4 島と伝説
島の村長の館は、大ぶりの椰子の幹を沢山組んだ高床式の豪華な造りだった。
屋根が大きく船の穂先のように張り出して、そこへ赤や黄色の塗料で紋章のようなものが描かれている。広告の仕事の、スラウェシ島の資料写真で見たことがある建築に、少し似ている。
塀の前のラナナルさんが手でそれを指し示す。
「さあ着きましたよ。この門の向こうが長の館です」
俺は目の前にある大きな……謎の骨製のゲートを見上げた。クジラの肋骨に似た、美しい造形だ。
立っているふたりの立派な体格の門番に挨拶して、そこをくぐる。
「お、お疲れ様です」
館の室内は外と違って空気がひんやりして、とても居心地がいい。
そのまま戦国の城の大広間のような空間に案内された。祭壇か何かのようなものがあり、木彫りの生き物がたくさん置かれている。
壁にある掛け軸や地図に書かれた文字を、不思議と俺はすんなり読めてしまった。日本語ともローマ字とも全然違う文字のはずなのに、その図形を見ると勝手に音声に変換されて認識される。
しばらく待機させられると、たっぷり豊かな体格の中年女性が現れた。使用人を従えている。
ひっつめた黒髪の頭に月桂冠のようなものをかぶり、ワンショルダーの刺繍の更紗のドレスを着ている。
「ヤトラの浜から来たってのはあんたかい」
俺はかしこまって答えた。
「は、はい……ミナミ・アオといいます」
「お母様、ただいま戻りました」
俺と同時に、ラナナルさんも母親に一礼した。
「私はカイリ。この島を治めてる島長さ」
カイリ島長はラナナルさんの耳打ちをすこしばかり聞いたあと、俺をしげしげと眺めて「なるほどねぇ」と言った。
「それにしてもひどい格好だね……。ねえ、スー、湯を沸かしておやり。シャワーを貸すよ」
傍らに数人いた使用人の中から、一番小柄なリスみたいな少女が飛び出してきた。
そしてこちらに向かってぺっこりとお辞儀をすると母屋と思われる方へ駆け出していった。
「浜に来る前はどこにいたんだい?」
「え、ええと……信じていただけるかわかりませんが、別の世界と思われるところにいました……」
俺は正直に答えた。
カイリさんは落ち着いた様子で、なぜなのかすんなりそれを受け入れてくれた。
「いまはじゃあ、帰る方法を探したいんじゃないかね。うちの畑が収穫時だから、その手伝いをするならしばらく屋敷においてあげるさ。」
「えっ、いいんですか?」
こういうときは、怪しいヤツは置いとけないよ! 出ていきな! ……的なことを言われるのかと思っていたけれど……。
「男手がほしくてね。働きながら、帰る方法を探せばいいよ。その別の世界とやらについては徐々に聞かせてもらおうじゃないか」
島長のカイリさんと、その娘ラナナルさんは、壁に貼られた地図を指しながら、俺にこの島の概要を説明してくれた。
ここはタイダル島と言い、絶海の孤島。西にある大陸とは、船で一週間かかる距離にあるそうだ。
人口は"ハンター"をいれて約五百人ほどで、島民は主に漁業や農業などで自給自足をしているとのこと。
島の北側には大きな森が広がり、人の住居はほとんどないと。
「陸地の外来種のほとんどが、その北の森に巣を作っているのさ」
「外来種ですか?」
「海に出るスパーシー、崖のほうに出るカルス、夜の森にいるモズクル……なんかがそうだね」
カルス……さっき食べた美味しい肉の動物か。モンスターだったのか……。
少し気持ち悪い気がしたが、日本人がタコを食べるのだって地球では珍しいことだったよな、と思い直す。
さっき浜辺や海に出た、あの化け物たちもその一種なのだろうか。
「体格にかかわらず、外来種が増えてしまうと、もともとの生態系が壊れてしまうものなんです。」
そう言ってラナナルさんが補足してくれる。
その仕組みは大体俺にも理解できた。俺の世界でいう外来種は、例えばブルーギルとか、アメリカザリガニみたいなものだ。
「外来種を狩るためのハンターたちが必要なんです。でも島民は、増えていく外来種に手が回らなくて。実際、外来種に襲われてケガをする人も激増しているし……」
と、ラナナルさんが続けた。
なるほど。それでこの島にはハンターらしき人達がたくさん滞在しているのか。
「島の外からくるハンターたちは、この裏にあるハンター宿舎で寝泊まりしているよ」
カイリさんは親指で、館の裏手を指し、「ハンターの中には、プレシオを探している者もいるんだ」と言った。俺は新しいワードに頭が付いていかない。
「プレシオ……?」
「これ、これがプレシオの像です」
ラナナルさんが祭壇脇にある躍動感にあふれた木彫りの彫像を手で示した。名前も似ているが、プレシオサウルスに似ている。首長の海竜のような姿だ。
「海の伝説の竜です。本当にまれなことですが、昔からこの島で目撃されているんです」
俺は、この竜を捕獲すると何かいいことがあるのかな……と想像した。今は何もかも、この世界について想像することしかできないのが少し歯がゆい。
カイリさんに向き直って、真剣に伝える。
「なるべく早くこの世界のことを知って、皆さんに失礼がないようにしたいんですが……」
「危険も、だね」
ラナナルさんも、もはや初対面の時の厳しさは影を潜め、俺を本気で助けようとしてくれているようだ。
「アオさん。わからないことがあったら何でも訊いてくださいね。みんな、できるだけお答えします。私の友人に、科学に詳しい者もいますよ」