表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かぐら骨董店の祓い屋は弓を引く  作者: 野林緑里
矢が射抜く一輪の花
9/341

弓道場の怪異⑥

「弓道場に戦国時代の武将の霊が出るという噂は昔からありました。けれど、つい最近になって、目撃情報が相次ぎまして」


 先生がそう言いながら、弓道場の扉の鍵を開ける。


「見えただけならいいのです。目があった瞬間に矢を向けられて、弓道部員の中でもけがをした人もいました」


 それだけ聞けば、幽霊の仕業とはいい難い。ふざけていて矢に刺さった可能性もある。

 戸が開き、道場へと足を踏み入れる。靴を棚に入れて、矢を引く場所である射場へと足を踏み入れも、特に人の気配はない。


 弓道に使う道具がきれいに整頓されている。どこか殺風景の場所に太陽の光が板張りの床を照らす。


「話を聞いたときは、あり得ないと思いました。その生徒のただのでっち上げ。本当はふざけていて、矢が刺さったのだろうと……。しかし、彼らのいうことは正しかった。それは、私自身がこの目でみたのです」


 先生の顔が青ざめる。その時の光景を思い浮かべているようだ。先生が靴を脱がずに玄関のところで一瞬足を止めた。


 首を横に振ると、靴を脱いで射場へと上がる。

 朝矢ともやは、それを一瞥したのちに視線を正面に向けた。

 自分たちのいる入り口付近から最も遠い奥の壁。

 横に掛けられた弓が一本。

 ずいぶんと年期が入っている。


「あれは、部ができたときに献上された弓です。何でも室町時代のものだそうです」


 朝矢は弓のほうへと近づくとそれに触れる。すると、なにか光ったような気がして、咄嗟に手を遠ざける。


「どうかなさいましたか?」

「いや……」


 朝矢がそれを見ていると弓を握る手があった。青白い手。それについているはずの体はない。手のみが壁から飛び出して弓を掴んでいた。

 朝矢がじっと見つめていると、先生が怪訝な顔をする。


「なにかみえるのですか?」


 朝矢は先生を一瞥すると、再び視線を弓のほうへと注ぐ。

 どうやら“手”が見ているのは、朝矢だけらしい。

 先生がそう尋ねるのは、朝矢が何者なのかを知っているからだ。


 いわゆる霊能力者と呼ばれる類の人間。

 常人には見えることのないモノをみることのできる力を有する者。

 超常現象の対処に特化したもの。

 そういった人間の一人だ。

 霊や魔物、あるいは妖という目に見えぬ存在は、ただの幻想の世界。実際には存在するはずがない。けれど、存在していた。ただ人が認知していないだけで、太古昔からすぐ傍らにいた。

 認知されない。

 認知されないように生きていた存在。

 それでも、一度認知してしまえば、その存在を無視することができなくなる。忘れない限り、認知し続けるのだ。

 そして、いま“手”を認知していのは朝矢だけ。先生には認知ではない。どんなに目を凝らそうとも、意識するにはまだほど遠い。

 手が弓をしっかりと掴む。弓が持ち上がる。


「わっ」


 ようやく先生が悲鳴を上げた。


「弓が……。また……」


 先生が見えているのは弓だけ。

 弓が勝手に宙に浮かんでいるようにしか見えない。

 けれど、朝矢にははっきりとその弓を掴む青白い腕が見えていた。

 弓を必死に握る“手”が震えている。

 腕から徐々に全貌が姿を現していく。

 武将だ。

 甲冑を身に纏った年若き武将がこちらを見ている。


「ヒィィィ」


 どうやら先生にもはっきりと見えてしまったらしい。先ほどよりも顔が青くなっている。尻餅をついたまま、全身を震わせている。

 具現化したのか。

 それとも……。


「……」


 朝矢は周囲を見回した。すると、矢の入った筒を見つける。


「あの……」

「弓と矢。借りるぜ」

「はあ」


 先生の返答など聞くよりも早く、立てかけられていた弓と矢を掴む。一本を武将へと渡す。武将はそれを手に取る。弓の弦に引っ掛けると、正面にある的へと視線を向けた。武将は構えると弦を引っ張り、放つ。弓が飛ぶ。しかし、的に当たる前に地面へと突き刺さった。


