07話
「久保先輩、起きてください」
目を擦りながら体を起こす。
あれ、どうして俺は藤原に起こされているんだろうと考えて、
「って、なに勝手に部屋に入っているんだよ!?」
驚きすぎて長座体前屈の姿勢のまま飛び上がった。
別になにかいけない物があるとかそういうのではないが異性に起こされるというのはなんとも驚くものだ。
基本的に姉貴を起こす側なので、というのもある。
「む、なにかいけない物でもあるんですか? 具体的に言うとえっちな本とかそういうのがこの部屋にあるんですか? 私、そういうので欲望を発散させるのはよくないと思うんですけど」
なら生身の少女――例えば藤原とかで発散をさせればいいのか、なんて勿論言えなかったし、言おうともしなかった。
つか、そういうのは神に誓ってないので意味のない話ではある。
「いいから起きてください」
「分かったから部屋から出ていってくれ」
「なんでですか?」
「制服に着替えるからだよ」
「別にいいじゃないですか、パンツくらいできゃーきゃー言いませんよ」
うーん、やっぱりなんか見慣れているのか?
変なことをしているんじゃないだろうな藤原よ、もしそうだったら兄は泣くぞ、兄じゃないけど。
「いや、俺ノーパンなんだけど」
なのでこれで試す。これで照れたり慌てたりしたら変なことをしていないという証拠になる。
「変態っ! 最低ですね先輩は!」
「嘘だよ……そんな趣味はない、後輩を誘惑しようとなんてしないから安心しろ」
良かった……って、なんで良かったんだ? 俺ってばもしかして地味にこの後輩少女を狙っているのか? だから頻繁に家へ来るように誘っていたと? ……まあどっちでもいいか。
「……ここにいます」
「は? どうしてだ?」
「どうでもいいじゃないですかっ、早く着替えてください!」
こういうプレイだと考えたら――いや、早く着替えよう。
着替えたら二人で下に行く――前に姉貴の部屋に突入。
「姉貴ー……え、いないぞ……」
そんなことは有りえない、必ず俺に起こされないと起きないくらいだったのだ、もしかしたら沢村先輩の家に泊まっていたことで変わった可能性があるが……。
「あ、言い忘れていましたけど、もう登校しましたよ?」
「先に言えよ……」
「だ、だから言い忘れたって言ったじゃないですか!」
流石に飯なしだと約束と違うので食パンを焼いてバターを塗ってやった。
「ほら」
「ありがとうございます」
俺のは焼かずにそのまま食べる、これが最短で腹を膨らます方法だ。
「……あの、さっきはすみませんでした」
「部屋に来たことか? 別にいいぞ、エロ本とかそういうのなにもないからな、藤原が来たかったら来ればいい」
「攻略したいからですか?」
「そうだな」
仲良しになれればいいことが沢山ある。
それに彼女が家に来てくれている限り、姉貴が家にいるのもいいポイントだ。
「やめてください、私にその気はありません」
「なら藤原が振り向くまで頑張るかな」
それまではシンクを磨いていたのだが座っている彼女の方へ行くと面積の少ないパンを持ったまま固まっていた。
「どした?」
「……本気、ですか?」
「ああ、まあそういう高校生活も有りかなっと」
仲良くしたいという感情から藤原を彼女にしたいという気持ちの変化が起きるかもしれない。
俺も彼女も未来のことなんて分からない、なのでここで無駄だと割り切ることこそもう無駄だと思っているのだ俺は。
「ほら、食い終わったなら行こうぜ」
「久保先輩」
「ん?」
「嫌いです」
「ま、それならそれで好きになってもらえるよう――」
「なりません、先に行きますね」
ぴしゃりと言い捨てて彼女は出ていってしまう。
「わざわざそんな面倒くさいことをしなくてもいいのにな」
不機嫌になるきっかけが分からない。
まあいい、俺も早く学校に行こう。
「――ということがあったんだけどさ、これって俺が悪いのか?」
昼休みにわざわざ田村を呼んで朝の話をしていた。
こうして二人きりで話すのはなんか久しぶりな気がする。
「うーん、急すぎたんじゃないか? ふっ、不慣れさが出たな」
「はい……不慣れな人間がするべきではなかったです」
