理が美味いんスよ。魔王様は内臓とかイケる口ッスか?」
「イケる口だ。大好物といってもいい」
「じゃあ絶対気に入りますよ」
「ほう、この国の料理人のお手並み拝見といくかな」
衛兵と魔王は早速連れだって町へと繰り出していく。
その背中を見送りながら、王はぽつりとつぶやいた。
「内臓の煮込みだって。牛だか豚だか知らないけど、庶民の料理って感じだよな」
「どんな味なんでしょうね」
「美味いのかな」
「王はもちろん、私も貴族ですし、あまりそういう庶民の味って知りませんよね」
二人のお腹がぐうと鳴った。
「行っちゃう?」
「そうですね。今後のためにも魔王様の味の好みとか知りたいし」
「だから、私の前でそういうこと言うなよ」
王と大臣は魔王たちの背中を追いかけて走った。
そして楽しい夕食をともにした。
※
翌日も魔王は城に現れた。そして客間に通された。
「頭が痛い。我としたことが昨夜飲み過ぎたとでもいうのか?」
魔王は深刻な表情で頭を抱えている。
「盛り上がりましたしね。少し羽目を外し過ぎたかも」
大臣は頭痛がマシになるツボを押している。
「ってか魔王サン、裸踊りはやりすぎっしょ。店の娘が完全に引いてたじゃないスか」
衛兵は立つのがつらいので、魔王の隣の席に腰かけていた。鎧も重いので着ていない。
「彼女には悪いことをしたな。人間族の娘なら、あれくらい笑ってすませてくれるものと思っていたが」
「いや、人間をなんだと思ってるんスか」
「人間の女性は性におおらかだと聞いていたのだが、違ったのか」
「人間族も魔族も、そんなには変わらないっしょ」
「フッ、そうかもしれんな。しかし、それを言うならお前たちの王は本当にひどかったな」
「あー、王サマね。あれはちょっと……、ね」
「まさか王があれほどのド変態だったとは。長年仕えてきましたが、初めて知りました」
「そういえば、お前たちの王はどこだ?」
魔王たちは部屋を見回す。王はいない。
「まさかとは思うが、あの恥ずかしい姿で衛兵に連行されたままなのか?」
「いや、それはないっしょ。だって、この国の王様ッスよ?」
「そういえば、連行されるときも『私はこの国の王だぞ』って何度も言ってたけど、結局見逃してもらえていなかったような……」
「私は人間族の心情には詳しくないが、やはりあれか。卑猥な女性用下着だけを身に着けた中年男性が、自分は王だと名乗っても、事実とは認めにくいものなのか?」
「魔族はどうなんスか?」
「私が自分の国であんなマネをすれば、やはり衛兵は私を連行するだろうな。そんな部下が誇らしくもあるが」
「人間の国も同じッスよ」
「そうか。フッ、人間族も魔族も、さして違いはないのかもな」
魔王が感慨にふける中、大きな音をたてて扉が開いた。
「クソ! ひどい目に遭った」
卑猥な女性用下着だけを身に着けた王は憤慨した様子で自分の椅子に腰かける。
「王様、大丈夫でしたか?」大臣が声をかける。
「大丈夫じゃない! あいつら、この私を変態扱いしおった」
「まあ、事実っしょ」
「王様、服を着てください。もしくはその危ういデザインの女性用下着を脱いでください」
「ええい、うるさい! これは自分と妻の下着を間違えただけなんだ。断じて私は変態じゃない!」
「取り込み中のところすまない。そろそろ和平交渉に入りたいのだが」
二日酔いで頭を抱えたままの魔王の言葉に、一同はざわめいた。
「わ、和平交渉?」
「王都を攻めに来たのではなかったのですか?」
「あれはジョークだ。魔王ジョーク。まさか本気だと思ったのか?」
「うん。思った」王はうなずいた。
「だから我を城からつまみ出したわけか。妙だと思った。クソ、あのジョーク講師め。人間族にバカ受けの魔王ジョークというのは嘘だったのか」
「他にはどんな魔王ジョークが?」
「王様、魔王ジョークよりも和平交渉を気にしてください」
「確かに。魔王ジョークは後で聞けばいいな。和平交渉、興味深いですな。しかしこちらになんのメリットが? 現状、勇者がそっちの国で大活躍してるのに」
「昨日も言ったろ。我はその気になればこの町を一瞬で灰にできる」
「うーん、それは嘘かもしれないしなあ」
「試してみるか? 気は進まないが、このまま交渉が進まないくらいなら王都を多少壊すのもしかたあるまい。好きな方角を言え。我が消し飛ばしてくれよう」
魔王が指先に魔力をこめ始める。
「あ、遠慮しときます」
「これじゃ結局攻められてるのと一緒ッスね」
王と衛兵は震えあがる一方、大臣は魔王に対して身を乗り出した。
「魔王様、なぜ今になって王国と和平を結ぼうとお考えになったのですか?」
