目覚めはホラースポット
俺は3日前から昨日まで,もしかするともう日は跨いでいたかもしれないが,ゼミの先輩と,とあるプログラムの調整に深夜まで取り組んでいた.その甲斐あって,作りたかったものを完成させることは出来たのだけど,1人暮らしをしているアパートの玄関で,家に着いたとたん気が抜けてしまったのか気絶するように眠ってしまった,というところまでで俺の記憶は途切れている.
というのに――どうしてこんなことになっているのだろうか.俺の耳にはエンジン音が聞こえてくる.どうやら俺は車に乗っているらしい.こんなことは本来あり得ない.けれどまったく本当に遺憾ながら,こんなことが起こりうる理由として最も高い可能性を俺は知っていた.改め知ってしまっている.
「おはようございます.今日子さん.そしてご苦労様です」
前方でハンドルを握るスーツ姿の女性,もとい藤原今日子さんに,もはや俺は顔すら見ずに挨拶をした.文脈のない会話であることは否定できないが,こんなことを俺は以前に幾度も経験しているので,今乗るこの車は今日子さんの運転する車であると断定することが出来た.
「おはよう.水野くん.こちらこそ玲奈がいつもいつも迷惑をかけて申し訳ないね」
「いえいえ,慣れていますから」
俺は極力,助手席の方に目を向けぬように気を配りながら会話を続ける.
「ところで今日はどうやって,俺を部屋から連れだしたんです?」
「え?別に変なことはなにも.当たり前に鍵を開けてお邪魔させていただきました」
「鍵?施錠し忘れていたか……」
この物騒な世の中,そんな初歩的なミスをしてしまうとは……迂闊だった.
「いや,施錠はしっかりされていたよ.玲奈が水野さんから鍵をもらったって……」
「え」
「あれ」
「「ん???」」
俺たちの視線を文字通り肌で感じたのか,この場における一番の当事者は,もとい鬼木玲奈は光にも負けずとも劣らない最速の謝罪を見せた.
「あはは,ごめんね姉さん,あれ嘘.風くんもごめんね……拉致して」
「バレるとわかっている嘘をその場しのぎで用いることも滅茶苦茶だけど,そんなことより最後の言葉を強調するな」
「ごめんなさい,そして合鍵ください!……これでいい?」
「この流れでいいわけあるか」
「じゃあ,何もしてなかったらよかったってこと?」
「それは……まあ,考えなくもなかったかもしれない,こともあるかもしれないし,なかったかもしれない」
「何語!?」
「答えたくないときに使う語」
俺たちを乗せた車は一定の速度で停車することなく走っていく.その割に景色に変化は見られない.窓の外は薄暗く不気味な木々と街灯が次々に流れていくばかりだ.
「ところで,この車はどこを目指して走っているんです?」
「心霊スポット!あるいは愛の巣,いや恋の巣かな?」
溌溂と玲奈は言った.
「だと思った……だって窓の外の景色,間違いようのない山道だし,朝の挨拶をしてしまったけど,今午前の1時半だし,丑三つ時に近いし……」
「まあまあ,そんなに嫌ってやるなよ,風くんよ」
「聞き間違えかと思って1度はスルーしたけど,何だよ風くんって,俺の名前は風だ」
「風くん方がいいやすい.そして今回は仕事だから仕方ない.それに風くんも私が心配だから一緒に『行きたい』んでしょう?」
腹立たしい二ヤケ面をこちらに向ける.何となくその顔を俺はジッと見つめて黄昏てみた.
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自分が周りより劣っていると,玲奈は人に思わせない,それほどに彼女は賢く魅力的だ.でも,それは常識が通じる場合の話だ.俺はオカルトを信じていない,それでもいるのかもしれないと,同時に未知の恐怖と神秘も感じることが出来る.出来てしまうからこそ,俺は積極的にそれらと関わる玲奈が自分の前からいなくなるのではないかという不安があった.
それを以前,玲奈に打ち明けてみると笑って一蹴されたのだけど,そもそも玲奈は盲目,視力がない,だからなのかだからこそなのか人とは異なるミステリアスな雰囲気を見せるときが玲奈には時々ある.それが何かを抱え込んでいるからなのか,俺の妄想キャリブレーションのせいなのかは分からない.でも出来ることくらいはやっておきたい――という意味で,
『迷惑でないのなら,どんな時でもキミといたい』
と言ったのだけど,口下手な俺はまた言葉を間違ってしまったらしい.たびたび,これはセリフ口調でネタにされている…….
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この間を時間に換算するとおよそ1秒足らず.これにより俺は不思議と冷静になれて,
「そうだね,玲奈の行く場所にはそりゃ行ってみたいよね」
意外とこんな恥ずかしいセリフも言えてしまったりした.
