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用兵法:重点の活用?軍事から内政へ

作者: にゃのです☆

「突然の呼びたて、すまんな」


 私をこの書籍溜まりに呼んだビブリオマニアの変人で王側近の一人ヴェルター。

 今日もこの狭い部屋で買ってきた本を読んでいる。


「いえ、少し遅れてしまいました」

「おっと、そうか? そんなに時は経っていないと思っていた。一度読み始めると時間を忘れて読んでしまう」

「ヴェルター様は博識であられますから」

「いや、実際に使わなければ意味のないことだ」

「ところで、私が呼び出されたのは……」

「ああ、それはだね――」


 ヴェルターは机の上にある本の間から一枚の紙を取り出した。

 そのせいで本はバサバサと床に落ちる。

 毎日の出来事なのかヴェルターは気にせずに取り出した紙を私に差し出した。

 

「これは……」

「地方領主補佐の任命状」

「なぜ私が? 私はこの国で用兵研究していたにすぎません。ただの戦術官です」

「まぁ、大丈夫だ。君の知識で補佐はできる。推薦したのは君の上司のガミスだよ」

「な、ガミス様が、推薦?」

「そう、軍から内政って今までないことだけど、君が合っていると思って私から話すことにした」


 ここでは二つ考えることができる。

 ひとつは一地方の領主補佐。考え方にしたらここに私はいらないということ。

 もう一つは任地で活躍を期待されているということ。

 嫌に考える必要もない。これは命令だ。


「わかりました。任命を拝命いたします」


 こうして、一地方の補佐官として任地へ向かった。



 任地は主要都市と山で隔てられており、交流が難しく閉ざされた地方、陸の孤島というようになっていた。地理条件は軍事面から見ると守りやすく攻めにくい。内政面からは外からの支援、技術導入などが入りにくく、内で元々していた産業なんかはしっかりと集中して行える。

 強みもあるが、弱みも同等にある。

 山越えをしながら考えをまとめていた。

 もともと戦術官が補佐官となる話自体が畑違いでうまくできる自信はない。

 どういう風に職務をこなしていいものか、全く浮かばないのだ。

 

「さ、先に、調査が必要かなぁ」


 何にしても知っておくべきことは知らなければ始まらない。

 しかし、山岳地帯ってこんなにきついのか……。

 初めて、がっつりと登ったかも……。


 山の頂上から領地を見ると広大な緑に覆われた土地が目に入り、遠くに白い点が見えその奥には海が広がっていた。

 雲一つない空と相まってとても美しいと思えた瞬間だった。

 町までの道も整備されているとも思えない。頂上から下を見てみれば覆いしげる木々ばかり。

 あと何日立てば町につけるのだろう……。

 頂上を降りて森に入るところで。


「あ、戦術官様ですか?」

「あ、ああ」

「初めまして、私、領主様側近の一人、ギブンと申します。ここから町まではご案内いたします」

「お願いします」

「敬語は大丈夫ですよ。では、こちらに馬車を用意しています」


 そう言った先に豪勢とはいかないが馬二頭で引っ張る木製馬車が一台あった。

 道はというと無いよりはまし程度のものだ。これはとても揺れそうな。

 とはいえ、馬車に乗らない選択は無かった。

 山越えで全身から軋み音がするくらい疲れていて、森に入る前に野宿することも考えた。

 荷物もかなり多めに持って来ている。主に本や書類で抱えて歩くのもきつかった。それらも馬車に詰め込んで座席に座る。

 ふぅ、と一息ついたらギブンが正面の窓を開けて笑顔で出発を伝える。


「それでは、出発いたしますので」

「お願いします」


 馬車の旅は予想通り。

 道の整備が不十分であり、縦に横に揺さぶられる。

 おかげで荷物が散乱するし、自分自身も座席から滑り落ち頭を打つ。

 こんな状態で一日中、町に着くまで続いた。

 町についてギブンが馬車のドアを開けたら、本と書類がバサバサと音をたてながらなだれ落ち、整列して迎えてくれていた人たちの表情がポカンとしているのが最初の町の光景となった。


