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背後に迫る影②

「すばらしい」

　朝矢《ともや》が家康の激励に困惑していると、別の方向から声がした。振り向くと弓道場の入り口付近に一人の男が拍手をしながら立っていた。

「的場《まとば》先生」

　いつの間にか小太りの先生が目を覚ましている。

「すごいね。君」

　歳は、三十ごろ。眼鏡の向こうの眼は温和で人懐こい雰囲気を持っている。

「……」

　朝矢は彼を見る。

　長身だ。朝矢の身長は180あるのだが、それよりも五センチは高い。

「君、どこかでみたことあるね」

　彼もなにかを確かめるかのように見ている。

「名前は？」

「有川朝矢《ありかわともや》……」

「有川朝矢？もしかして、君は徐福鎮西高校《じょふくちんぜいこうこう》の有川朝矢くん？」

「あっまあ」

「先生。お知り合いですか」

「知り合いもなにも彼は高校弓道の間では有名なんですよ」

　小太りの先生は怪訝な顔をする。

「なにせ。高校時代国体で三年連続出場。優勝もしているんですよ」

　朝矢は頬をボリボリかきながら、目は上を向く。

「へえ、そうだったのか」

　小太りの先生が声を張り上げた。

「しかし、なぜ君がわが校にいるのかな？」

「実はですね。彼は“祓い屋”なんですよ。ほら、最近この弓道場でへんなことが起こっているでしょう？」

「祓い屋？」

　的場先生は胡乱げに見ている。

　それも仕方がない。

　祓い屋稼業なんて、胡散臭いこのうえない。

　いわゆる悪霊やら妖怪やらを祓うことを生業とする職業だ。

　ほとんどの人間が目にすることのない霊や妖怪たち。

　それゆえに存在自体あやふやなものと戦いを続けているというのは滑稽な話。

　ある者からすれば、戯言にすぎない。

　詐欺師ではないかと疑われることも多い。

　しかしその存在を知る者からしてみれば、現実のこと。決して、作り話やホラ話ではない。

「それで解決したのか？」

　疑いながらも追及はしなかった。どうやら、この先生も最近、弓道場で奇妙なことが起こっていることは把握できているようだ。

　そうだろう。

　おそらく彼は弓道部の顧問かなにかだろう。それなりに腕は確かではないかと朝矢は踏んでいる。

　それでも彼の視線が冷たいのは、庭かには信じられないことだったのだろう。怪奇現象が起こることは把握しているが、彼が経験したわけではないのかもしれない。

　経験もなにもしていない者に信じろといったところで到底無理だろう。

「はい。解決してます」

　信じてはいないだろう。

　直に嘘つきと言い出すかもしれない。

　彼の脳裏には子供の言うことを断固として信じない先生のことが浮かぶ。

　いくらいっても信じない。耳を傾けようともせず、否定していた大人。

　性格はずいぶんと違うようだが、あの時の担任の先生と同じ匂いがする。

「それはよかった。ところで、これから用事はあるかい？」

「いや、別に……」

　すぐに後悔した。

　なんとなく面倒だ。

　これから用事があるから急いで帰らないといけないとでもいって、さっさと逃げるべきではないか。

「ならば、頼まれてくれないかい？」

「はい？」

「コーチをしてくれ。うちの部の……」

「はあ？」

　けれど、あの時の先生と同じような匂いはするが、完全否定しかしなかったあの時の先生よりは幾分かマシのようだ。

　その眼差しは朝矢の弓の腕での尊敬がある。

　その部分では信頼しているようだ。

　されど面倒はごめんだ。

　朝矢は困惑した。