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かぐら骨董店の祓い屋は弓を引く  作者: 野林緑里
矢が射抜く一輪の花
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一輪の花

 雨は降り注いでいる。


 人々は傘をさして、どこかへと急いでいる。


 そのせいもあるのか、そこに寝そべっている少女の姿に気づくものなどいなかった。だからといって、少女が通りすぎる人々に話しかけるわけではない。


 ただぼんやりとして降り注ぐ雨を眺めているだけだった。


 その日は朝から雨が降り注いでいた。


 制服をきた彼女は電信柱を頭にして仰向けに寝そべり、その胸には一輪の黄色い花を握りしめている。


 雨が降り注いでいるというのに、なぜそんなことをしているのか彼女さえも理解していない。


 ただずっとそうしていたような気さえもする。


 いや、ずっとそうだったのだ。


 だれにも気づかれることもなく、ずっとそこにいた。


 雨に濡れようとも風にさらされようとも、人々に存在を忘れられようともただそこにいたのだ。


 そんなつもりはなかった。


 彼女の視線の中に入ってくるのは壁の向こう側にある学校の屋上だった。



 自分が通っていた屋上を眺めていると、なにかが彼女へと向かって投下していくのが見える。だんだん近づいてくると、そのぼやけたものが明白に彼女の瞳に写し出されていく。そのたびになぜ彼女がここに寝そべっているのか実感させられるのだが、どうしても動くことができなかった。


「いつまでそうしているつもりなんだ?」


 すると、投下してくるなにかとの間に入る混む人影とともに幼い子供の声が聞こえてきた。


 それがだれなのか知っている。


 その場所から動けなくなって以来、時々話しかけてくる子供だ。


 フードをつけているために顔はよくわからないが、自分よりも年下であることは何となくわかる。


「そこにいても、君は救われないよ」


 何度目だろうか。


 この子供は何度も同じことを訪ねてくる。


「ここには来ないと思うよ」


 何度も事実を突きつけてくるのだ。



 ここには来ない。


 その言葉を聞いて、彼女は黄色い一輪の花を握りしめた。



「どうすればいい?」


 彼女は子供のほうへと視線を向けた。


「簡単なことだよ。君が彼の元へ行けばいいんだ」



「こんなになってしまった私になにができるというの?」


 彼女は自分の目元の上に腕をのせて表情を隠した。


「大丈夫。ぼくらが手をかしてあげる。その代わり……」


 彼女は少年の言葉に一瞬ポカンと口を開いたが、すぐに口元に笑みを浮かべる。


「なんでもするわ。だから、私に機会を頂戴」


 少女は手を伸ばした。


「いいとも」


 子供がその手を取り、少女の身体を起こした。


 異様に白い少女の腕。滴っていた雨の透明だった水がいつの間にか赤く染まっていく。少女の身体が崩れていき、跡形もなく消え去っていった。その様子を見ている少年はまったく動揺した様子もなく、どこか満足したような笑みを浮かべていた。


 やがて、子供の足元には一輪の花。


 赤い一輪の花が落ちているだけだった。


 その花を手に取る。


「いいものが収穫できるといいな」


 子供が花を見ながら、楽しそうに笑った。





#########





 江川樹里えがわきさとが花を見つけたのは、お盆が終わったころの雨の日だった。


 雨はさほどひどくはなかったのだが、朝からずっと降り注いでいた。


 風もないのだから傘をさせば防げるのだが、運悪く車のタイヤにより跳ねた水が制服のスカートの裾にかかってしまい、彼女は不機嫌に車を睨みつける

学校へ行けばすぐに体操服に着替えるのだが、スカートが濡れているというのは気持ち悪い。


だからといって、ここは道端。公園等もなく塀の向こうに彼女が通っていない学校があるだけだ。


その学校の更衣室を借りるという手もあるが、ここの卒業生でもないのだから無理な話だ。


さてどうしようか。


雨もやまない。


困惑していると不意に花が視界の中に飛び込んできた。


 いつも通る道。

 中学校の敷地を囲む塀の外にぽつんと一輪の花。


 道の片隅、電柱に寄りかかるようにしてポツンど添えてある。


 こんなところに花なんてあったのだろうか。しかもまだ真新しい花。

 

 彼女は記憶を探った。

 

 けれど、まったく覚えがない。いや前からあったのかもしれない。


 ただ一輪だけの花が足元に置かれているだけ。

 

 だったら、まったく気に留めなかっただけだったのかもしれない。


 けれど、一度気づくと、その存在は一気に大きくなる。


 樹里はスカートが雨に濡れていることなど忘れて、一輪の花に意識が注がれた。


 なぜこんなところに花があるのだろうかと、彼女は腰を下ろして一輪の花を見る。



 一輪の花


 どこか寂しげだなあ


 そんなことを考えながらその花を手に取る。


 でも

 きれい


 もしも、その花がいっぱい咲き誇っていたならば、どれほどの美しさを持っているのだろうと想像するだけで心惹かれてしまう。


 まるで心が吸い込まれてしまいそうな感覚。

 

「樹里―――」


 そんなことを考えているうちに遠くから声がした。


 親友の声だ。


 樹里は花を戻すと慌てて声のするほうへと駆け出した。

 











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