「原因は勇者だ。奴がうちの四天王を三人倒したろ。あれが原因で我が国内に厭戦ムードが広がっている」
「魔王サマもそういうの気にするんスね」
「気にする。それに奴らは強硬派で、何が何でも人間を滅ぼさねばならんという思想の持ち主だった。三人とも名家の出身で、我が王の座を継ぐ前から四天王だ。我にとっては目の上のたんこぶだったが、奴らが死んだおかげで我は動きやすくなった」
「なるほどねえ」うんうんと王はうなずく。
「先王たる父は、強き魔族が弱き人間を支配すべきという考えを持っていたが、我はそうは思わぬ。人間は貧弱で肉体は弱弱しいが、考えは柔軟で魔族も学ぶべきものが多い。この王都が良い例だ。魔族には大きな城は作れても、大きな都は作れぬ。これ以上の戦いは無益と我は考える。むしろ人間族と魔族とは互いに交わり、互いを学ぶべきなのだ。王よ、ここらで戦をやめにせぬか?」
「うーん、どうする?」王は大臣にたずねた。
「条件をお聞きしたいのですが」
「勇者一行を我に引き渡せ」
魔王の言葉に、場がしんと静まり返った。
「勇者一行をどうなさるおつもりで?」
「無論、処刑する。全員打ち首だ。そうでもせんと、我と、我が民の怒りはおさまらぬ」
「えー、どうしよ」
「もう、王様もちょっとは自分で考えてくださいよ」
「衛兵クンはどう思う?」
「いいんじゃないスか? 勇者一行なんてたかだか六、七人でしょ。王都にはその一万倍くらいの人がいるわけだし、しょうがないっしょ。犠牲オナシャスって感じッス」
「ドライだなあ」
「私も同意見です。ただ、体面は取り繕う必要があるでしょうね。勇者が実は王への反乱を企ててた、みたいなストーリーがいいんですけど、ちょっと無理あるかなあ」
「えー、私は正直、勇者を見捨てたくないんだけどな。魔王を倒した暁には、娘と結婚させるとか言っちゃったし」
「ほう、興味深い。あなたの子は一人娘だったな。勇者が我を討った場合、勇者がこの王国と継ぐということか」
「そうだな。そうかも」
「魔族を殺す以外に能のない狂戦士があなたの後を継ぐのだぞ? 本当にいいのか?」
「ふむう、自信なくなってきたな」
「問題ありません。王国における王は単なるお飾りですから。どれだけ無能でもいいのです」
「えっ」王はびっくりして大臣を見た。
「それに、たとえ勇者が魔王を討ったとしても、勇者が王になることはありません。立場としてはあくまで王配、女王の夫です」
「なるほどな。しかし、我を討ったとて、魔族の国が消えてなくなるわけではない。それとも、この世から魔族がいなくなるまで殺し合いを永遠に続けるつもりか?」
「それもそうだなあ」
「本当ですね。なんで勇者なんか送り出しちゃったんでしょう」
「まあ、ノリだよね。その場のノリ」
「じゃやっぱ、勇者サンを魔王サンに差し出す感じッスか?」
「うーん」
王が唸り声をあげていると、客間の扉が勢いよく開かれた。
「お父様! 魔王が来ているとか」
王の一人娘たる王女がすごい権幕でのしのしと部屋に踏み入ってきた。
「娘よ、今は大事な話をしているのだ。さがりなさい」
「大事な話? 自分の姿を御覧になったらどう?」
王女の言葉に、王は自分の体を見下ろした。卑猥な女性用下着以外、何も身に着けてはいない中年男性のだらしない身体が目に入った。
「娘よ、これは違うんだ。誤解だ」
「何が誤解ですか。嘘をつかないで!」
「もう、だから早く着替えてって言いましたのに」
「話が脱線しかけているな、王女よ、お初にお目にかかる。我は魔族の王、ライラスだ。我に何か用かな」
「話は聞かせてもらいましたわ。勇者様たちを引き渡せなんて、そんなの受け入れられるはずがないでしょう」
「ほう、なぜだ」
王女は魔王を前にしてもひるまず、正面から魔王の目を見据えて言った。
「あの方は必ずあなたを倒し、私の夫となるからです」
「ほう、王よ、あなたの娘は勇者に惚れているようだな」
「そうなんだよね、魔族から救われたり、野党から救われたり、色々あったから」
「お父様、まさか魔王の条件を飲む気ではないでしょうね」
「えーと」王は言葉につまった。
「お父様の嘘つき! あの方との約束を忘れたのですか。魔王を倒せば私との婚姻を認めるって言ったのに」
「それは、うん、そうなんだけどね。国民のためには――」
「あと毎日女性用下着を身に着けてることも、いつも誤解だって言うし!」
「え、いつもあの恰好なんスか」
「まあね」
「うっわ」
衛兵と大臣がこそこそ話すかたわらで、王は王女に声をかけた。
「娘よ、私の話を聞いてくれないか」
「嫌です! お父様は嘘ばかり」
王女は顔を覆って泣き始めた。
王は娘に近づき、肩にそっと手をかけようとしたが、王女の手によって弾かれた。
