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かぐら骨董店の祓い屋は弓を引く  作者: 野林緑里
矢が射抜く一輪の花
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器②

波紋が広がる。

暗闇の中でいくつもの波紋は、少女の軽やかな足取りに合わせ、リズムを奏でている。

少女から漏れてくるものは、鼻歌

満たされようとしていることに高揚しているようだ。

手に入れた。

思ったものとはだいぶん違うけれど、我儘はいってられない。

これで私は逢いにいける。

あの人に触れることもできる。

これでいい。

きっと、今度こそ大丈夫。

そう思うと胸が弾む。


「はあ?バカじゃねえの」


突然、背後から声が聞こえてきた。


少女の足が止まる。


だれ?


だれが私に話かけるの?


いい気分なのに台無しにしないでよ。


少女は不愉快な気分になる。

ようやく満たされるというのに、また邪魔をするというのか。

浮かぶには一人の男の姿。

まだあったばかりの年上の男。


「お前、女だろう?」


けれど、声はすでに声変わりしているだろう成人男性ではない。

幼い。

明らかに声変わりを済ませていない少年の声だ。


だれ?


彼女が振り返ると、そこは闇


無限の闇の中でしずくが滴る音が響く。

だからといって、不気味さを感じるわけではない。

もう慣れている。

なぜなら、彼女自身、ずいぶん前から暗闇のなかをさ迷っている状態だったからだ。

ずっと暗闇だった。

ずっと、昔から暗闇の中で必死に光を求めていた。

そんな感覚が身体を失う以前から感じていた。

だれもが自分の存在を否定し、唯一支えとなっていた人でさえも背を向けた。

だから、見てほしかった。

もう一度手を取ってほしかって。

子どものころのように、手をとってかけていく。

ただ楽しい。

なにをしていても、彼といることがなによりもうれしくて、その時間だけがなにも見えないはずの暗闇が開けていき、無限の景色を広がっていた。

けれど、もうなにもない。

自らそれを選んだというのに、身体が失われてからというもの、その景色が愛おしくてたまらない。


ほしい


ほしい

器がほしい

彼と一緒にいるための身体がほしい。


「仮にも、この器を手に入れることができたとしても、こいつは男だ。女のテメエには不釣り合いだろう」


だれ?


「それにこの器は、もう先約がいるんだよ」


だれなの?


突然暗闇の中からなにかがうごめく。


逃げる暇もない。


それが少女に絡まり、一瞬のうちに自由を奪う。


同時に暗闇が開けていき、景色が広がる。


彼女の前には大きな岩。


そのうえに一人の少年が座っている。


小柄で十歳ほどの黒髪の少年。


口元に笑みを浮かべている。


その姿をみた瞬間。


少女は畏怖の念に捕らわれた。


「ひい」


少女から恐怖の声が上がる。

いつのまにか、少年は彼女の目の前に姿を現した。


「ああ、そうだ。どうせなら、てめえを食らっておくか」


少年は少女の顔を鷲掴みにし、自らの唇を舌で舐めると、その口を大きく開いた。


そこには鋭い牙


瞳孔は猫の目のように細め


顔には鱗のような文様


見たことのある顔


そうだ。


先ほどみた青年の顔だ。


あの青年がそのまま子供にした姿そのものだった。


「お前を食らえば、この器。手に入れやすくなるかもしれねえ」


「いやああああ」


少女の眼が大きく見開かれる。


その瞬間、


少年の手が離れ、少女は解放される。


「あ~ア、やっぱり邪魔が入った」


少女が振り向くと、男の姿。


男の周囲には檻がある。

その檻の向こう側に弓を構える男が一人。


「ひひひひ。そこからじゃ無理だろう。

お前の矢は届かない」


少年が愉快そうに笑う。


「知っている」


男が矢を放つ。


いつの間にか少年の姿が消え、その矢は少女の胸に突き刺さる。


痛みはない。


ただ驚いただけだ。


直後、少女が光始める。


金色の光が温かい。


そう感じた。


「別にてめえに向けたわけじゃねえよ」


「くくくく。そうだねえ。朝矢~。でも、そのうち、あの男が作った防壁なんて壊れてしまうさ」


声がする。


いつのまにか広がる闇の中で少年の不気味な声


「その時は、その器は俺様のものだ」


「……」

それから少年の声が消え去る。


少女は膝をつく。

青年が少女を見る。

その目は優しい。

先ほどみたこの男に似た少年は、残酷に満ちていた。

けれど、彼の眼は少女の身体を包み込んでいる光の暖かさに似ている。


「あんなものを飼っているの?」


少女が尋ねた。


「飼ってるわけねえよ。勝手に入ってきた。本当に不愉快だ」


「……」


「テメエも同じだ。勝手に他人の身体に入るんじゃねえ。もう。てめえの器を失ったなら踏ん切りつけろ。そのうち、てめえの新しい器が出来上がるまで、あっちでまってろ」


「そんな…そんなことできない。わたしは……」


「うるせえ。あいつはただのヒイタレ」


「ヒイタレ?」


「ただの臆病者だ。そんなやつにこだわるな」


 少女はむっとする。


「亮ちゃんは臆病者じゃないわ。だって、私の好きな人だもん。だから……」


「だから?だから、なに?てめえはもう死んでいるんだよ。しかも自分でそれを選んだんだろう?どうにもできない」


「けど……」

「あああ。めんどくせえ女。そのうち、あっちにくるだろう。そんときまで待つことはできるだろうよ」


彼は彼女の頭を撫でた。


「そういうのも悪くないだろう」


「あなたにもいるの?待っている人」


「……ああ……。あっちにもこっちにも……」


青年は目を閉じた。


なにを想っているのだろうか。


あっちのだれか


こっちのだれか


青年にとってどんな存在なのかはわからない。


けれど、まったく違うのだろう。


それを問いかける言葉できない。


なぜなら、少女の視界から青年の姿が消えていったからだ。


いや違う


青年が消えていったのではない。


少女が消えていったのだ。


光に包まれて。身体を失った少女が人の形を失い、丸く金色に輝く魂へと変わっていく。


それがゆっくりと暗闇を照らしながら、上へとあがっていく。


青年はそれを見守り続けていた。


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