「ああ! だ、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫です……」

「本や書類はお任せください。まずはお部屋に案内させますので」


 そう言って、私の部屋に案内されたが、ちょっと身なりを整え、すぐに領主への謁見を申し出た。

 だって、休んだりすると必ず寝てしまうのだ。

 山岳地帯から一日振り回されたのだから当然だと思う。


「領主様はこちらの書斎でお待ちです」

「あ、ありがとうございます」


 まだ頭が回らない。このお屋敷の道順すらわからずについてしまった。

 しかも、また書斎。

 ヴェルター様の書斎に比べたらドアも色あせて使い込まれているような雰囲気があった。

 そのドアをノックして自分が来たことを伝える。

 するとドアが開き、白髪白髭のおっとりとした表情の老人が出てきた。


「おお、ようこそ戦術官。私がこの地方の領主コーキン・ジンキングです」

「初めましてコーキン様、戦術官、いえ、補佐官として着任いたします」

「ジンと呼んでくだされ。早速ですまんが、中に入ってほしい」

「はっ!」


 ものすごく人当たりのいい人のようだ。

 馬車の移動中は外を見る余裕すらなかったからな。

 このような領主様だったら仁政であることは間違いないだろう。

 ここの書斎もものすごく整頓されていてどこに何が置いてあるのかが一目見てわかるほどだ。

 どこかのビブリオマニアよりも格段にいい。

 机には書類が何枚かと、ティーカップが二つ。椅子も二つあり最初から議論するために呼ばれた様だ。


「さぁ、掛けてくれ。お茶も飲んでもらって構わない」

 

 そう言いながらてきぱきとジン様がティーカップにお茶を注いだ。


「あ、ありがとうございます」

「気にせんでくれ。これはワシの性分でな。お茶がないと集中できんのだ」

「いえ、助かります。私も馬車の旅の疲れがありましたので休憩が欲しかったところです」

 

 ティーカップを手に取り、一口飲む。

 口の中に広がるのは茶葉の香り、鼻の奥でスッと通り抜けたと思ったら舌の上では甘さが残り喉をすぅと通り過ぎていく。さらに、お腹に入って温かみが全身に広がり体の疲れが一瞬吹き飛んで、力が抜けた。

 なんとも、味わったことのないお茶の味に正直びっくりして言葉が出てこなかった。


「どうかな? 口に合うかな」

「コーキン様、これは――」

「ジンで結構だ」

「はっ、ジン様」

「この茶葉はここの領地にしか生息しておらず。製法も独特でここの産物の一つなのだ」

「なるほど」


 これほどの産物があるとは、これはもっと調べていく価値があるな。


「さて、今はお茶の解説ではなく、こちらをお願いする」

「はっ、拝見いたします」


 一枚の紙を渡され、目を通す。

 大枠的には開墾に関する報告書の一部だが。


「土砂崩れ、川の氾濫これらの災害により田畑の被害は甚大……」

「今年は特にひどく、もはや領地の食い物すらも確保がおぼつかないと報告が来ておる」

「なるほど……」

「おまけに、土砂崩れを起こした場所は食糧庫付近ですべて土の下に埋まってしまった」

「けが人などは?」

「幸いけが人も死人も無い」

「わかりました」


 状況はひっ迫している。今年の食糧問題は深刻のようだ。

 そして、取れる手段を取らねば手遅れになる可能性がある。


「ジン様、早速で申し訳ありませんがこの現場を見せてください」

「おお、構わんが、疲れは大丈夫か?」

「お気遣いありがとうございます。先ほどのお茶の効果で少しは取れました」

「ならばよいのだか」

 

 ジン様が人をよこして場所までの案内を命じる。

 早速、馬に乗って土砂崩れの現場に向かう。

 馬車では気が付かなかったが、どこの家も寂れていて壁面に苔がはびこっていたりする家もあった。

 すれ違う。市民の来ている服もボロボロで活気が無い。

 明らかな物資不足からくる落ち込みようだ。

 これに加え、災害の頻度が高い、と。

 活気を取り戻すのにどれだけの政策が必要かわからない。

 目に飛び込んでくる情報が多くてそっちを対処したくなってきたが、今は災害が起こった場所からだ。

 

「補佐官様、あそこです」

 

 案内役の人が指さした場所は、ちょっと丘になっていてその後ろが見事な崖となっていた。

 地肌があらわになっている所ほど土砂崩れを人工的に起こして敵の侵攻を止めたりするものだが、自然災害はその規模をはるかに超える。

 専門外ではあるが、対処の仕方は戦術官の時にしていた緊急対策で一時しのぎはできるだろうと思っている。

 本格的な工事は必要そうだが、今じゃなくていい。


「こ、これはひどい……」


 現場は想像を超えていた。

 人の被害が無かったとはいえ、食糧庫を含む建物の被害が甚大だった。


「昨日起こった土砂崩れなのですが、起こった状態のままなのです」

「……嘘だろ」

「え?」

「ここの指揮官は?」

「ま、まだ、決まってすらいません。今は水害のあった方面の作業が始まったばかりなので」


 これはまずい。

 手を付けられる指揮官が不在では何もできない。

 

「すぐに戻ってジン様に意見を言おう」

「は、はい」


 すぐに着た道を引き返す。

 ここの補佐官を軽く引き受けた自分に対して怒りがこみあげてくる。

 なんで簡単に引き受けたのか。

 なんで専門外と言ってもっと断らなかったのか。

 

「は、はは、ははははは!」


 任地に来た。登って来た山を帰るのはもっとムリ。

 なら、ここでやるしかない。逃げることもできない天然の監獄。まさに生ける地獄そのものに思えてきた。

 