部屋には王女のすすり泣く声だけが響く。
王は娘をしばし見下ろした後、魔王の方を振り返った。
「魔王よ、あなたの条件は飲めない。義理の息子になるであろう男と、その仲間を見捨てることは私にはできない」
「民より娘が大事か。気持ちは理解できるが、愚かだな。残念だ」
魔王はため息をついた後、右手の指先に魔力をこめ始めた。
魔王の指先にまばゆい光が現れる。
「この都が半分消し飛べば、気も変わるだろう」
すさまじい魔力に皆が息を飲む。そんな中、一つの影が飛び出した。
「死ねやゴラァ!」
王女がドスで魔王の腹を突き刺した。
「ぐっはあ!」
魔王は血反吐をはいた。
「ば、バカな。人間の娘がこの我にダメージを与えるとは」
「王家に伝わる聖なるドスの力ですわ」
王女は血に濡れたドスを手にしたまま、一度は逃れた魔王ににじり寄る。
「や、やめろ! 本当に魔法撃っちゃうだろ」
魔王は必死の表情で右手をかばう。指先の光がゆらゆらと不安定に揺れる。
「知りませんわ。私の聖なるドスの餌食になりなさい」
王女から逃れて走り回る魔王をよそに、王はほっと息をつく。
「やっぱ魔法は脅しだったんだな。良かった」
「王様、あんま良くないですよ。たぶん魔王の指から魔法が落ちたら我々みんな死んじゃいます。都もタダじゃすみません」
「マジで? 娘よ、やめるんだ」
「うっせえですわ。死ねやオラ!」
「やめるのだ王女よ。ちょ、本当こいつ頭おかしい! やむをえん。全員我から離れろ。犠牲が出ないよう魔法を遠くへ撃つ」
魔王は光を握りこむと、独特な投球フォームで窓から投げた。
「魔王スーパーノヴァ!」
放たれた光ははるか彼方、王都を囲む城壁の向こうへと飛んでいった。
数秒後、キノコ雲が上がり、衝撃波が町を、城を揺らす。
「こっわ、魔王の魔法こっわ」
「これを食らってたら、本当に王都が半分吹き飛んでましたね」
王たちは震えあがる。一方、魔法を撃った魔王はぜえぜえと息を荒げていた。
「くそ、なんてことだ。いったん出直す。さらばだ」
魔王は部屋の窓から逃げ出した。
「待てゴラぁ!」
ドスを持った王女が魔王の後を追う。
「あれ、魔王サマ行っちゃった。なんでっスか?」
衛兵の問いに大臣が答える。
「魔王といえど、あれほど強大な魔法を撃ったら消耗が激しいんだろう。和平交渉が決裂した以上、勇者との対決も控えてるし、これ以上魔力を失うわけにはいかないってところかな。撤退は正しい判断だよ」
「ふむ、勇者がおらずとも、私たちの手で魔王を退けたということだな」
「私たちというか、ほぼ王女の狂気によるものですが。それより王様、いいんですか? 勇者一行さえ見捨てれば、魔王とこれ以上戦わずにすんだかもしれないのに」
「うるさい。私は王だ。この国のことは私が決める。それにアレだ。かわいい娘の願いくらい叶えてあげたいではないか」
王は自分の身につけた卑猥な女性用下着にそっと手を触れた。王が身に着けられるよう加工されているが、それは確かに彼の妻、今は亡き王妃の形見だった。妻の下着を身に着けていると、彼女がそばにいるように感じた。
王は、王妃の死に際の言葉を思い出す。
『あなた、あの娘のことを頼みます。あの娘は私に似てパワーゴリラですから、結婚相手は絶対自分で選ぶので、逆らったら死んじゃいますよ』
王は窓に近寄り、眼下の中庭を眺めた。
ドスを持った王女が、へろへろの魔王を追いまわしている。
「王女よ、やめろ! やめるのだ」
「やめませんことよ! 死ねやオラ!」
「王よ、助けてくれ!」
魔王が悲痛な声を上げる。王は王女に向かって言った。
「娘よ、お前と勇者の結婚を認めよう。魔王を倒すという条件はなしだ」
「本当ですか?」王女は足を止める。
次に王は魔王に向かって言った。
「魔王よ、和平を結ぼう。ただし勇者一行を引き渡すという条件はなしだ」
魔王もまた足を止め、肩をすくめる。
王は笑みを浮かべた。きっと和平交渉はうまくいく。
世界はより良い形でまとまることだろう。
※
一方そのころ、勇者一行は四天王最後の一人、獣王ガイゼルの愚痴を酒場で聞いていた。
「いや本当、魔王軍ってマジでクソなんだよ。給料は低いし、拘束時間長いし、将来性もないし、勇者のヤバさを伝えても魔王様は何にも動いてくれないし。本当やめてえぇ……」
目に涙を浮かべるガイゼルに勇者は言った。
「じゃあさガイゼル、俺たちと一緒に第三勢力作らない? 俺もカノジョと結婚したかったら魔王倒せとかクソみたいなこと言われて萎えてたし」
「へえ、面白そうな話じゃん。詳しく聞かせろよ」
勇者たちと獣王ガイゼルは、王と魔王の気持ちを知ることなく、悪だくみをはじめた。(了)