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かぐら骨董店の祓い屋は弓を引く  作者: 野林緑里
文化祭を彩る恋歌に舞う黒き蝶
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文化祭の始まり⑨

 これがデートと呼ばれるものなのか。


 武村は彼女に連れられて、校内のさまざまな催し物を見ながら、そんなことを考える。今しがた聞いたばかりの単語。彼が生きていた。


 時代にはなかった。常に戦が繰り広げられており、祭りを楽しむ暇もなかった。


 長く繰り広げられる日本人同士の醜い争い。いつから始まったのか武村は知らない。生まれたときには戦乱の世の中で大名だろうと農民だろうと不安定な情勢の中で身を置かれており、常に血なまぐさい匂いが漂う。ただ必死に生きる。明日には戦場で死んでいるかもしれない命でありながらも今日を生き、明日の死に備えるために杯を交わし、笑う。


 そんな日々だったのに比べると、なんという平和な時間が流れているのかと驚かされてしまう。弓道場で徳川家康への恨みのみで彷徨っていただけではわからなかったことだ。本来ならば、あの世へ逝っていた身。いま隣で笑っている彼女に一目ぼれし、あの陰陽師たちによってマネキンという肉体を得たことで知ることのできた穏やかな日々。武村は心から感謝した。


 ——それでいいのかしら?


「雅」


 突然武村の脳に響いていた声と麻美の声が重なった。


「あれえ。デート?」


 脳に響いた声といま目の前にいる少女の声が同じだったような気がしたが、その口調はまったく違っている。


 気のせいだったのだろうか。


「違うわよ。ただの友達」

「そうかしら~~。フーン」


 三神は武村をじっと見る。

 そして、ニヤリと笑う。


「いっちゃおうかしらあ」

「だれに?」

「決まっているじゃないの。彼方くんよ」

「ちょっ」


 その名前に麻美が過敏に反応した。


「それは困るわ」

「なんで?」

「面倒だもの。変な事吹き込まないでよ」


 その表情は本気で困っている。


 彼方とはいったいだれなのだろうかと武村は思う。問いかけてみたいところだが、その返答にショックを受ける自分を想像するとなにも言えなくなった。ただ、麻美の横顔を見つめる。


 ——それでいいの?


 また武村の頭に声が響いた。ハッと三神の顔を見る。


 三神は武村を見ている。なぜか不敵な笑みを浮かべながら見ていたのだ。


「大丈夫。言わないわよ。じゃぁね。バンドの演奏見に来てね」


 それだけいうと三神は駆けて行ってしまった。


「なにしにきたのかしら?」

「西岡さん」

「ん?」


 麻美が武村を見る。


 どうしようかと思った。聞きたい。


 “彼方”とは何者なのかを尋ねてみたいのに、それ以上の言葉が出なかった。


 ——麻美の彼氏


 また声が響く。


 ——でも、別に結婚しているわけじゃないわ。奪おうと思えば奪えるわ


 武村は思わず周囲を見回した。先ほど話たけてきた少女に似た声。でも、三神とはどこか違う。


「横谷くん? どうかした?」

「いや、別に」


 声が突然途切れる。


 気のせいだったのか。


 そのとき、突然アラームが鳴り響いた。麻美がポケットに入れていた携帯電話を取り出す。


「あっ、もう交代の時間よ」


 携帯電話の画面を開きながら言う。


「戻ろう」

「あっ、はい」


 二人は慌てて自分たちの持ち場である弓道場へと戻る。


 その様子を三神が見つめていた。


「このままでいいのかしら……。横谷くん」


 それだけつぶやくと、鼻歌を歌いながら歩き出した。その歌は最近の歌ではなく。戦前戦後に奏でられたメロディであることを通り過ぎる人々のだれもが知らない。







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