08話
期末テスト前日、俺らは最後の詰め込みをしていた、なんら不安はないがどうせなら最後まで頑張った方がいいと判断してのことだ。
いまこの場所には藤原と姉貴がいる、まあ俺らの家なのだから姉貴がいるのは当たり前と言えば当たり前だが。
「ちかれた~」
シャーペンを放り投げて頭上で両手を組んだ姉の方を向く。
ちなみにこれで三度目だ、間隔は大体、十分くらいだろうか。
「頑張れよ、三日間を乗り越えたらすぐに冬休みだろ?」
「頭なでて」
「おう」
「ん……頑張れそうな気がする」
それでも頭を撫でてやれば頑張ってくれるので父親になった気分で接していた。
「ん? どうした?」
正面に意識を向けると天色の瞳と目が合った。
なにを考えているのかが分からないから直接聞いてみたのだが「いえ……」と小さく呟き彼女は顔を俯かせてしまう。
「あ。葵ちゃんもなでてほしいんじゃない?」
「そんなわけがないだろ、なあ?」
「久保先輩ってばか、ですよね」
また強調する形……。
それならと手を伸ばして彼女の頭を撫でてみた。
さらさらで温かくてずっと撫でたくなる感じがしたものの割とすぐに離す。
意外にも怒られなくて少し驚いた。
「あれ、葵ちゃんは怒るかと思ってた」
「俺もだ」
「なるほどねー、そういうことかー」
「どういうことだ?」
「ううん、こっちの話ー」
やはり俺には乙女心が分からない。
女じゃないから当たり前なのだとしてももう少しくらいは察してやりたいと思うのだ、だからいつかそうなれればいいと願っておいた。
それから一時間くらい集中してやって、今日のところは終わりの流れにする。
「さやかちゃん、私、紅茶が飲みたいです」
「おっけー! ちーくんも同じでいいよね?」
「おう、ありがとな」
「うんっ」
一瞬、後輩に使われる年上って……とも思ったがここは彼女の家ではないのだから普通のことだと割り切った。
「先輩」
「ん?」
呼ばれて向いてみるとまた目が合う。
他人の目を見て話せるというのは偉いと思う、残念ながら俺にはできないときがあるからな。
「……ください」
「撫でればいいのか?」
「な、なんで聞こえているんですかっ、ひゃっ……」
別にこれくらいだったらいくらでもしよう、なにかが減るわけではないし。
姉貴がカップを持ってきてくれるまで続けた。
だって全然やめろと言ってこないし、なんか面白かったからだ。
「あれ、葵ちゃんお顔が真っ赤だよ?」
「紅茶を飲んだからです」
「あ~確かに上気するよね」
つかよくこの熱々の状態で飲めるな二人とも、俺なんか子どもみたいに冷ましてからじゃないと無理だから少し羨ましい。
「だけどほんとにそれだけかな?」
「……うるさいです」
「あ、こらっ、年上の人にそんな言い方はダメだよ」
「さやかちゃんは寧ろ年下のように感じますけどね」
「はははっ、姉貴、言われているぞ?」
うん、実際のその通りだ。
だから変なことをしてきたり言ってきたりしても許せてしまう、こんな感じになってしまったのは俺のせいでもあるかもしれないわけだから強くは言えない。
「うぅっ……ちーくん慰めてぇ……」
「大丈夫だ、飯だって上手く作ることができるんだから欠点ばっかりじゃないだろ」
誰にでも優しく元気に接することができる彼女は人気、なのではないだろうか。
沢村先輩も特別な意味というわけではないが「こういうところがさやかちゃんの好きなところだよ」と言っていたことだし。
「ちーくん大好き!」
「ま、いつもありがとな」
姉貴がいるから安心して藤原も来られるわけだし、ここにいてくれる効果というのは十分高い。
「ということで満足したので、私は部屋に引きこもります!」
「おう、お疲れさん」
俺としてはあんまり藤原と二人きりにはなりたくなかった、理由は単純によく分からないことで不機嫌になってしまうからだ。
俺の放つ言葉の一つ一つに紐がついていて外れを引いたら――大抵は誤解だ勘違いだで済むがいつまでもそれが続くとは限らない。
「さやかちゃん、行ってしまいましたね」
「俺らはどうすっか」
残念ながらゲームとかはない家だ、単純に興味がないから勿体ないということで買ってこなかったため、少しだけ物悲しい結果となっている。
不思議と父も姉も俺も友人を家に連れてくるということが滅多にないため、これまではあまり問題もなかったのだが……。