自分でも分かっているんだよ、変なことを言っているということは。
だけど会話の流れでどうしても滑ってしまうときがあって、言ってから毎回後悔しているというのが最近のことだ。
……ただ、藤原ももう少しくらいは柔らかい態度で接してくれてもいいと思うが、俺みたいなのが信用できないということならもうしょうがない、割り切るしかない。
いくら無駄じゃないと考えたところで相手が不快に感じていたら駄目だからな。
「ちなみに田村様はどうやって渡部と仲良くなっていったんだ?」
気づいたら渡部がいて、渡部の彼氏になっていたので聞いてみたい。
「休日に遊びに行ったり普通に会話したりしていただけだぞ」
「好かれるべくして好かれたってやつか、俺には無理そうだな」
毎回事ある毎に嫌われてるし俺、単純に相性が悪いのかもしれない。
「近づくのやめるのか?」
「んー、俺のことが嫌いみたいだからな、少なくとも俺の方から近づくことはしないつもりだよ」
「勿体ねえなあ」
「俺は田村や渡部ってわけじゃないし、しょうがないだろ」
テスト勉強だってあんまり一緒にやる意味もない、だって彼女は同学年じゃないし全然会話もしないから、おまけに一人の方が好都合とか言っていたしな――なんて色々言い訳をしておかないとなんかもやもやして仕方なかったから何度も重ねて、しかも田村には呆れた顔で見られていた。
「しゃあない、澪に聞いておくか」
「そういえば渡部と藤原ってなんか関わりがあるよな」
「まあな、昔からずっと付き合いがあるんだとよ」
「田村は?」
「俺はあんまりだなー、だから協力してやれなくて申し訳ない」
「仮に協力してくれていても変わらないだろ」
誰か藤原にとってびびっと感じる人間が現れたら違うんだろうな。
にこにこ笑って、どんどん一緒にいようとして、仲良くなって、付き合って。
別にそれは彼女の自由だし、仮に誰かと付き合うことになったら陰ながらおめでとうと祝ってやればいい。
「努、ここにいたのね」
「お、澪か、よお」
「ええ」
俺は先程食べ終わったパンの袋をくしゃりと握りしめて退散することにした。
「三橋、別に帰らなくても大丈夫だぞ?」
「いや、渡部に悪いからさ。ありがとな、話を聞いてくれて」
「おう、また困ったら言えよ」
「ああ」
それで屋上をあとにして階段を下りようとしたとき、
「先輩」
「うわっ!?」
彼女に声をかけられ、あまりに驚きすぎて踏み外すところだった。
こういう急襲プレイを好んでいるんだろうか、それが狙いならちゃんと君の思い通りになっているぞと褒めてあげたいところだが。
「近づいて来ないんですか?」
「ああ、藤原に嫌われているみたいだからな」
嫌いで好きにもならないが近づくことくらいはするということか、乙女心ってのが分からねえ……。
「ま、早く教室に戻れよな。それに体操座りをしていると下半身が危ないから気をつけろよ、スカートだって汚れるしさ」
「……ヘンタイ」
「別にそういう邪な目で異性を見るような人間じゃないぞ、俺は」
信用してもらうために頑張ることすらできないのが難点だ。
だけどこの短期間で彼女は答えを出したんだろう、だったらそれを汲んでやらないといけない。
「待ってくださいよ」
「おう」
って、なんで俺もそのまま突っ立ったままだったのか。
「先輩は一つ、誤解をしています」
「ん?」
「……嫌いだった、と言いたかっただけですから」
「待て待て、だってあの後、素っ気なく行っちゃっただろ?」
地味に寂しかったぞあれ、やられてみないと分からない辛さだ。
「言い方が悪くなって……なんか一旦、落ち着かせようと思って」
「つか……俺ってやっぱり嫌われていたのか」
「だ、だって急に変なことを言うじゃないですか、……可愛いとかそういうこと」
「もう言っていないだろ?」
「それに…………しないとか言うし」
「え?」
「……とにかくっ、変な誤解はしないでください!」
「分かった、だからあんまり大声を出すなって」
こっちの方が変な誤解をされる。
うーん、どうやら嫌われているようではないようだ。
またもや、なぜだか安心している俺がいたのだった。