「へたくそ」


 朝矢が愚痴る。

 すると、自分もまた弓を構える。


「あの……」


 先生は何をしているのか理解できずに成り行きを見守る。

「こうやるんだよ」


 朝矢が弦を弾く。そして、弓を放つ。

 弓はまっすぐに的へと飛んでいく。見事に的の中央に突き刺す。


「おおお」


 先生は先ほどの恐怖心を忘れたかのように感嘆の声をあげる。


「こうすればいい。そしたら、目前の敵を倒すことができるはずだぜ」


 弓で射貫かれた的を見ていた武将が朝矢を振り返ると、頭を縦に振る。

 再び構える。

 すると、声が聞こえる。すさまじい咆哮。走る馬と人の足音。重なりあう金属音。

 切り刻まれる肉。飛び散る赤い液。


「ナッ……」


 その光景が先生にも見えたらしい。

おそらく先生がそれなりに霊力をもっているのかもしれない。それか一般人にも認識できるようにする“具現化”できるほどの能力をもっているかだ。それなら、霊力ゼロでも認識できる。


(霊力ゼロのやつがいたら、一発なんだけどなあ)


朝矢は脳裏に一人の男を思い浮かべる。


「ちっ、面倒なことをする」


 朝矢が舌打ちをする。

 眼の前に広がるのは、学校の弓道場ではない。どこかの戦場。戦国武将らしきものたちがお互いに刀で切り合っている。血が流れる。

 多くの屍が転がる。


「ひいい」


 先生が顔を青くして、朝矢にしがみついた。

 屍が立ち上がる。

 血まみれの屍

 弓が刺さり、刀で切り裂かれた跡

 眼のないモノ

 腕のないモノ

 ユラユラと体を揺らしながら、朝矢たちのほうへと近づいてくる。


「ひいいい」


 さらに強く朝矢に抱き着く。


「うぜえよ」


 朝矢は強引に先生をはがした。

 すると、そのまま仰向けに倒れる。同時に屍たちが先生に覆いかぶろうとした。


「来るな。来るなあああああ」

「面倒なことするんじゃねえ」


 朝矢が思いっきり、屍に蹴りつける。

 屍はそのまま飛ばされ忽然と消え去る。

 いつの間にか、先生は目を回して気絶している。


「そのまま、気絶してもらったほうが面倒じゃない」


 いつの間にか屍たちが朝矢の周囲を囲んでいた。


「ゾンビ襲来かよ。バイオハザードかよ。おい、そこのお前」


 弓を持ったまま、震えている武将を指さした。


「早く消せ」


 武将は右往左往した。


「ええい。何度も言わせんじゃねえ。こうするんだよ」


 再び弓を取ると、矢を放つ。こちらへと向かってくるゾンビたちを横切り、矢は的へと貫ぬく。すると、ゾンビたちが的のほうへ集まってくる。


「こうすればいい」


 武将はなおかつ不安そうな顔をする。


「見ろ。お前の宿敵があそこにいるぞ」


 朝矢が指をさす。その方向には、一人の武将の姿。甲冑姿でその背後には幟。大きく家紋が描かれている。


「徳川……」


 武将がつぶやく。


「徳川。徳川。徳川。憎き、徳川」


 武将は弓を構える。


「死ね。徳川家康」


 そう叫ぶと矢が放たれる。そのまま、”徳川家康”の心臓をつらぬく。直後、”徳川家康”の体が破裂するように消えていく。同時にゾンビたちが奇声を上げながら溶けていき、戦場だった光景が消え去る。

 ただの弓道場へと変わる。古びた弓が元のようにかけられており、矢だけが草むらの上に散らばる。

 ゾンビの姿はない。ただ武将の姿のみが朝矢の眼の前にあった。武将は振り向く、顔を覆い隠すほどの大きな傷。体中無数の刀傷。


「やっと……討てた。――様の敵を討てた。――様の願いを叶えることができた」

「それはよかったな。さっさと行きな」


 武将は満足したように光に包まれ、溶けるように消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