背後に迫る影③
「時間になったので、今日の会議は終了します」
文化祭の会議が終了すると、各々が机の上の広がっている資料を集めて、教室を出ていく。その中で実行委員長の園田先輩が黒板を消している秋月になにやら親しげに話をしているようだ。
「園田先輩も狙っているわよね。絶対に」
「でもよくない?園田先輩も美人だし……」
そんな声が聞こえてくる。
確かに美人だ。
園田先輩も成績優秀で容姿端麗。
二人が並ぶと絵になる。
「秋月くんもまんざらではないかもね」
秋月と同じクラスで実行委員の岬という少女がいった。
「え?」
樹里は思わず振り返る。
その行動に弦音の心がざわつくが、必死に隠した。
本当につきあっていたらいいのにとさえも思う。
「それはないな」
弦音は思わず口を開いてしまった。樹里たちの視線がこちらに注がれる。
しまった失敗したかもしれない。
「亮太郎は別に好きな子いるらしい」
「だれ?」
樹里が食い入るようにみた。
もしかしたら、江川も秋月のことが……。
不安がよぎる。
もしもそうなら、自分は勝ち目がないではないか。
「知らない。詳しくは知らないけれど、どうもそうらしい。現に結構ふっているみたいだしさ」
悔しい。
あいつには何人もの女が寄ってくるというのに自分には女の子一人振り向かせることができないという事実がいや応なく弦音に襲いかかる。
「そうなんだ。いったいだれだろうね」
樹里は秋月たちを見る。
秋月と園田先輩はなにやら楽しそうに話をしていた。
いったいどんな話をしているというのだろうか。
「だれかなあ……。亮が……」
「江川?」
弦音はどこか違和感を覚えた。
急に口調が変わったような気がして、彼女の横顔を見る。
一瞬、彼女の姿が別人に見えた。
弦音は目をこすってもう一度彼女を見ると、いつもの弦音の知る樹里の姿があった。
「どうしたの?」
樹里は怪訝な顔をしている。
「お前……。亮太郎のこと。下の名前で呼ばなかったか?」
「はっ?なにいってんの?」
樹里は首を傾げた。
「私も聞いたよ」
岬がいう。
「江川さん。さっき、亮って呼ばなかった?」
「はあ?知らないわよ。秋月君を名前で呼んだことなんてないわよ。私は、そんなに親しくはないし……」
「そうよね。ごめん。私の勘違い」
いや、岬だけではない。自分も聞いている。
確かに亮と呼んでいた。
いままでそんな呼び方した試しはない。
いやわからないぞ。
もしかしたら、自分が知らないだけで、実は、二人は付き合っていたりするのではないか。
もしもそうなら……。
「うそだろ……マジで……」
一人焦燥感に駆られる。
絶対違うよな。
なあ、亮太郎ーーー!
弦音は思わず秋月を睨みつけた。
それに気づいた秋月と園田先輩は弦音の剣幕にたじろぐ。
「では失礼しました」
弦音はいつになく大声を出すと、地響きを立てながら教室を出ていった。
「どうしたの? 杉原」
樹里が尋ねると。岬は首を傾げた。
「おれ、なんか怒らせましたっけ?」
それに気づいた秋月が尋ねる。
「さあ?」
もしかしてあの子は私のことすきなのかしらと園田先輩がひそかに勘違いしてしまったことにはだれも気づかなかった。
「ん?」
その時、樹里の背中に視線を感じたような気がして振り返った。けれど、だれもいない。教室に残るみんなが、苛立ちながら出ていった弦音のほうへと注がれているし、なによりも彼女の背後にあるのは壁だけだ。だれかがいた形跡もない。
不気味に思えた。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
気のせいか。
樹里は視線を元に戻す。
(これはまた……)
ここにいるものは誰も見えていない。けれど、確かにもう一つ。存在するものがあった。教室の片隅。座り込んで、彼女たちを見つめる獣の姿。
白銀の狼だ。
狼が樹里の背中を凝視している。
彼女の背中
そこには、薄っすらと黒い靄のようなものが人の姿をかたどっている。まるで樹里の影法師かなにかのように背格好は彼女とぴったりとはまる。
ただ彼女の背中に寄り添うように佇み、顔らしき部分は、樹里ではなく別の方向へと注がれている。その先には少年の姿がある。秋月と呼ばれる少年だ。
(あの娘。憑かれているな。はてさて、どうしたものか)
白銀の狼が思案しているうちに靄がスーッと消えていく。
(まあ、いますぐ、どうとすることでもないだろう。それに主の命令もきておらぬからな。ひとまず、報告へいくとするか)
白銀の狼は立ち上がると、その姿を煙のように消した。




