森の前哨戦
《ハクロの森》北部
「アルラー?」
「おーい、どこだー?」
森の入ってすぐの所で、アルラを呼ぶゲイルとユウジ。アルラを探すという名目でここまできたが、二人にアルラを探すつもりは毛頭無い。できる限り時間を潰してから戻る腹づもりだ。
そして、その頭が考えるのは、帰れなかった理由をどう捏造するか。鎌が空を飛ぶ訳だ。
二人が頭を全力で回転させる事数分。同時に口に出す。
「「アルラの所為にしよう」」
なんて奴らだ。
「『アルラが見つからなかった』って事にすれば充分だろ」
「元々、アルラを探しに行くって事で逃げてきたもんね」
知らない所で罪が増えるアルラ。自業自得というべきか不憫というべきか。
まあ、行動には何かしらのリスクが付き物だ。
「あっでも、森は魔物が出るから槍を取ってこないと」
ユウジが心配そうな顔で言う。
《ハクロの森》は魔境だ。Fランクの比較的危険度が低い魔境だが、出る。それなりの魔物がそれなりの数で。
しかし、ゲイルは否定的だ。
「大丈夫だって。こっち(《ハクロの森》北部)じゃ全く出で来ないし、取って来てる間にアルラが帰って来たらどうすんだよ」
ゲイルの言い分にも一理ある。
《ハクロの森》の魔物は西部と南部に多く、北部と東部は少ない。魔物という単語さえ三月に一度来る行商人や”新聞”で読む程度。特に、村に近いココらで魔物を見た事など、村の長老達すら無いと言う。
荷物を持って僅かな危険を回避するか、僅かなリスクを背負って短い自由を取るか。
「そうだね、とっとと行こう!」
ユウジは自由をとった。
「そうと決まれば、アルラを探しに行きますかー!」
「どうせ、見つからないけど探しに行きますかー!」
取り残して来たショートヘアの事はどこへやら。ショタマッチョとヒョロガリは、輝く笑顔で森を突き進む。アルラと違い、二人はの足音はちゃんと立っていた。
地に落ちた小枝を踏み折って歩く事数分。
「ヨッ。シャレーイ!」
二人は石けりを楽しんでいた。
「クッソ!なんだ今の動きはっ!て、いうかなんだよその『シャレーイ』って!?」
ゲイルが悔しそうに言った。
「喜びの言葉だよ。父さんがよく言ってた」
ユウジが微笑を浮かべながら言った。
どこに落ちていたのか、二人に蹴られる石は、妙に綺麗な丸で平べったい。
ゲイルはフェイントを混ぜながら、ユウジに向けて石を蹴り抜いた。
「それっ!」
「ハッ!」
ユウジはそれを間一髪のところで避けることに成功。ユウジを外れた石は、茂みの青葉の裏に姿を消す。
ガサッ「グギャガッ」
二人は動きが止め、理解が追いついていない様な顔で石が落ちた茂みを眺める。それが奏でた二つの音。一つ目はなんら変哲の無い枝葉の音だが、二つ目は明らかに枝葉の音や動物の鳴き声では無かった。
ガサリ、ガサリ、という茂みをかき分ける音と共に聞こえる乱雑な足音は、何かが近づいている事を示している。
白光が走ると同時に茂みが薙ぎ払われた。散った枝葉の舞う向こう側から、ソイツは現れた。
目測で1フィルト弱の身長に、黒の独特な模様の入った服を纏っている。いや、服なんて呼べる物じゃ無い。泥と汚物にまみれたボロ布だ。その顔は潰れており、槍の穂の様な鼻に憤怒でひん曲がった口元、耳垢が溜まった耳は尖っている。手に持っているのは、白光の正体であろうロングソード。石が当たったのか、額のこぶが痛々しい。極め付けに、それの皮膚は緑色だ。
Eランクの魔物。ゴブリンがそこにいた。
「ゴッゴブリンッ!?」
「なんでっ!?ここ北東部なのに!」
緑色の魔物を認識し、理解が追いつくと、二人は口々に驚嘆の声をあげた。魔物という未知で強力な敵を前に、自らが浮き足立つのを止められない。槍を持って来なかった事が悔やまれる。
ゴブリンは、二人の様子に嗜虐心をくすぐられたのか、優越感と卑しさを象徴するかの様な笑みを浮かべる。
「ゴウグギャキッ!ゲブゲッゴグガー!!」
ゴブリン語を理解するすべを二人は持ち合わせていないが、ロングソードを振り回しながら発せられた言葉は、間違いなく友好の宣言ではないだろう。
