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かぐら骨董店の祓い屋は弓を引く  作者: 野林緑里
矢が射抜く一輪の花
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弓道場の怪異②

部活の風景です。

「暑い。どうして、こんなに暑いのかしら」


 夏休みも後半となった。セミの泣き声もあまり聞こえなくなってきているが暑さは変わらない。


 暑さ寒さも彼岸までとよくいったものだ。最近の気候はそんな言葉が当てはまっていない。


とにかく、太陽の熱がじりじりと突き刺さってくるのだ。


今年も猛暑。毎年のように更新される平均気温。いつになったら、涼しくなるのだろうか。


どうにかしてほしい。


そんなことを考えながら、江川樹里えがわきさとは体育館の入り口で足を外の通路へ出して、汗を拭っていた。


 汗がにじむ。絞ればたくさん水滴が落ちるほどに練習着も汗がしみこみ、拭ったタオルもずいぶんと濡れている。


 朝、学校へ来るときには結構雨が降っていたのに、部活の練習の休憩時間になるころには雲一つない天気になっていた。


クーラーのない体育館。窓も扉も開けているのだが、風が入ってこず、陽射しだけが無駄に差し込んできてくれるものだから一層暑い。それに激しい運動もしたから、体内の水分がずいぶんとけずられている。熱中症にならないというのも無理な話だ。


「樹里。そんなにいうと余計に暑くなるわ」


 親友の西岡麻美にしおかあさみがペットボトルを江川樹里に渡す。


 麻美が隣に腰かけるよりも早く、ペットボトルのお茶を一気飲みをする。


 その飲みっぷりは、女子高生というよりもどこかの仕事帰りの親父のようた。


 最後にハアっと息をはく樹里は、よほど喉が渇いているのだろう。


「うまい! こんなにお茶がうまいなんて思わなかったわ」


樹里のお茶をゴクゴクと飲む様子は、まるで仕事の終わりに一杯やってるサラリーマンのようだ。


「樹里。飲み過ぎ。練習終わった頃には飲み物なくなるわよ」


「あっ、もう遅い。飲んじゃった。しょうがない。もう終わろう。練習終了」


 樹里はペットボトルの口を下にして、軽く振る。もう水滴が少しでるだけになってしまった。


「なにいってんの。二学期になったらすぐ新人戦よ」


「そうだけど……」


「新人戦も大事だけどさあ」


 突然、背後から少年の声がした。


「きゃあ」


 驚きすぎて、樹里は思わず声を上げる。


「おいおい。俺、なにもしてねえぞ」


 慌てたのは、少年のほうだ。


「なーんだ。杉原か」


「なんだじゃねえよ」


 樹里は突然現れたクラスメートにつまらなさそうな視線を送ると、バタバタとタオルで自分を仰ぎ始めた。


「なんで、あんたがこんなところにいるのよ。あんたの場所は体育館じゃないでしょ。それになに? その暑苦しい服装は……。余計に暑くなるわ」


 樹里の言う通り、クラスメートの杉原弦音すぎはらつるねの着ている服は白筒袖に黒い袴。足には足袋。


それを見るだけで暑苦しい。


「うるさいなあ。そういう服装なんだよ」


弦音はムッとする。


「そんなって……。確か普通の練習の時はジャージでいいんじゃないの?」


「いいじゃねえか。気分だよ。気分」



「まあ、私には関係ないけど……。けど、本当に暑い」


「どうでもいいなら聞くな! けど、そんなに暑いのか?」


俺はそこまで暑くないけどなあも思いながらも尋ねる。


「はあ? あんたの感覚可笑しすぎるわよ。こんな炎天下。暑くないほうが変よ」


「そうか」


確かに暑い。差し込む太陽の光がこれよがしに突き刺さってくる。けれど、彼岸前に比べれば、ずいぶんと涼しくなったように思う。


それなのに、えらく暑がる樹里に「どんだけ暑がりなんだよ。太ったオッさんか」と心のなかで突っ込みを入れながら、完全メタボなオッさん化した樹里の姿が頭に浮かび思わず絶叫しそうになった。


「どうしたの? 顔を青くしてさあ」


樹里が怪訝な顔をする。


「どうせ、へんな妄想してんでしょ。樹里がメタボなオッさんになった妄想とか」


「はあ? なによそれ!? ひどくない」


 樹里はぎっと弦音を睨む。


「いやいやいや。そんなこと考えてねえよ。誤解するな」


「怪しいーー」


しどろもどろする弦音を猜疑の目でみる樹里。弦音の私撰は麻美に向けられる。麻美は楽しそうに笑っている。


(西岡のやつ~。俺の心読めるかのおお! どっちにしても、江川に変な目で見られたぞ。

 コンチキショー)


