04話
十二月。
あれから一週間くらい経過した。
そして、向こうが近づいて来ることもなくなったわけだが、
「気になるじゃねえかよ……」
なんか危ないことに巻き込まれていないか、とかそういうの。
最高に偽善で矛盾で最低最悪のクソ野郎だとしても来なければ来ないで心配になる。
とはいえ、別に彼女は俺の友達というわけでもないから行くこともできないでいた、そも、一年の何組かすらも分からないし。
というか、俺は「待っていればお金を貰えますから」としか聞いていない、単純に父親との約束だった可能性もある、あるいは相手が同性だったり――なんて可能性は限りなく低いがそうであってほしいと何故か願っていた。
渡部が田村の名前を出したのも危険はないと判断してのことだったんだろう、彼は派手な見た目だがいい人間なので俺も信用している。
相手が彼なら安心――できる限り渡部のためにやめてやってほしいが……変な人間に絡まれるくらいならその方がマシという話だ。
「どうしたの?」
「あ、渡部」
最近はこうして話す機会が本当に多くなった。
あの口約束があることから彼女からは言ってこないと思うのでそれとなく説明をしておいた。
「ふふ、心配なのね」
「そりゃまあな」
なんかあいつってオーバーリアクションをするときがあるし、他人を不快にさせて怒られていないかとかどうしても気になる。
「会いに行ってあげればいいじゃない」
「あれ、この件については言わないんじゃなかったのか?」
「あなたから切り出した場合は話は別よ」
「そもそも何組なんだ?」
つか渡部と藤原の関係性は? 細部まで理解しているようだけどそれはどうしてだ?
いやまあ、俺程度の人間にも話すくらいだ、同性の渡部に話していてもおかしくはないけどな。
「しょうがないわね、呼んであげるわよ」
「え、は? べ、別にそこまで会いたいわけじゃ――聞いてねえ……」
彼女は教室から出ていってしまった。
もし本当に渡部が藤原を呼んだ場合のことを考えて俺は教室から出ていくことはせず席に座って待っていようと選択をした数分後、訪れた彼女は斜め前の席に座ってこちらを見てきた。
「寂しかったんですか?」
いきなりな挨拶だ。
ただ、似たようなものではあるので認めておいた。
「私は必要のないことだと思ったので来ていなかっただけですけど」
「だろうな」
俺といて時間を浪費するくらいだったら他の人間といて金を得た方が有益、ということだろう。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「別に俺は特に用事はなかったんだけどな、渡部が勝手に呼んだんだ」
そんで勝手に安堵しているんだよ。
こうして元気に生きてくれているならこのままでいい。
「用がないなら帰りますけど」
「悪いな、無駄なことをさせて」
躊躇なく席を立ち、教室から出ていった。
「ふふ、信用されていないのね」
「ああ、そうみたいだな。ま、俺も汚えとか思ってしまったからな。そういうのが出ているんだろ、雰囲気にさ」
「汚い?」
「……だったらまだ隠れてバイトでもしていた方がマシだろ? 金を得る形が不味いっていうかさ……」
そりゃ分からない、藤原の気持ちなんて。
俺の父は血の繋がっていない俺と姉貴――さやかを大切に育ててくれた、少なくとも“普通”の生活をする分には困らないレベルでだ。
彼女の父親が大切に育てていないなんて言うつもりはない、シングルファザーだからこそ頑張ろうとはしてくれているのだろう、が……まあ、職種によって給料の違いとかがあったりするからな、歯痒い現実と戦う羽目になるのかもしれない。
でもだからって、そんな言い方を悪くすれば身を売る形で稼がなくたっていいだろうにと言いたくなってしまうのは勝手だろうか。
それこそ姉のように知っている人を頼ればいい、渡部とは関係があるみたいだしな。
「月何万円貰っているとか知っているのか?」
「さあ、どうでしょうね」
「別に飯くらいなら提供してやるんだけどな」
「なら提供してあげればいいじゃない」
「誘ったら断られたよ。それに、そういう変な奴らと同じことをしたんだなって思ってあのときは掃除をしていたんだ、自分を綺麗にしておきたかったんだよ」
誰かのためじゃない、全ては自分のために動いている。