二人は、ロングソードの軌跡にたじろぎながらも拳を握る。
「やってやるよっ!たかがゴブリンだっ!」
ゲイルの一喝は、三分の一がゴブリンに、三分の一がユウジに、もう三分の一が自分に向けられたものだ。
二人の初陣が始まった。
先に動いたのは、ゴブリンだった。走りながら振り上げられたロングソードは、ユウジに振り下ろされる。
ユウジは、迫る刃を前に瞼一つ動かさない。ユウジの前髪を刃が断ち、ゴブリンが目の前の人間の死を確信した所で、場は僅かな間だけの膠着せ見せた。
ユウジの左すぐ側で、ゲイルがロングソードをどこから持ってきたのか先端に球体のついた鉄棒で受け止めていた。
ユウジの全体重が右足にのる。そして、凄まじい豪速で一回転。左足でゴブリンの胸を蹴り抜いた。
ゴブリンはドゴっと骨を鳴らし、木々の間に消えて行く。南無。
元々、Eランクの魔物は一般成人が一人で対処可能というレベル。一匹で、ロングソードを持ったぐらいであれば、無力な村人でも数の利で勝てる。(それでも腕の一本は取られるが)
「かっ…勝ったのか?」
「そう…みたい…だね…」
恐怖の代名詞である魔物に、呆気なく勝ってしまい戸惑いを隠せない二人。
この時、二人は突然の勝利による昂揚と魔物の出現に対する困惑で、完全に油断していた。
そして、それが分からないほど、ゴブリンは馬鹿じゃない。
「グッギャァァァーーー」
気づいた時にはもう遅い、とはこの事だろう。茂みに落ち葉の山、木の影、岩の影。隠れられる所全てから二人を目指し、三十匹弱のゴブリンが咆哮と共に駆けた。無数の刃に、白光を走らせてーー。
「えっ……?」
ゲイルがこぼす様に言った。
二人は、四方八方から襲い来る剣と槍の波を前にして、何の反応もできない。理解が追いついていない。命の危機、生の終わり、迫る死を前にして、ただ……呆けているだけだ。
刹那と呼ぶにふさわしい僅かな時間は、槍を腹に、剣を首筋に届かせる。この時にしてやっと、二人の瞳に恐怖の色が映った。
まあ、間に合ってなんぼのローファンタジー。
ゲイルの目と鼻の先を何かが駆けた。
それは、槍。
突如として飛来した槍は、ニ匹のゴブリンを貫き大地に突き刺さった。胸を貫かれた一匹は骨を断たれ血飛沫をあげ、カクンと首を垂れ下げ絶命する。頭を貫かれた一匹は槍に脳髄を伝わせ、飛び出た眼球は光を失う。
その光景は他のゴブリン共を怖気付かせるのに充分だった。そして、彼らは狩る側から狩られる側に回のだ。
「ちょっと刈り入れをサボって紅葉狩りをしていたけど、なーんでゴブリン狩りになるかなー?」
その声の主は、木の上から一同を見下ろす。男物の服を(ある意味)すごいコーディネートで着こなし、お下げにした光沢のある真っ赤な髪で太陽の光を乱反射。その手は、鉄槍を握りしめている。ここまで言って分からい奴はいないだろう。そう、アルラご本人の登場である。今の槍は、孤児院から持ってきたゲイルの槍だ。
鉄棒を捨て、槍を力任せに引っこ抜いたゲイルは、アルラに謝辞を述べる。
「アルラ…助けに来てくれたのはありがたいんだげど、やっぱサボりだったんだな」
アルラの額に青筋が浮かんだ。
D.t.情報ファイルーNo.3 アルラ達の戦闘能力
本文の戦闘でゴブリンを瞬殺していた事からも、アルラ達の戦闘能力は高いものと思われる。コルモフト村という安全な辺境の村で、これほどの強さを得られたのは、ラーダの存在が大きいだろう。アルラ達は、ラーダから槍の稽古を受けており、その実力はゲイル、ユウジは村の衛士と同等、アルラは村の実力者達を余裕で蹴散らす程だ。孤児院在住のとある少女は、
「アルラは生まれる場所と時間を間違えたのよ」
と、語った。
これほどの槍使いを育てられるラーダが、一体何者なのか気になるところだが、今はアルラ達の強さに驚いているとしよう。
ちなみに、とある少女は槍よりも鎌が得意である。
情報提供者 孤児院在住のとある少女
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