「え,あー,ま,まあそうだよね.風くん,私のことほんとに好きだもんね」
「大好きだよ」
「あー……合鍵ください」
「それはダメ」
「なぜだ……それほどまでに愛してくれているというのに.合鍵の壁,恐ろしい」
玲奈は突っ伏す.気が付くと,景色は少しだけ変わっていた.同時に信号が存在しない道で初めて車は停車した.
「いやぁ,水野くんには恐れ入ったよ.ここまで玲奈が手玉に取られているのは初めて見た」
今日子さんはキーを外しながら言う.
「そうですか?といっても基本的に尻に敷かれているのは俺の方ですけど.運転お疲れ様です」
「そうなの?ありがとう.にしても,玲奈にとっても,水野くんにとっても,本当にあのとき出会えてて良かったよ」
「まあ,それは否定したい過去ではありますが否定できませんね」
「そのことはいいでしょ,姉さん.あれは終わったことよ.今はここ呪橋,通称呪いの橋に集中だよ」
俺は先に後部座席を下りて,助手席のドアを開けた.俺が手伝えるのはこの程度だ.でも手伝えることはやる.やらなければいる価値がない.たとえ,ホラーが嫌いであっても.やっぱり,少しは彼女に格好をつけたいのが男心というものだ.玲奈の左手をとって,陽気な気分に流されて小芝居を打ってみることにした.身をかがめて,御手をすくい上げるように.
「どうぞ,お降りください.到着でございます.お姫様」
「ありがとう,じい」
「誰がじいだ」
普通に立って玲奈と手をつないだ.そのとき微笑みをたたえている今日子さんと目が合う.
「私は乗っているわ.っていうか,寝るわ.昨日から玲奈に付き合わされて寝ていないの」
「なるほど,本当にご苦労様です」
「じゃお休み姉さん.仕事が終わったらまたお願いするわ」
「はいはい,了解」
帰りは俺が運転して帰ろうと,ひそかに思った.爆睡を決めて,何もしないで帰宅するのでは罪悪感が拭えない.
「さて,仕事するよ.っていうか,冷たいね手」
ドアを閉めると,玲奈は得意の悪ノリを封印されたようにおとなしくなった.悪ノリは彼女なりの恥ずかしさのごまかし法なのかもしれない.
「まあ11月も下旬だからね.パーカー一枚じゃやっぱり冷えるよ.ていうか玲奈の方こそパーカー一枚でなんでそんなに手,あったかいの?」
「フッ」
つないでいる手と逆の手を玲奈はポケットに入れる.そして,
「秘技・ホッカイロ!」
「……ってただのホッカイロかいな.というかいいもの持ってるじゃん,貸して」
「ダメ」
「寒い」
「ダメ」
「どうすればいい?」
「合鍵ください」
「あったかいなぁ」
ぎりりと歯ぎしりする音が横から聞こえた気がした.愛情って偉大だなってつくづく思う.仕草の一つ一つが愛おしく感じるのだから.もしかしなくても,気持ち悪いかな,俺.人を愛するのって難しいわ.
「何をボーッとしてるの?」
「え?」
「雰囲気がボーッとしてる」
「そういうの,その……感情とかってなんとなくわかるものなの?」
「まあ,表情が分からないだけだから,基本的には変わらないと思うけど,人よりはほかの感覚が優れている分雰囲気で感じるところはあるかもね」
「なるほどね」
「だから,風くん気持ちを理解することは,目が見えない私でもできるってわけさ」
何この人,可愛すぎる.何となく,頭を撫でて,感謝を伝える.
「ありがとうなぁ……なんか泣けてきた」
「やめい,そろそろ,始めようかな」
「何を?って仕事か」
「そう仕事――私の仕事は祓い屋,つまり霊になってまで現世にしがみつく死にきれない人を楽に送り出してあげようという崇高かつ霊の声が聞こえる私にしかできない天職であるボランティアを,ね」
「誰に説明してるのさ」
「霊たちと不特定多数に.ちなみにここはカップル率の高い飛び降りの名所でもあるので,霊の巣,恋愛,恋の巣と先ほどは言いました」
「嫌なダジャレだ」
「それでは始めましょうか」
声色が変わった.冷たく,大学での一般生から抱かれるクールでミステリアスな方の玲奈さんだ.
「まずは,誰か……おそらくは最愛の恋人に謝り続けているお兄さん,あなたからあなたの人生をお聞かせ願えますでしょうか?」
虚空に向かって語り掛ける玲奈の後ろで,彼女の発する言葉に黙って耳を傾ける.
「面白かった!」
「続きが気になる.読みたい!」
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