05話
翌日の昼休みから少しだけ退屈ではなくなった。
そんなことを繰り返して更に一週間くらいが経過、そうすると話題はどうしても期末テスト関連のことになる。
ここでクリスマスとならないのが俺達らしいと言えた。
「へえ、勉強は得意なんだな」
「はい、一人なのが好都合なくらいです」
「俺は可もなく不可もなくって感じだな、聞かれていないけど」
「そうですね、先輩のは聞いてません」
このとおり、一緒にいてくれても反応はドライなままだ。
だからどうにかしてもうちょっとくらいは仲良くなりたいのだ、……敢えて不仲でいる必要はないわけだし頑張りたい。
「あー! いたー!」
突然響いた大きな声にぎょっとする。
藤原なんかは「きゅ、急襲ですか!?」とか言って慌てていた。
「ちょいちょいちょーい! どうして私のところに来ないわけ!?」
やかましい少女……女子、姉貴――さやかの襲来だ。
「だ、誰なのその子!」
「一年生の藤原……なんだっけ?」
「藤原葵です、よろしくお願いします」
そう言った後に天色の瞳でこちらを睨んできた。
いやだって渡部から聞いた情報でしかないから忘れていたのだ。
藤原という名字だって田村経由で知ったわけだし、自己紹介をしたの俺だけだし。
「どういう関係なのか聞いてるの!」
「うーん、先輩と後輩?」
「へ? 一緒にご飯を食べてるのに友達ですらないの?」
「そうだな、だって藤原が認めてないからな」
連絡先だって交換しているし、友達認定されていなくても構わないが。
「それより沢村先輩のところに行かなくていいのか? あの人って結構モテるから他の女子に取られるぞ?」
「いまはいいの、久しぶりに弟くんと話そうと思ったら教室にいないから……」
「連絡くれたら良かっただろ? 別に交換してないってわけじゃないんだから」
「ち、ちーくんから連絡してほしかったの……」
「分かった、今度からするよ。まあとりあえずここに座れよ」
姉を座らせて対面に立つと、まだ天色の瞳でこちらを睨んでいる藤原さんの存在に気づいて言う。
「言いたいことがあるなら言葉で伝えてくれ」
「別に、なんでもないですけど」
「その割には……冷たさを感じるんだけど?」
「勘違いですよ」
なにに怒っているんだろうか。
察する能力が残念ながら低いため、考えても意味はなかった。
「久保先輩」
「なんだ?」「なーに?」
「あ……さやか先輩」
「あれ、私の名前知ってるんだ」
「はい、澪ちゃんから聞きました」
みお……ああ、渡部のことか。
そこの繋がりもどうなっているのかが分からない。
分かっているのはちょっと重い話もできてしまう関係だということ。
「あの、先輩と二人きりで話したいので、いいですか?」
「うわーん! 後輩ちゃんが私をのけ者扱いする~……ちーくん、助けて?」
「甘えるような仕草と声音はやめろ」
女子がするのは質が悪い。
やられた瞬間に勢いが削がれるというのもある。
まあ今回は姉貴に怒っていたわけではないからあまり問題はないが。
「最低ですね、久保先輩は」
「ほら、姉貴のせいで怒られているじゃねえかよ……」
「いいからさやか先輩は帰ってください! 私はこの人に怒らなければならないことがあるんですから」
「……分かったよ、ちーくんまた放課後にね」
「おう、じゃあな」
って、待てよ、どうして俺が怒られなければならないんだ?
「久保先輩」
「おう」
「どうして、さやか先輩を、呼んだんですか?」
「いや、たまたま姉貴が来ただけだけど」
さっきだって探してた的なことを言っていたじゃないか。
藤原的には二人じゃ会話が続かないからと呼んだみたいに見えたのか?
「それにさっきのはなんですか、デレデレして鼻の下を伸ばして!」
「それは勘違いだろ……」
つか、嫉妬しているみたいに思うからやめてほしい。
「実の姉に欲情とかよした方がいいと思いますけどね!」
「実の姉じゃないぞ」
「え……」
「ちなみに父親もいるけどみんな血が繋がっていないな」
本当によく俺らを育ててくれたもんだ。
全然関係のない子どもを育てるのって普通の子育てよりも大変だろうに。
「あ、すみま――」
「謝る必要はないだろ。で、父親が仕事かなにかで出ていったから姉貴も出ていっていまは一人なんだよな。それで飯くらいなら提供できるからって藤原を誘ったんだけど見事に振られちまったよな」
清々しいほどの即答だったし、逆に気持ちがよかったぐらいだ。
「……誤解しないでほしいんですけど、私は別にあなたのことが嫌いというわけではなくてですね……単純に仲の良くない男の子の家に泊まるのが怖くて……」
「分かっているよ。俺も急すぎたからな、悪かった」
「あの……その話っていつまで有効ですか?」
「んー、藤原に気になる男ができるまでだな」
流石に気になる男がいるのに違う男の家に入り浸っていたら不味いだろう。
恋をするときに変な印象を与えても嫌だし、この選択が正しいはずだ。
「あははっ、それなら大丈夫ですよ、気になる男の人なんてできないと思いますからね」
「そうか? 藤原はともかく、藤原のことを好む人間は普通にいそうだけどな」
「お世辞を言ってもなにもあげませんよ? あ、あそこで注文くらいならしてあげますけど」
意外とまだ一緒に行ってくれる気はあるみたいだ。
面倒見がいいのかもしれない、姉貴とは違う点だと言える。
「いや、中身は知らないけど見た目はいいと思うけどな」
完全に暴走していると自分でも分かった。
なにを言っているんだ俺は、後輩を口説いてなんになる。
散々踏み込まないとか言っておきながら変なことをしていないと分かった瞬間にこれかと、自分に呆れた。
「……先輩、自分がなにを言っているのか分かってます?」
「分かっているぞ? 藤原が可愛いってことだろ?」
もうこの際だから重ねておくことにする、これでもし嫌われても思っていることを口にできたのだからいいということにしておこう。
とかく、顔を赤くして照れている姿とか「なんなのこの人」とか呟いている柔らかそうな唇とか、具体的に言えないのはあれだが可愛いと思うが。
「やっぱり当分あなたの家に行くのはなしです! いまのまま行ってしまったら私の身が危ないので!」
「悪かったよ……」
いまのは半分やけみたいなものだし、本気にされても困る。
矛盾しているかもしれないが別に好かれようとして言っているわけではない。
「……冗談ですよ。でも、変なことを言うのはやめてください」
「分かった、やめるよ」
「そうしてください」
そこで予鈴が鳴ったので後輩とのお楽しみタイムは終了、……お楽しみタイムなのかは分からないがまあ悪い時間じゃないのでそういうことにしておこうと思う。
「それではまた放課後に」
「え?」
「む、えってなんですか?」
「いや、会ってくれるんだなと思って」
「勘違いしないでください。どこかで勉強しませんか? 図書館とかどうです? あ、図書室でもいいですけど」
つれないような優しいような、彼女の扱いはどうしたらいいんだろうか。
あとは姉貴の用も気になる、とはいえ、こうして誘ってくれているのに断るのもはばかられるので、
「それなら図書室でやっていくか」
藤原からの誘いに乗ることにした。
別に姉貴は家族だし、話そうと思えば話せるわけだしな。
おまけに藤原の気が変わって家に来るようになった場合は姉貴と沢村先輩には悪いけど家へと連れ戻すつもりだ。
そうすれば藤原だって緊張はしないはず。
「はい、それでは放課後によろしくお願いします」