6 畑仕事
翌朝、これからしばらく手伝いをすることになる畑を、ラナナルさんが見せてくれることになった。
島長の館から出て裏手に回ろうとしたとき。
「おい! お前はなんだ!」
突然後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには、革鎧を身につけた大柄な男が立っていた。
日焼けした肌に盛り上がった筋肉。美丈夫と呼ぶべき容姿で、プロレスラーを思わせる迫力だ。
俺は戸惑った。
「……えっ?」
「そこの変わった、なまっちろい野郎だ」
俺のことだろうか……俺のことだよな。
男はそう言うと、腰に差していた両刃の剣を抜いた。
「ひえっ……」
俺は思わず後ずさった。
どうしよう。戦うって言っても、武器なんて持ってないぞ。
その時、ラナナルさんが動いてくれた。
「タキ! よしなさい。この方は……神聖なる浜辺に漂着したので保護したんです」
「……あ、あの浜辺に漂流者!?︎」
男の顔色が変わった。
「し、失礼いたしました、ラナナルさま。それは……本当なのですか?」
「はい。間違いありません」
彼女の言葉を聞いて、男は少し考えるような仕草をした。
「不吉、ではありませんか?」
そういうと、男は両手で腕を抱えるように身を護るしぐさをした
畑に向かいながら、先ほどの男性についてラナナルさんが話してくれた。
「タキはこの島の警備兵のリーダーです。大陸からの警備隊はハンターとともに何人も来ていますけど、島民の生まれの警備兵は全員が館に勤めていて、少ししかいません」
島の警備兵。つまり簡単に言うと、この島の警察官というところだな。
それから数日間は、命を助けてもらったお礼に畑で働いた。
……といっても、初日は敷地のあちこちを回り、どこにどんな作物があるのかを覚えるだけで精一杯だった。畑で働く人たちに、島のことをいろいろ質問し、わからないことは正直にわからないと言った。
畑にはバナナやマンゴーのほかに、薬草が多数植わっているとのことだった。
俺の仕事は主に薬草畑の収穫作業だ。責任者はマイタという朗らかな老人だった。
みんなはしゃがんで顔をつきあわせるようにして、薬草を摘んだ。俺も、教えられたとおりに薬草を摘んだ。それをリヤカーへ積んで……を繰り返すうちに、もとよりも若い体とはいえさすがに腰が痛くなった。
マイタは休憩時に、別の畑のほうを指さす。
「あれを見ろ」
「え?」
「ほら、あのおかしなバナナの木」
マイタの目線を追ってみると、確かに一角のバナナだけ、ほかの木とはすこしばかり様子が違う。幹も枝ぶりも、ぐねぐねと妙な角度でねじ曲がっているのだ。そこから垂れ下がっているまだ青いバナナには、黒っぽい斑点がたくさん見える。
「なんだか気味が悪いですね……」
「バナナは十年前からは病気が流行っててな、なかなか収穫できないんじゃ。多くがああやってよじれて、できる実も最初から腐っておる」
俺はこの世界にも農作物の病気はあるんだなぁというくらいで、その辺の知識がないから大した危機感を感じなかった。
島長の畑の仕事人たちは自分と家族と島のことを話すのが好きで、食事の時にいろんな話をしてくれた。
若い男性たちは、口々にラナナルさんをほめたたえた。
ラナナルさんは、島長の娘であると同時に、儀式の巫女だということだ。それに医者を兼ねていて、島のみんなの憧れの存在。
「ラナナルさまにまじないをしてもらうと、ケガが本当に治るんですよ」
「うちの兄も、外来種に襲われたとき助けてもらったっけなあ……」
「抜け駆けは無しだぞって、畑の仲間内では決めてあるのさあ。どうせおれたちの片想いなんてみーんな玉砕するんだから。ラナナルさまの相手はきっとタキさんだろうよ」
ケガが治る?まじないで……?
この世界は医療も地球とは少し違うみたいだ。
毎日お昼になると、スーや使用人たちが母屋からどっさりお弁当を運んできてくれる。
タロ芋のサラダ、大きな卵焼き、揚げたライスのようなものまである。
時々はラナナルさんも一緒だった。
スーは俺に興味津々だ。
「でも、ラナナルさま。本当に珍しいお客様が見えましたね」
「いや、その……。俺はちょっと迷いこんだというか、お客様というほどでもないし……」
スーのじろじろ見る視線が俺の全身に刺さる。
「こら、スー。失礼をするものじゃないわ」
ラナナルさんがたしなめる。そして俺に向かって言った。
「アオさん、長い期間この島にいるおつもりなら、村の中心部で働くのをおすすめします」
ラナナルさんは、顔をすこしだけ曇らせながら続ける。
「もし……もし大陸に渡りたいなら、定期船の予定表をお渡ししますから」
大陸。大陸に渡れば元の世界に戻れる情報を掴めるんだろうか? それにこの世界は十九世紀くらいの時代感を感じるから、もしかしたら、大陸に行けば広告の仕事があるのかもしれない。
でも、俺はいましばらくはこの島でゆっくり過ごしたい気持ちが自分の中で膨らんでいた。
「いえ、いまのところは島にいようと思っていますけど……」
「ほ、ほんとうっ!? ……エヘン、そ、そうですね。あなたの前世……についてよく知りませんが、この島でなら前世と同じか快適な暮らしができると思いますよ」
あれ? いまラナナルさんらしくないテンションの上がり方を見た気がするぞ。
まるで俺に、この島に居てほしいような口ぶりじゃなかったか……?