器①
「くそっ。次から次へと」
朝矢は舌打ちをする。
花の化け物に飛びついたまでは良いが、次から次へと蔦が襲い掛かってくるために咲きへと進めない。
邪魔するな
邪魔するな
助けて
助けて
二人の少女の声が交互に脳へと直接響き渡る。
憎悪の声
ただひたすら助けを求める声
泣きわめく
絶叫
懇願
様々な感情が複雑に絡み合う
それが直接朝矢にぶつけられるものだから、精神にまで打撃を食らわされる。
いくつもの要素が行く手を阻む。
頭痛がする。
「くそやろう。ふざけんじゃねえ。せからしか。おいの邪魔すんな」
朝矢から方言が飛び出してくる。
迫ってくる蔦を次々と右手に握られた刀で切り裂き、少女の飲み込まれた場所へと突き進む。
邪魔
邪魔
助けて
助けて
「うるせえ。せからし。野風。山男。蔦の動きを止めてくれ」
「御意」
朝矢は野風の背中から飛びあがる
同時にすさまじい風が蔦を押しのけていく。
朝矢の手に握っていた刀が消え、金色の狼の姿へと変わる。
咆哮があがるとともに地面の土が盛り上がり、蔦へて覆いかぶさり、地面へと押し付けた。
宙へと飛び上がっていた朝矢が落下する。同時に蔦が朝矢の足に絡みつき引きずりこまれそうになる。
それよりも早く、野風が蔦をかみちぎり、朝矢を背中へと乗せて走り出す。
助けて
声がする
少女の声
助けて
助けて
寂しい
逢いたい
二人の少女の声が重なっていく。
見えた。
絡み合う蔓の中に江川樹里という少女の姿
その背後にもう一人の少女
彼女は樹里を放すまいと背後から抱きしめている。
邪魔するな
邪魔するな
これは私のもの
私が手に入れたもの
これさえあれば、彼のそばにいられる
樹里を抱きしめている少女の声
最初は憎悪だった。
いつの間にかそれは、達成感に満たされたものへとかわっている。
そして満足感
少女と朝矢の視線が合う
でも、邪魔する
君が邪魔する
もうじき叶うというのに、よりによって君が邪魔する
「うるせえ、ごちゃごちゃいってんじゃねえよ。それはテメエのもんじゃねえ」
朝矢は蔦を両手で払いのけながら、彼女たちのほうへと近づいてくる
来るな
来るな
少女の声に焦燥が露わになる。
蔦が朝矢に絡みつく
それでも突き進んでいく。
「それは、その身体はこいつのもんだ。勝手にとんじゃねえよ」
朝矢は樹里の手を握ると強引に自分のほうへと引き寄せる。
蔦がちぎれていく。
少女の体が遠くへと離れていく。
それでも必死に手を伸ばしている。
返せ
私のもの
私の器
それがあれば、かなう
教主様がいった
それが器
私のような存在が
再び存在するための器
「何度も言わせるな。てめえの器じゃない。この体はこいつのものだ」
朝矢はぐったりとしている樹里の体を自分に引き寄せると同時に、先ほど入ってきた入り口へと向かう。
ならば……
少女の眼が突然見開く
同時に蔦が朝矢の足に絡みついてくる。
「野風。そいつを」
朝矢は突然彼女の体を上へと投げ飛ばした。さほど距離はない。
すぐに彼女の体が女性の手の中へと納まり、蔓の群れの外へと引き出される。
その間に朝矢の体は蔓によって拘束される。
「朝矢」
「大丈夫。とにかく、そいつを安全なところへ」
「……わかった」
女性は樹里を抱えたまま、朝矢の視界から消えていく。
ならば、お前でいい
お前でいい
声が響く。
朝矢の体はそのまま、奥へと引きずりこまれていった。




