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かぐら骨董店の祓い屋は弓を引く  作者: 野林緑里
奪われた瞳と放たれた銃弾
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人形の館①

「後悔はしないのかい?」

 桃史郎が尋ねた。

「いまさら、それを聞くのか?」

 尚孝が振り返ると、桃史郎は笑顔を浮かべていた。

 いつものこと。

 桃史郎はいつも笑顔でいる。なにが起ころうとものんびりとしたしゃべり方もその表情も変えない。落ち着き払ったこの友人は、能面でもかぶっているようで不気味にさえ覚えた。

けれど、そのときの笑顔は違った。いつも内面を見せない彼にかすかな動揺が露わになっていた。

「そうだね」

 口調は変わらないのに、笑顔だけがぎこちない。

 なにを恐れている?

 なにを不安になっているのだろうか。

 彼の心にあるのは、喪失感だったのかもしれない。

 なにか大切なものがいま失おうとしているという喪失感。

 そんな感情があったのか。

 どれほど彼は想いを押し込めているのか。

 なぜそれほどに頑ななのか。

 尚孝にはわからなかった。

 その奥の秘めた想いを吐き出してはくれないのか。自分ばかりが知られていることが癪にさわる。だから、話してほしい。

 そんなことをいうと、えびせんとポテトチップスのどっちを先に食べようか悩んでいる。

 そんなふうに返されるだけだ。

「お前らしくないな。心配するなんて」

「なにいっているんだい。僕だって心配はするよお。僕も人間だからね。だから、もう一回聞くよ」


 後悔はないのかい?

 尚孝は目を覚ますと、最初視線に入ってきたのは天井にぶら下がったシャンデリアだった。

「刑事さん?大丈夫ですか?」

 それから少女の声が聞こえてくる。

「ああ、大丈夫だ」

 尚孝がゆっくりと起き上がる。

 全身に痛みが走る。

 いったい、ここはどこだろうか。見たことのない部屋だ。

 天井にはシャンデリア。赤いソファーが向い合わせに並び、大きな窓の両端には赤いカーテンが束になって結ばれている。壁には大きな鏡と化粧棚。

本や人形、ぬいぐるみの飾られた棚。そして、試験管らしい透明の筒がいくつも並べられている。透明の筒にはなにかが入っているようだが、尚孝たちがいる場所からは大分離れているためになにが入っているのかはわからない。

 外は暗い。

 いったい、自分はどいしたというのだろうか。

 なぜ、少女・香川洋子と一緒に見知らぬ部屋にいるのだろうか。

 よく見ると、少女に両手には手錠がかけられている。 

 そして、自分も後ろ手で縛られているようで両手が動かせない。

 どうやら拉致されたようだな。

 尚孝は冷静に分析した。

 はて、なぜこんなことになってしまったのだろうか。

 尚孝は振り返った。


 尚孝は桃史郎の頼みによって洋子の家を見張っていた。

 すると、家のほうから悲鳴が聞こえてきたのだ。

 尚孝は慌てて車を降りて家へ飛び込んだ。すると、玄関からはいってすぐに見える廊下で彼女の両親が倒れていた。確かめてみたが外傷もない。息も正常だった。ただ気絶しているだけだと気づく。

 ほっとする間も与えられず、ドンドンという音と少女の悲鳴が家の中で響き渡っていた。

 二階だと判断するとともに階段を駆け上がったところで少女とぶつかった。

「どうした?」

「ぬいぐるみ……ぬいぐるみが……」

 彼女の顔は真っ青だった。

「ぬいぐるみ?」

 尋ねるまでもない。

 部屋の一室から熊のぬいぐるみが出てきたのだ。

「きゃあああ」

 洋子は尚孝の背後に隠れるようにしがみつく。

 ぬいぐるみは四つん這いになって、


ソロリ……


ソロリ……


と出てくる。


 動くと同時に猫ほどの大きさしかなかった熊のぬいぐるみが大きく膨れ上がり、人の高さを超えていった。

その大きさは動物園でみる成熟した熊そのものだった。

ただ違うのは、頭部には一本角と赤い目。


「くれ……くれ……。その目」


「鬼か……」

 

 尚孝はつぶやくと同時に拳銃を取り出し、弾を打ち付ける。


 弾は熊の胸あたりをつらぬき倒れる。

 同時に元の大きさにもどった。

「大したこと……」


 その直後、元の大きさになった熊のぬいぐるみがこちらへ視線を向けた。


「ほしい……くれ……その目……」


 直後、身体中に痛みが走った

 なにが起こったのかわからない。

 視線のみを送ったがそこには茫然とする少女の姿のみ。

 この子がやったのかとも思ったがとくに武器はもっていない様子だった。それに直後に彼女の身体もそのまま床に崩れ落ちている。

 なにが起こっている?

 尚孝はまた痛みが走る。身体を見ると、血が流れている。

 自分の血だ。痛みとともに意識が朦朧としてきた。

 顔を歪め、ぬいぐるみを見る。

 ぬいぐるみは倒れたまま視線のみをこちらに向けている。

「あれれ……。見えていないのか。君には……。そこにいるよ。ぼくらの仲間がいるのに……。残念。でもラッキーだ。霊力ゼロだったのがラッキーだよ」

 ぬいぐるみの言葉とともに尚孝の意識が途切れた。


 それから、どうやらこの子とともに連れ去られたらしい。

「しくじったか……」

 尚孝は舌打ちをする。

「刑事さん。大丈夫ですか?」

 洋子は再び尋ねる。

「ああ、痛みはあるが、どうやら処置してもらっているらしいな」

 尚孝は自分の体を見る。

 傷だらけだった身体に包帯が巻かれている。

「それよりもここはどこだ?」

 尚孝が尋ねると洋子はかぶりを振る。

「わからないか……」

 尚孝は立ち上がった。

 両手は後ろで縛られていたが、それ以外は自由のようだ。

 痛みはあるものの普通に歩ける。

「あの……」

「君はここにいなさい」

 尚孝は試験管のある部屋の片隅へと向かう。

「これは……」

 試験管に入っていたのは目だった。

 人の眼だ。

「きゃっ」

「君……」

「すみません」

 そこにいなさいと言われたが、不安になってついてきてしまったらしい。

「これは?」

「コレクションよ」

 すると、部屋の扉が開く音ともに女性の声が聞こえてきた。

 振り向くと髪の長い女性が微笑みながら、こちらを見ていた。



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