「ジン様!」


 書斎のドアを乱暴に空ける。

 ジン様もカップを片手にポカンとしていた。

 

「も、もう戻ったのか」

「はい、早速で申し訳ありませんが、水害で働いているもの以外で動けるものはどれほどいますか?」

「ああ、動員できるのは百名だ」

「十分。道具をそろえさせ崩れた現場へ向かわせてください!」

「だが、指揮官はどうする?」

「私が指揮を執ります! お任せください!」

「わ、わかった」


 そう言ってまた現場まですぐにとんぼ返りする。

 土砂の状況を知るために現場を見て回るのだ。

 

 知りえた情報をまとめるとこうなる。

 ・土砂崩れの範囲は食糧庫を中心として扇状に広がり民家を六から八軒のみ込んでおり田畑も被害あり。

 ・湿気を帯びている為、土質が重く運ぶには時間が掛かる。

 ・地面下では湿度が高く食糧庫の食糧が腐る可能性が高い。

 ・崖の方で石や土砂が少なからず落ちてきていることがあり、再び土砂崩れを起こす危険が高い。

 ・天気が悪い。


 今、わかることはこのくらいだ。

 家の間がどれくらい離れていたのかは不明だが、かなりの広範囲であることは間違いない。

 さて、まず緊急で行うことは対策することではなく、食料確保だ。

 

「あんたが指揮官様か?」

「ああ、補佐官です」

「動員してきた者たちの隊長でナラという。よろしく」

「ナラ隊長ですか。体格いいですね」

「ここの領地の軍団長もしていますからね。それよりもまずは何をしましょう?」


 がっちりした体格でなおかつ高身長。こんがりと焼けた肌は歴戦の戦士感を漂わせる。

 私はこのナラ隊長に全員でもってまずは食糧庫の前に頑丈で太い杭を立てて壁として、中の食糧をできる限り掘り起こすことを指示する。

 掘り出した土砂はとりあえず土塁として防壁の様に作り上げていく。

 再び崩れた時に受け止めるためだ。

 こんなことは無駄かもしれないが、どこに置くのも決定していないからいいだろう。


 この作業を三日間続けたが再び崩れるということはなかった。

 杭も打つ必要はなかったか?

 でも、一日で城壁みたいな壁ができたことには驚いた。

 倒壊した住居から使用できたというのも強みだった。

 食料はダメになったのが全体の三割ほど。残りの七割は領主のもとに送って適切な処置を行ってもらっている。

 この次はというと。


「指揮官さんや、次はどうする?」

「……山を削り落としましょう」

「は? 削り落とす?」

「はい。また崩れる可能性があるので、わざと崩します」

「大量の土砂はどうするんだよ」

「治水工事に利用します。この土砂の行き場が最終的にどこに行けばよいのか考えていたので呼んでおきました。治水工事指揮官のノーウェ様に」

「あー、こっちもひでぇとは思っていたが、おまえさんとナラで頑張っていたんだな」

「ノーウェ!?」


 ナラ隊長が驚く必要があるかと思ってしまった。

 まぁ、この二人は私が来る前からここでやっている人たちだからな。面識は当たり前なのだが、驚きすぎだろう。


「んで、補佐官さんよ。ここの土を向こうで使ってもいいのか?」

「はい。ここで袋に入れて崩れた所に放り投げるだけ。あと治水工事は進んでいませんよね?」

「ちっ、痛い所をついてきやがる。まぁ、今は川の水が引かないことには手の付けようがねーからな」

「であれば、人手が欲しいのでこっちに全員を回してくれませんか?」

「あー、何させる気だ?」

「土砂の片づけを全力でして、時間を待ちできた砂袋をもって全員で治水工事を執り行う。こうすれば二つの難所に立ち向かえます」

「……わかった。ただし川の水が引くまでの間だけだからな」

「大丈夫です。それまでにはこっちは片付きますので。では、山を崩しましょう!」


 そう言って、右手で山の方に合図を送ると、地響きと共に山が崩れ始める。

 下には作業員がいないことを確認済み。

 最初の土砂崩れをはるかにしのぐ量の土が崩れた。

 量は十分、人でも十分。

 治水工事の状況を人に見させに行かせておいて正解だった。もし進んでいたらこの土砂はどこに持って行けばいいのかわからなかったからな。

 ジン様も素早い判断が功を奏した。

 これでどうにかなりそうだ。

 川の様子、水の引き際を少ない人が観察し、こっちを重点的に集中して工事を推し進め完了させる。用兵法の重点策の活用。こんなことでも使えるのだと改めて感心した補佐官であった。


 工事自体はあと三日追加し、治水工事を含めると一週間かけて復旧ができた。だが、住居や畑に関してはまだまだ手付かずであったが、災害からは今までよりも素早い復旧となったことは間違いなかった。


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