2 一体ここはどこなんだ!?
波の音が聞こえる。
身体が、なんだか柔らかい地面に支えられているようだ。
体を包む白い光を感じて、俺はそっと目を開けた。
目の前いっぱいに真っ青な空が広がり、はっきりした陰影の塊の雲がいくつかゆっくりと流れていっている。
「……?」
キュイキュイと、鳥の鳴き声が遠くからしている。
──と。突然視界に首と嘴の長い灰緑色の鳥がニュッと顔を出してきた。
「わっ!」
俺はジタバタ逃げようとしたが、なぜか腕が砂だらけで、それをしたたかに顔面にかぶり、むせた。
「うえっ! ぼえっ!?」
混乱する頭の中、徐々に意識が覚醒してきて、上体を起こし。
そして驚愕した。
俺は白砂の上に座り、珊瑚礁が透ける透明な海を前にしている。
隣には今しがた俺を見てきたデカい鷺のような鳥がいるが、こちらへ危害を加えるつもりはないようだ。
「な、なんだこれ……?」
俺はさっきまでオフィスにいたんだぞ?
後ろを振り向くと、岩山に青々した密林が這っており、浜には数本のヤシの木も見える。
どう見ても、さっきインターネットで見ていたような南国の浜辺じゃないか。
(……もしかしてこれは、天国なんじゃないか?)
そう思うと同時に、自分の格好を改めて確認してみる。
生成りのシャツに薄手のズボンという出立ちだ。さっきまで来ていた服じゃない。
靴は革製だが、これも覚えがない品物だ。
恐る恐る立ち上がり、不思議と身体に軽さを感じた。違和感の正体はすぐにわかった。
さっき倒れる前よりも、あきらかに痩せている。
腹周りを触ると引き締まった腹筋が思春期時代の自分を思わせた。
そういえば……。昔の広告プロジェクトで調べたときに知ったが、天国や死後の国に入ると、その人が一番輝いてた年齢の姿に戻るらしいよな。そういうことか。
周囲を見回してみる。
「なんにも、無いな……」
俺は途方に暮れながら呟いた。人家と思しきものが何もない。電線を思わせるものや、灯台といった文明の形跡もない。
無人島の風景みたいだ。
その時、背後にある岩山の方から何か重い物が動く気配を感じた。
思わず身構え、そのまま凍り付いた。
そこに現れたのは、馬くらいの大きさのトカゲみたいな化け物だったからだ。
黄色い体に青い縞模様があって、この距離でも分かるほど威圧感のある鋭い目つきをしている。
化け物トカゲは甲高い声で吠えると、そのままドスンドスンと浜辺へ向かってきた。
「うわぁぁぁっ!!?」
俺は叫び声を上げながらその場から逃げ出した。
「嘘だろ!?」
全然天国じゃなかったかもしれない。
俺は息を整えつつ、木陰に隠れて様子を伺った。
想像以上に過酷な状況に置かれたことで、逆に冷静になることができた。
とにかく、まずはこの環境を観察することが先決だ。
ふと海を見ると、見慣れない生き物が遠くの沖の海面にいる。
クジラ……? かと思ったが、違った。
海面から姿を現したのは、体長十メートルを超えるであろう魚類だった。アロワナのような鱗がはっきり見える。
そんなモンスター級サイズの魚は地球には存在しない。
しかもそいつは一体ではなかった。
四、五体の群れをなして次々と海中から姿を見せたのである。
(こ、ここは本当にどこなんだ……?)
一時間ほど隠れていると、浜でうろうろしていた黄色いトカゲが、岩の段差を蹴りながら崖の上へ登って行って消えた。
どうにか命の危機を脱したものの、状況はいまだ最悪だった。
「ハァ……ハァ……」
もう体力の限界だ。熱中症になるかもしれない。
一時間真夏の茂みに隠れていたのだ。全身汗まみれになっているせいもあり、かなり気持ち悪い状態になっていた。
暑い。天国じゃないとしたら、ここでサバイバルでもして生き延びないといけない。
海水を蒸留する装置を作るにはちょっと時間がかかりすぎる。
(何か別の方法……)
俺は木々を見上げて、採れそうなココナッツの類を探した。
ココナッツから水分を飲めることは知っている。
そういえばこの世界って、水洗トイレはなさそうだよなあ……。どうしよう。
ココヤシらしき背の高い木を見つけて、幹の上に成っているココナッツに向かい、手ごろな石を投げてみた。
届かないっ!
もう一つ、今度は力を込めて投げてみる。
かすりもしない!ノーコンだ。
今ほど自分が体育会系だったらと思ったことはなかった。
石を木に向かって投げ続けていると、背中に刺さる声があった。
「そ、そこのくせ者っ! この島に何の用です?!」
振り向くと、白砂の上に一人の女の子がいた。