文化祭の始まり⑥
「有川さん。あの人たちは?」
「さっきも言ったように、俺の友人たちだ」
そのとき、朝矢の携帯が鳴り響いた。
画面を見るなり、眉間に皺を寄せるその表情から電話の主は店長か、あの歌姫のどちらかということは弦音でも推測できる。
「はい。なんだよ。店長」
『朝矢くーん。急ぎの仕事おねがーい』
急ぎといいながら、店長ののんびりしたような声が耳障りに聞こえてくる。
「急ぎって、抜けられるって思っているのか?」
『だーいじょーぶだよーん。ただの実習生でしょう? しかも偽物。それに文化祭中だしい。大丈夫。じゃぁ、よろしくね』
「おい、こら」
朝矢かなにかを言う前に電話が切れた。
「たくよお。本当にいい加減だな」
愚痴をこぼしながらも携帯をポケットの中にツッコんだ。
「有川さん?」
弦音が怪訝な顔で見上げる。
「仕事だ。ちょっと抜ける。おまえ、ごまかしとけ」
「え? 有川さん?」
弦音が問いかけるよりも早く人込みの中に消えてしまい、たちまち姿が見えなくなった。
「あれ? 有川くんは?」
弦音が呆然とているとホットドッグをくわえている柿添がいた。
「えっと、なんかいっちやぃました」
「あらら。相変わらずなんだなあ」
柿添がホットドッグを口に入れながら、のんびりとした口調でつぶやいた。
「相変わらず?」
「そう。おれたちは高校のときからの付き合いばってんさあ。あいつ、突然いなくなるんだよね。その直前にあんなふうに携帯がなってさあ。その後、舌打ちしながらどっかにいっちゃうわけよ。しかも、おれらと遊んでいる時間だろうと部活時間でもお構いなしさ」
「そうなんですか?。 あのえっと……」
「柿添だよ」
「柿添さんはその理由を知らないんですか?」
「知らない。みっちゃんも……いや、光吉くんも知らないよ」
知らない。
彼がやっていることを知らない友人がいることに弦音は内心驚いた。てっきり、朝矢の周辺には『祓い屋』関係の人たちしかいないのだと思っていたのだ。けれど、よくよく考えたら、朝矢の一人の人間だ。大学生でもあると言っていたから、大学の友達もいるだろうし、能力者ではない人間との交流があっても不思議ではない。
「聞かなかったんですか?」
「そりゃあ、聞くさ。そしたら、『おいのプライバシーだ。余計な詮索すんなよ。ボケ』だって悪態ついたわけよ。そしたら、光吉くんと大げんかになってさあ。殴り合いまで発展しちゃってさあ。おれが止めようとしたけど、おれまで殴られて痛かったなあ」
柿添は懐かしむように視線を上に向けた。その光吉という人のことはよくわからないが、なんとなく想像つくような気がした。
「それから、先生には怒られるし、親父からもガミガミ言われたわけよ。有川君とも仲良くしたいからさあ。あまり詮索しないでおこうということになってからは聞かなくなったなあ」
弦音は、朝矢の高校時代からの友人という人の話を聞いていると。朝矢がどんな人物かなんとなくわかったような気がした。普通なのだ。確かに『あやかし』とか『鬼』とか得体のしれない化け物との闘いを繰り広げているようなのだが、普段はどこにでもいる二十歳の青年にすぎないのだ。
「でも、いつか話してほしいとは思っている。あいつらだけで背負わせたくないし、おれらができることがあればしたいとは思っている」
あいつらというのは、朝矢以外の『かぐら骨董店の祓い屋』のメンバーたちのことだろう。彼は、そのメンバーのことも知っているようだ。
「あのお。“かぐら骨董店”に行ったことあるんですか?」
「かぐら骨董店? 行ったこともあるもなにも住んでいるからねえ」
「はい?」
「正確には、あの店の裏手のマンションは。おれたちみたいな上京組。とくに西のほう出身のやつらが住んでいるマンションなんだよ」
それを言われて、弦音はその背景を思い浮かべる。
そう言われてみれば、かぐら骨董店自体は一軒家の古民家風に店になっているがその背後に立派なマンションが建っていた。
「ちなみにあのマンションのオーナーがかぐら骨董店の店長の土御門さんなんだよ」
「北御門?」
「土御門桃史郎さんだよ。あの人も元々九州に住んでいたんだけどさあ。おれたちが上京する半年前ぐらいに東京に来て、マンションとあの一軒家購入したんだよ。それから、骨董店はじめたらしくてさ」
そんなふうに説明してくれた。しし、この人もよく口が回るなあと弦音は思った。よくしゃべるといえば、成都を思い出される関西交じりの言葉で次から次へと言葉が飛び出してくる。それに似ているが、この柿添という人の場合は、もっとゆっくりとしたしゃべり方であるために聞き取りやすく、弦音にも理解できた。
「ああ、ちょっとしゃべりすぎた。ごめん。おれはもうしばらく見てから帰るけん。じゃあな」
そういって、人懐っこい笑顔を浮かべながら弦音の元を去っていく。




