マナ・ヒスタリアという人物
″今日のアンタ、いつもよりおかしいから″
カノンお嬢様のその一言で、俺は自室らしき場所へと放り込まれた。
……いつもよりって何だよ。
一瞬疑問に感じたが、それより確かに今日はいろいろあっていつもより疲れてる。
お言葉に甘えて、休ませてもらおう。
ボスンッ!
思ったよりも柔らかく心地良いベッドに飛び乗ると、早くも睡魔に襲われそうになる。
んー、まだダメ。
頭ん中、整理だけでも……しねぇと。うん。
すでに寝る寸前の頭を軽く振る。
こりゃ姿勢が悪いな、起き上がるか。
むくり。
重たい体を起こすと、目の前には――
「は!?誰だこれ!!?」
一気に目ぇ覚めたわ誰だこの美女!!?
思わず指で差したら、その美女も指を差した。
あ、なんだ。
よく見たら鏡じゃねぇか。
……この美女、俺だ!!!!!
「これも、神様のフォローってヤツ?」
恋愛…ってかBLになりたくないから、正直容姿はどうでもよかったんだが。
まぁ不細工よりは嬉しいか。
毎日鏡を見るのが楽しくなるしな。
いや~~~~~眼福だね!!!!
よし、脱ごう。
……いや犯罪じゃねぇよ!俺の身体だ!!
今俺がどういう状況にあるか知らなくちゃいけないからな。
仕方なくだ!!!!
パサッ
侍女の制服なのだろう、動きやすいし肌触りも良い。けれどボタンが多く、雑に扱ったらラインが歪んでしまいそうだった。
初日から破るわけにはいかない。
バサバサッ
スカートも脱ぐため、横についているボタンを外す。
ズボンより脱ぎやすいそれは、ファスナーを下ろすと重力に逆らえず一気に落ちた。
黒い上下の下着。
「マナ・ヒスタリア」
――――おまえはいったい、誰なんだ?
言葉遣いが乱暴でも何も言われない侍女なんて、普通ありえない。
そもそも主人公には、侍女など居なかった。
居るのは、バロメーターや好感度を教えてくれるのは主人公と同性である執事兼友人だった。
ていうかこんな美人、居たらもれなく攻略対象だろうな。
鏡のすぐ傍まで行き、片手で触れる。
小さい体だ、身長は150㎝を過ぎたくらいか。
これで背が高かったらモデルにでもなれただろうに、勿体ないな。
年齢は、そうだな18歳くらいか?
まだ20歳を越えてはいないだろう。
黒くて長い髪。
女の子はみんな好きだが、髪型は確かにこういうのが一番好きだな。
ゲームの中では見かけなかった髪だが、幼女が気を利かせたのか?
そして――身体。
小刻みに震える手で、後ろのホックに手を掛ける。
プツン
ハラリ
小振りな、けれど形の良い胸が現れる。
「…………やっぱり」
そっと胸に、心臓に手をあてる。
そこには痕が――神様に殺された傷痕が、痛々しく残されていた。
俺が死んだ証。
そして転生して……マナ・ヒスタリアとして生きていく、証だ。
残された傷痕が何を意味するのか。
今はまだ、何も分からないけれど。
「そういやカノンお嬢様、もうじき入園って言ってたな……じゃあ今はゲームの2年前か」
いずれ全てが分かるようになるのだろうか。
――まぁいい、今日はもう本当に眠い。
タンスをガサゴソと漁って見つけたパジャマに着替えると、俺はすぐにまたベッドに横になった。
とりあえず、お嬢様は明日からビシバシ鍛えるとするか。
明日からの期待と不安を感じながら。
俺は襲い来る睡魔に身を任せた。