予兆たるものは一つの足跡
遅くなりましたが、「アルラストーリー」第一章第一部を投稿しました。よく分からないザブタイトルからの始まりですが、「バルトストーリー」との対比をつける為であり、御容赦ください。では、本編をどうぞ。
ただひたすらに暑い夏が終わって早幾日。世界は秋を迎えていた。
空が高く、作物が実り、暑すぎず寒すぎずの適温が快適だ。
この時期、農村部で一本一本にこれでもかと穂をつけた、金色の小麦の海を刈る村人達を見る事ができるだろう。
小さな子供から老人にいたるまで、村人総出の刈り入れは、腰を痛めるがいい絵になる。
それはここ、《コルモフト村》でも同じ事。
この村は四方を海、森、荒野、山脈に囲まれた小高い丘に作られた秘境で、一見すると小麦畑が金の山に見える。
刈り入れが始まったのはつい昨日の事で、村人は今日も朝から鎌を握り、各々の揺れる小麦海に船をだしていた。
「アイツどこほっつきあるいてんのよっ!?」
金の山山頂付近の孤児院の畑に、怒号が鳴り響く。その元は、不満と怒りのこもった顔をしている一人の少女、カルナ。
青みがかった黒い髪と厳格そうな目つき。左目の周りの模様が半魔人である事を物語っている。
いくら快適になったとは言え、農作業が重労働なのに変わりない。疲労と腰の痛みが限界でも超えたのだろう。
「森に決まってるだろ!」
少女の右3フィルトの少年が声を荒げた。
名は、ゲイル。適度に鍛えられた体に、可愛らしいショタな顔が乗っている。あだ名をつけるとしたらショタマッチョがふさわしい。
「カルナ、ゲイル……。手が止まってるよ」
二人の爆発を受け止めんと立ち上がったのはゲイルのさらに右3フィルトのユウジ。黒髪黒目のヒョロリとした痩せ型で、足が異様に長い。あだ名は足長。三人の中で一番腰が痛い少年だろう。
「もう向こうは終わってる頃よね!」
と、カルナ
「『終わりました』って素直を帰って来ると思う
か?」
と、ゲイル。
「早く終わらせちゃおうよ」
と、ユウジ。
「ありえないわねっ!」
「なんであの赤髪にはこんな特権があるんだよ!」
「強いからね、僕らよーー院長!?」
二人の方を向いていたユウジの視界の端に人影が映る。三人の背後にはいつのまにか、三人が住む孤児院の院長、ラーダがいた。
白髪が混じった蘇芳色の髪の男性で、歳は七十代後半という所。優しそうな顔をしており、所々に見られる皺も柔和さを醸し出している。トレードマークはカラフルなポンチョ。
「人の悪口は、胸の内にしまっておくものですぞ。」
二人から盛大に溢れた愚痴が聞こえのだろう。
重く響き渡る声だが、とても柔らかい。
振り返ったカルナとゲイルの視線が落ちる。ラーダに諭され、罪悪感が湧いたのだろうと皆が思うだろう。しかし、その顔に書かれているのは、「反論したい」。
「こちらはあとどれくらいですかな?」
ユウジは、ラーダの問いに少し戸惑いながら立ち上がると、麦畑をキョロキョロと見回してからこう答えた。
「後、半分ですかね」
カルナは青ざめた、知りたくなかった現実を直視して。
「アイツ帰って……来てませんよね……」
ゲイルが問うは、分かりきったその答え。
「ええ、帰ってません」
カルナは絶望した、最後の希望が潰えて。
「あっ僕、心配なんでアイツら探してきます」
言うが早いか、足長は駆け出す。
「おっ俺もっ!」
ショタマッチョもそれに続く。
「わっ私ーーツッ!?」
腰の痛みが、ショートヘアの逃走を妨害する。彼女はいくつなのだろう?
カルナは天を仰いだ、丘の向こうに、風の様に消えていった二人の背を追うように。
「少し、待っていてください」
苦笑いのラーダはそう言い残すと、足早にその場を離れていった。ラーダにはラーダの仕事があるのだ。仕方がない。
広い畑にたった一人残されたカルナの手に、力が入る。ワナワナと震えるその手は刃物を握りしめている。
「早く帰って来なさいよっ!アルラァァァァーーーーッ!!!」
鎌が、人を殺せる勢いで空を飛んだ。
同刻。《コルモフト村》南方《ハクロの森》
紅と黄に染まった美しい木々の間を、駆け抜ける存在がいた。
よく見ると、装飾が一切ない無骨な槍を片手に握り締め、木の実やキノコを無理矢理詰め込んで膨らんだリュックを背負っている。男物の服を(ある意味)すごいコーディネートで着こなし、お下げにした光沢のある真っ赤な髪で太陽の光を乱反射している。
既に勘づいている人がほとんどだろう。
アルラは秋の実りを収穫した帰りだ。皆が嫌がる刈り入れを、免れたいが為の行動だが。
人外じみた動きで、枝葉をかき分け、斜面を駆け下りる。鉄槍と森の恵みの詰め合わせが重いなど露ほどにも思っていないようで、紅と黄の儚げな絨毯を踏み抜く音すらしない。
アルラは、川を右に見ると下流へと進路を変えた。
「やっ!」
樹齢五十年はあるだろう命の大先輩を踏み台に、倒木を跳び越える。顔に浮かぶのは満面の笑み。ちょこんと(倒木に)乗っていたリスが、恨めしそうに上を見上げた。気のせいでは無いだろう。
川原から離れしばらく駆けると、広々とした空間に出た。先程までの、木々が乱立したthe森とは違い、若木の一本も立っていない。この空間は、ちょうど綺麗な円を描く様にできており、その円周を大木が囲む。その数、11本。その内の一本は、既に役目を終えた枯木だ。大木が伸ばす枝葉の間から差し込む木漏れ日が、所々に風と共に揺れる。またなんとも幻想的だ。
アルラは手近な大木に近づき、自身の胴より一回り大きい根に腰掛ける。休憩という名の、最後の悪あがき。どれほど刈り入れが嫌なのだろう。
そこで、アルラは違和感に気づく。その出所は足元。手を伸ばし、落ち葉や小石、枯れ枝を退かすとそこには、巧妙に隠された小さな足跡があった。横に置かれた、村でチビと名高いアルラの足と比べても、二回り程小さい。
ーー嫌な予感がしたーー
ーー忌むべき未来が、見える気がするーー
D.t.情報ファイル—No.1 コルモフト村について
東を海、西を荒野、南を『ハクロの森』、北を山脈に囲まれた秘境の村。人口は328人と比較的小さく、これといった特産物もないため、その知名度は低い。
しかし、一部の『冒険者』の間では、魔物の出没率が異様に低い安全な村として囁かれている。また、村長の胡散臭い話によると、この村は歴史が古いらしく、人類有史以前から存在したという。
情報提供 コルモフト村の胡散臭い村長
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