09話
結果的に言えば期末テストは問題なく終わった。
なので残りは悠々自適に生活していればいいわけなのだが俺も、とならないのは微妙な点だ。
今日したいのは件の男子をチェックすることである。
それも藤原本人に気づかれることなく、その男子に怪しまれることもなく遂行しなければならない。
「で、なんで私に頼むのよ」
「いやほら、一年生男子君も渡部みたいな女子に話しかけられたらテンション上がるだろ?」
それに単純にコミュ力の差がある、そういう点で彼女の存在は心強いのだ。
「はぁ……葵ちゃんが気になるならそうと直接言えばいいじゃない」
「で、できるわけがないだろ、その男子のことが好きなのかもしれないんだから」
「じゃあなんでその男子君をチェックしようとするの?」
「それは……藤原に合っているかどうか確かめたくて……」
別にその男子が普通そうなら全然問題ないんだ、ただ、裏ではどうか分からないから尾行――少しずつでも確かめたいというだけで。
勿論、ずっと協力してもらおうなんて考えてはいない、今日だけだ、その後は自分の力で頑張っていくのだと決めていた。
「多分だけどあなたがやろうとしていることは逆効果よ、そうでなくても嫌われかけているんだからやめておきなさい」
「……別にそれならそれでいい、嫌われたって構わないぞ俺は」
「そう、なら一人で頑張りなさい、全部自己責任なのだから」
「……分かったよ」
俺は教室から移動して姉貴から事前に聞いていたクラスに行ってみた。
どうやら既に藤原はいないらしい。
というかそもそもの話として、俺はあいつの席すら知らないんだしどうしようもない気が……。
「藤原ってさ、ノリ悪いよね~」
「そうそうっ、こっちが誘っても『興味がないので』とか言っちゃってさ」
「ちょっと見た目がいいからって格好つけてるんじゃね?」
「あんたの見た目が悪いだけでしょそれは」
などなど、好き放題に言いまくる連中。
しかし、そこでこれまで本を読んでいた男子が近づき連中に言った。
「陰口とか良くないと思うけど」
勿論、連中は言われっぱなしではいられないのでごちゃごちゃ言っているがその少年はどこ吹く風、涼しそうな顔で連中を眺めていた。
言い逃げをするわけでもない、かと言って、連中を言葉でぼこぼこにするわけでもない強い人間、見た瞬間に分かった、彼が彼女の言っていた人間なのだと。
よく会話をしていると言っていたし、普段きちんと会話をしている分、良さを分かっているからこそ我慢できなかった、というところだろうか。
ぴーぴー騒いでいた連中も今日のところは退くことを選択したようで文句を言いながらも帰っていった。
連中の圧にも恐れずに誰かのために動けるなんて格好いいじゃないか、しかも藤原も悪くない反応を見せていたことだし、お似合いのような気がする。
「あれ、小泉くんまだ残ってたんだ」
「うん、本が丁度いいところでね」
どうやら校舎内にまだ残っていたようだ。
おぉ、藤原のやつ、男子君の前で乙女みたいな顔をしていやがる。
「あの、さっきから見ていたようですけど、誰かに用があるんですか?」
「小泉くん?」
「ほら」
何故か彼女の手を掴んでこちらに指を向けさせる男子君。
まあいい、もう俺の確認したいことは確認できたわけだから帰ろう。
だから彼にも彼女にも話しかけることなく昇降口へ行くはずだったのだが、
「待ってください!」
彼女に引き止められ足を止める。
「どうして教室の中を見ていたんですか」
「たまたま向こうの方から来たからなんとなく覗いただけだよ」
「嘘ですよね? さやかちゃんに聞いたんじゃないですか?」
「たまたまだって」
顔も整っているし、藤原のために動けるし、色々な意味で格好いい存在だ。
悔しさとかそういうのは一切なかった、つか、別に特別な意味で好きというわけでもないのだから当たり前と言えば当たり前だが。
「葵さん、その人は?」
「あー……先輩かな?」
「さっきの格好良かったぜ」
「ありがとうございます。でも、当たり前のことをしただけですよ」
か、格好いいじゃねえか……なんか逆に怖い。
「小泉くん、さっきのって?」
「本が落ちそうになったところをダイビングキャッチしただけだよ」
「あー小泉くんって本が大好き人間だもんねっ」
「そうそう」
余計なことを言って不安にさせることもしないとか、田村や沢村先輩系統の人間なのかもしれない。
見返りを求めることなく自然といいことができてしまうというか、少なくとも俺とは違って魅力的なのは確かだ。
「小泉くん、この人っていつから見ていたの?」
「五分前くらいからかな」
「ほらやっぱりっ、嘘つきじゃん!」
これって俺が悪いところを何回も見せていけば彼に集中していくのではないだろうか? 敢えて悪役を演じるというより素でそうなっているというのが正しいのが残念なところだが。
「だから信用できないんだよっ、あなたのことは!」
「葵さん」
「……なに?」
「久保先輩は君のために動いてくれたんだよ? こんなことを言ったら不安にさせてしまうかもしれないけど、君の悪口を言っている子達に注意をしていたんだ。僕は動きたかったけど勇気がなくて動けなかったからさ、なかなかできることじゃないと思うよ」
「え……」
……おいおいおい、こういうパターンかよ。
何故そんな嘘をつく、そして何故俺の名字を知っている。
「……本当、なんですか?」
「信じてあげて、先輩は君のために動けるいい人だよ」
違うだろ、俺こそ動けなかった臆病者だろうが。
良かれと思って言ってくれているのだろうが俺にとってはただただ己がどんだけ駄目な存在なのかを指摘されているかような行為だった。
「違う、違うぞ藤原」
「え?」
「俺は嘘つき野郎だ。そして、動けなかった雑魚でもある。注意したのはそいつだよ、俺じゃない」
もう嫌われようと構わなかった、なにより、自分がしたわけじゃないのに「そうだ」なんて言える人間じゃない。
「藤原、これは俺がこいつにこうして言うように頼んだんだ」
「は? さ、最低ですねっ」
「ああ、俺はお前に気に入られたかったからな」
「そんなことをする人を気に入りたくなんかありません!」
「ああ、分かっている」
気持ちはありがたいが変なことを言わない方がいい。
彼は間違いなく格好いいことをした、誇れとまでは言わないが自分がしてないみたいな言い方は勿体ないだろ単純に。
「久保先輩……」
「えと……こいずみだっけ?」
「はい」
「ま、これからも同じような生き方を続けてくれ」
藤原をよろしく頼むなんて言い方をしたら彼女が怒る、もし彼にその気があれば自分の方からそうあれるように動くだろう。
だからこれでいい、単純に彼の素晴らしい人間性を褒めたという形にしておけば問題はない。
「待ってください、どうしてわざわざこんなことを?」
「ん? ああいや、だって俺がそう頼んだだろ? なあ?」
俺にできる最大限の圧をかけて無理やり言葉を引き出そうとしたのだが、
「いいえ、僕は頼まれていません」
そうか、人間性の素晴らしい彼が認めるわけがなかったんだ。
「葵さん、久保先輩が言っていることは嘘だからね?」
「……もういいの、この人のことは信じられないし、信じたくないから」
おぉ、とことん嫌われたもんだな。
でもなんだろうかね、特に気にならないのは。
いやまあ、自分でも矛盾がすぎるのは分かっているがね。
「いいんだよ、俺は最低野郎なんだから。じゃあな、仲良くしろよー」
仮に彼にその気がなくても問題はないんだ。
ただただ純粋にその生き方を貫いてくれればいいと俺は思ったのだった。