「きゃああ」


 その時、突然黄色い声があがる。なんだろうと振り返ると、みんなの視線がバスケ部の隣で練習しているバレー部のほうへと注がれていた。


「秋月先輩――かっこいい」


「秋月くーん」


 男子バレー部のほうへと女の子たちの熱い視線が向けられていた。


 制服姿のものもいれば、練習着姿のものもいる。


 樹里の所属するバスケ部も休憩時間になると、バレー部のコートのほうを向いて声援をしているという始末だ。


「相変わらずの人気よねえ」


 麻美が言った。


 そちらに視線を向けると、ちょうど男子バレー部がスパイクの練習をしている最中だった。


 彼女たちの熱い視線を向けられている秋月亮太郎あきづきりょうたろうにボールが上がり、それをネットをはさんだ向こう側へと打ちこむ。


 ボールが床に打ち付けられた音と同時に、少女たちの黄色い声が再びあがる。


「まったく、なにやってんのよ。うちの部員たちも……」


「そりゃあそうよ。かっこいいもん。秋月くん。背も高いし、顔もいい。頭脳明晰で運動神経抜群」


 呆れ返る樹里に麻美が答えた。

「確かにそうね。どこかの馬鹿とは大違い」



「なんだよ。それ。それって俺のこといってんのか?」


 樹里の言葉に弦音はむっとする。


「別に……。いってないけど……」


「いってる。ぜったいに」


「はいはい。喧嘩しないでね」


 麻美が険悪なムードになりそうな二人の間に入った。


「別に喧嘩していないわよ。それよりも結局なにしにきたの?あんた」


「あのなあ。今日は11時から文化祭の話しあいだぞ」


 樹里ははっとする。


「あっ、そうだったわ。忘れていた。ごめん」


「そうだ。そうだ。もうすぐ11時だぜ。早くいかないと」


「けど、杉原はそういうことに関しては覚えているわよね」


「どういう意味だよ」


麻美の言葉に、弦音はムッとする。


「確かに、実行委員なんて面倒なもの。よく引き受けたわね」


「樹里もでしょ」


「仕方ないじゃない。くじ引きだもん」


「そうね」


「でも、杉原が当たって、あっさり引き受けるとは思わなかったわ。絶対に拒むと思ってたもん」


「樹里……。その理由教えようか?」


「え?」


「おい、まてえ」


 弦音は血相を変え、麻美の言葉を遮った。


「ツル。お前も実行委員なのか?」


樹里がどうしたのかと尋ねようとすると別の方向から声がした。


振り向くと、体育館の真ん中を二つに区切っているネットの向こうがわから、秋月が話しかけているではないか。


弦音は、グッドタイミングだぜ!と思わずガッツポーズをする。


秋月は首を傾げた。


「いやいや、気にするな。良太郎」


「は?」


「それより、お前も実行委員会なのか?」


「ああ。言わなかったっけ?」


「いま、聞いた。それよりも急ごうぜ」


「そのつもりだよ」


 秋月は、バレー部たちのほうを振り返り、委員会にいってくることを告げる。


そして、 体育館を出ていく。それと同時に女子たちの興味はバレー部かに一機に失い、各々の場所へと戻っていった。残された男子バレー部はどこか寂しそうに見える。


 目的が秋月だったとは知っていても、あっさりと去られるのは寂しいものだ。


「ツル。いこう」


 靴を履き替えた秋月が弦音に話しかける。


「ああ。先いくぞ。江川」

「うん」


 弦音は秋月とともにさっていった。


「凸凹ね」


 麻美がいった。


「秋月君と杉原くんって凸凹よね」


 確かにそうだ。

 彼らの背中を見ながら思う。

 バレー部のエースで身長が185センチはあるだろう長身の秋月亮太郎と170センチもない杉原弦音が並ぶと見事な凸凹コンビ。


「仲いいんだっけ?あの二人」


「一年のころ同じクラスだったみたいよ。それなりに仲いいんじゃないの」


「ふーん」


「どっちがいい?」


「は?」


 樹里は麻美を見る。


「あの二人なら」


「……考えたことないわね。まあ、秋月君のほうがイケメンだとは思うけど……」


「杉原は?」


「ただの馬鹿」


 あまりにあっさりと答える樹里に麻美は苦笑する。


「大変だわね。杉原」


「はい?なにかいった」


 どうやら、最後の言葉は聞こえていなかったようだ。


「なんでもない。それよりも急いだほうがいいわよ。もうすぐ11時」


「うん。ごめんね。麻美。後はまかせたわ。12時になったらあがっていいから」


「そうするわ」


 樹里は慌てて体育館を飛び出した。



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