「先輩、田村先輩や澪ちゃん以外に友達はできましたか?」
「おう、藤原葵って子と知り合ってな」
「へー――え?」
「俺らはもう友達だろ? 学校外でだって一緒にいるし、なんなら家にだって来てるくらいなんだから」
というか俺と渡部って友達なのだろうか、向こうはよくしてくれているがこっちはなにかをしてやれたわけではないしな。
それを言えば田村も同じ、いくら長い時間共に過ごしているとは言っても一方通行みたいなものだ、そこにちゃんと友情があるのかどうかは分からない。
俺が例え田村や渡部のことを友達だと思っていても相手にとっては違うなんてことも普通にあるわけで。
「違いますよ、私はあなたの後輩ってだけです」
「なんでそれに拘るんだ? 別にいいだろ? 俺がやばい奴なら良くないけどさ」
「やばい人じゃないですか、いきなり頭を撫でてきたりもしますし」
「それは藤原がやれって言ったから――言っておくけど、俺はホイホイとする人間じゃないぞ」
「嘘つき属性も追加です」
俺が嘘をついたことなんて――あ、強がったことならあったか。
本当は近づきたいのに相手が○○だからって距離を置こうとした。
彼女があそこにいてくれたから助かったものの、そうじゃなければ微妙な気分のまま過ごすことになっただろう。
ま、なんでもかんでも渡部の策略のような気がしてならないがいいきっかけを与えてくれたのだと感謝しておくことにした。
「そっちはどうだ、友達はできたか?」
「最近は男の子と話すことが多いですね」
沢村先輩や田村みたいな人間ならいいな――って、偉そうだが。
……なんでだろうな俺も、なんか落ち着かなくて自分にむかつく。
意外と惚れ性なのかもしれない、女子と二人きりになる機会はそうそうないので(渡部は別)意外と意識しているんだなと分かる。
だけどあれだ、勘違いだったとはいえ俺は彼女を汚物扱いしてしまったからな、そういうのもあって友達とすら思いたくもないのかもなってうだうだ考えた。
「――静かな感じの子なんです。私、どちらかと言うとうぇい系よりそういう人の方が好きなので」
静かな感じの人間が好きか。
ちゃらちゃらしている人間が全て軽いと言うつもりはないが静かな存在の方が誠実に感じるんだろう。
その内側はどうであれ、きちんと真面目に授業を受けていたり仕事をしていたりしているといいなって俺も思うときがあるし。
「どうせお付き合いをするならそういう人がいいです」
おっと、意外にも好んでいるらしい。
その男子の彼女になったらおめでとうと言ってやろうと俺は決める――と、決めたら決めたで彼女がここにいてはいけないのでは? という考えが浮上してきた。
とはいえ、そんなことをしたらあからさますぎるので彼女の自主性に任せることにする。
「あのっ、聞いていますかっ?」
「おう、聞いているけど」
「はぁ……自分から聞いておきながら上の空で……」
「だから聞いているって、隣の席の男子が好きってことだろ?」
あーあ、分かりやすく嫉妬しやがって俺め、これが非モテの弊害ってやつか。
「ほら、聞いていないじゃないですか。そういう感じの子が好きって言っただけですよ」
いまのは単純に言い方をミスっただけだ。
田村や渡部、姉貴と対するときよりも上手くできなくてむかつく。
「先輩はあの人と違いますね、あの人はきちんと聞いてくれますし」
「……そりゃそうだろ、俺はそいつじゃないんだから」
「自分から聞いたんですから、きちんと聞くべきだと思いますけどね」
「……なら、そいつのところに行ったらいいんじゃないのか?」
結局我慢しきれなくて口にしてしまった。
俺も丁度そう思っていたわけだし、彼女にとってもいいことだろう。
「どうせ姉貴もいないしな、テスト勉強も終わったことだし……いても意味ないしさ」
「意味ない、ですか?」
「ああ、少なくとも藤原にとってはな」
「じゃあ帰ります。すみませんでした、邪魔をしてしまって」
「気をつけろよな」
「どうでもいいじゃないですか、さようなら」
もうこっちを見ることすらなかった。
俺も引き止めることはせずにソファに寝転んだ。
「あれ、葵ちゃん帰っちゃったの?」
「さっきな、用事を思い出したんだってさ」
「ちぇ、今日も泊まってもらおうと思ったのに」
「ま、今度頼んでみたらどうだ?」
「うんっ、頼んでみる!」
そうなったら俺は田村の家に泊まらせてもらうことにしよう。