背後に迫る影⑤
「あー。やっぱり終わったのね」
会議のあと、体育館へ向かうが人の姿はすでにない。
それを確認すると部室のほうへと向かう。部室の扉を開くと曲が流れてくる。
部室にはだれがいつ持ってきたのかは不明だが、一台のラジオ付きMDプレイヤーがある。大概、部活が終わると最初に入った人がラジオをつけて流すという習慣があった。
流れてくるのは、今時は流行りの曲がMCのトークの間に流れていく。
決して、電波がいいわけではないから、時折雑音も聞こえてくる。しかし、別にラジオを聴いているわけでもなく、好き勝手に会話をしたりしてくつろいでいることが多い。
『続きまして、松澤愛桜の曲です』
紹介すると曲が流れてくる。女性の声だ。
「この曲好き」
部室にいる一人の少女が楽しそうに言う。
ラジオから流れる歌声は美しい。思わず聞き入ってしまうのは、樹里も同じだった。
「初めて聞く名前だね」
「あれ?先輩しらないですか?松澤愛桜」
「知らないわ。誰?」
「ほら。A製薬の化粧品のCMですよ。知りません?」
「ああ。よく聞いてみたら、聞いたことあるわ」
「それを歌っているのが、松澤愛桜なんです」
「ふーん」
ラジオから曲が流れてくる。透き通るような伸びやかな声。
脳裏には化粧品のコマーシャルが蘇る。
「今度歌番組にでるらしいよ」
「初よね。初。どんな人なのかしら……」
「きっときれいな人よ」
どうやら、正体不明の歌姫に想像を膨らませているらしい。
歌は美しい。けど、どうでもいい。
樹里はまったくというほど芸能界には興味がない。
というよりも、正直なにか特別に興味を示すものなど一つもない。ただ学校の勉強して、部活して、友達とくだらない話をするだけだ。
恋愛もまだしていない。
“松澤愛桜”の曲が終わり、またラジオのパーソナリティーのトークが始まる。
「ねえ。やっぱり秋月くんってかっこいいよねえ」
すでにラジオから関心をなくした部員の一人が別の話題を振った。
その話題を聞いているとふいに花を思い出した。
学校へ来る途中で見つけた一輪の花
なぜ急にそんなことを思い出したのだろうか。
「ねえねえ知ってる? 秋月くんって花が好きらしいのよ」
「花?」
樹里が尋ねた。
「うん。昨日見たのよ。秋月くんが花屋から出てくるの」
「それって彼女さんへのプレゼントじゃないの?」
「花・・・・・・」
「どうかした? 樹理」
「花といえば、今朝中学校の塀のところに……」
「それって園田先輩?」
樹理が話を続けようとすると、耳にその言葉が入ってきた。そのため、樹里の言葉が中断され、視線が園田の名前を出した後輩へと注がれる。
樹里は思わず、後輩のほうを食い入るように見た。
その行動に、麻美が「樹里、どうしたの?」と目を丸くしているが、樹里はそれに気づかず後輩に「園田先輩がどうしたの?」と問いただす。その表情がなぜか必死に見えた後輩は、一瞬仰け反る。
「えっと……。その……」
「園田先輩と秋月先輩が付き合っているって噂があるんです」
戸惑っている少女のとなりにいた1年が口を開いた。
「つきあっている?」
樹里は呆然とする。
どくん
心臓の音が樹里の耳に響く。
なぜか胸が苦しい。
いままでこんなことはなかった。
いままで……
秋月がつきあっているという噂はいくつか聞いたことがある、彼がもてるひとは知っていた。けれど、自分のタイプではなかつたし、噂を聞いても他人事としか思えず、はっきり興味がなかったというのに、なぜか今日の自分がおかしい。
どうして、こんなに蟠りを覚えるのか。
自分の中のなにかが嫉妬心を巻き起こしているような感覚に襲われていく。
「どうしたの?」
麻美の心配そうな声が聞こえるのだが、なぜか答えることができなかった。
樹里の中でうごめく何かが、いま背後から迫ってくる。
樹里は思わず振り返った。
けれど、そこには誰もいない。
ただ心配そうに樹里を見る麻美の姿だけだった。
でも、だれかがいる。
だれか樹里の近くで、樹里と同じものを見ている気がしてならない。でも、その正体がいま樹里の見る人たちの中にいないことは確信していた。
その時、ふいに一輪の花が脳裏に浮かんだ。
それを掴むだれかの手
ずしん
背中に重みとともに悪寒が走る。
「樹里?どうしたの?」
「いや、なんかだれかいたような」
麻美が振り替える。
だれもいない。
振り返った先は扉のみ
麻美が立ち上がると扉をひらいて外を見た。
だれもいない。
麻美は首をかしげながら樹理を見る。
どうやら気のせいだったらしい。
「それってただの噂でしょ」
だれかがいう。
「うん。でも、雰囲気いいよね。あの二人」
なんだろう。
腹が立ってくる。
腹がたつ?
何に?
誰が?
―渡さない
え?
突然、樹里の耳元で声が聞こえた。
くぐもった声
恨めしい声
樹里ははっと横を見る。
麻美が怪訝な顔で見ている。
彼女から発された声ではないようだ。
「園田先輩も美人だもの。私たちじゃかなわないわ」
―あんな女に渡さない
また声がする。
背筋が凍る。
体が重い。
押しつぶされそうだ。
樹里は思わず、体を丸めて俯せになる。
「樹里?樹里どうしたの?」
麻美は、すぐ異変に気付いた。
呼吸が荒い。
瞳孔が開き、額から冷や汗が流れている。
「樹里がおかしいの」
「え?」
部員たちが樹里の周りに集まっていく。
「とにかく、保健室へていこう」
麻美が樹里に肩を貸して立ち上がらせると、すぐさま保健室へと駆け出そうとした。
「渡さない」
樹里の口から声が漏れる。
「え?」
確かに樹里から漏れる声だった
けれど、違うような気がした。
いつもの樹里の声じゃない。
別のだれかの声。
聞き覚えのない少女の声。
麻美は、樹里を見る。
真っ青な顔。息も荒い。とても、言葉を話せる状態には見えない。
ならば、気のせいだったのだろうか。
「麻美。急ごう」
「うん」
そんなこと気にしている場合じゃない
親友が死ぬほど具合悪そうにしている。
急いで保健室に連れて行かないと……。
麻美は、自分の耳に残る少女の声をいったん別の場所において、急いで校舎へと向かった。