彼女を心配していたのだって、内で汚物扱いをしてしまった罪悪感があったからだ。
そう感じてしまった自分を消すために行動、発言をしているわけでしかない。
「あなたとあの子のために一つだけ教えてあげるわ」
「おう」
「言っておくけれど、相手は女性よ?」
「そうか」
相手が男よりかは安心できるか。
つかなんで俺もここまであいつのことを考えているんだよ。
罪悪感があるのは確かだが、なんか常に考えているような気がする。
「不特定多数というわけではないの。一人の人とずっと会っている」
「いまので二つだぞ?」
「ふふ、これであなたが危惧していたことはなくなったわね」
まずどうしてそれを渡部が知っているんだろうか。
ここで「ちなみに私よ」とか言ってくれれば……。
「ちなみに、その女性は彼女の元母親ね」
「は!?」
なるほど、それだったらおかしくはないか。
何故、父親の方に付いて行ったのかは分からないが。
「なんだよ……紛らわしい言い方をしやがって、これじゃあまるで俺が悪者みたいじゃねえかよ……」
「ふふ、ならきちんと謝ってあげなさい」
「あのさ、付き合ってくれないか?」
「努の彼女だから無理ね」
「そ、そうじゃねえよ! なんか知っているんだろ藤原のこと」
「分かっているわよ。でも今日はもう無理ね、毎週水曜日に会う約束をしていると言っていたから」
それを分かっていてどうして渡部は彼女をここに呼んだんだ?
どいつもこいつもよく分からないことをしやがって……。
「そろそろ帰りなさい、もっと暗くなると寒くなるわよ?」
「渡部を送ってってやろうか?」
「やめなさい、親友の彼女を口説くものじゃないわよ」
「いや、毎回部活が終わるのを待つってのもそれこそ寒いだろ?」
「だったら十九時過ぎにあの店の外で待っていてあげなさい。あの子、母親に会った後は一人だから」
「えぇ、俺が行っても気持ち悪がられるだけだろ」
「そんなことないわよ。それじゃあね」
とかなんとか言ったのに……。
「なんで俺も待っているんですかね律儀に」
現在時刻は十八時五十分。
律儀に一回帰ってのんびりとした後にわざわざ出てきて寒い中待っている、という形になっている。
他のお客が出てくる度に彼女がどうかを確認し、そうじゃなければ店の壁に寄りかかって時間をつぶす。
「うぅ……寒いなあ」
どうやら目当ての人物が出てきたようだった。
驚かせないようにあくまで通りかかった体で彼女の前を歩いてみせた。
「せ、先輩っ!? どうして……」
「おお、藤原か! いや、あれ以来ここにハマってな、家に帰ってからも落ち着かなくて来ちまったんだよな」
最後に飲んだコーヒーが苦すぎていい思い出の場所ではないのだがそれっぽい理由をでっち上げてみた。
「なあ、寄っていかないか?」
「でもいま出てきたばかりで……」
「頼むよ、一人じゃやっぱり落ち着かなくてさ」
これは純粋に心からの言葉だ。
だって呪文みたいな注文をしなければならないんだろ?
おまけにここがメインの目的というわけではないのだから。
「一人でも気にならないようなことを言っていませんでしたっけ?」
「頼む! その後は送ってやるから!」
「……仕方がないですね、いいですよ」
「さんきゅ! コーヒーくらいだったら奢ってやるからさ」
「そういうのはやめてください」
「いや、これは対価だろ」
別にこういうのだったらやましくはないはず。
つか、していないって分かったわけだしな。
彼女は微妙そうな顔をしながらも俺と一緒に店内へと入ってくれた。
寒い場所から移動した店内が暖かいのもあって、彼女の頬は少しだけ赤かった。
「どれにするんですか?」
「最安値で頼む」
「なんですかそれ……無理しない方がいいですよ」
「いいから頼むよ、金はこれな」
店の人や嗜んでいる人には悪いがコーヒーなんかぶっちゃけどうでもいい。
別にこれもまた彼女を狙っているということではなく、夜に一人は危険とか、疑ってしまった自分を少しでも軽くさせるためだけでしかない。
「なに立ってるんですか? もう受け取りましたけど」
「お、おお、席に座って飲むか」
近くの空いてた席に座って彼女から受け取ったのをちょっと飲んで、
「あっち!?」
「ああもう気をつけてくださいっ」
「……やっぱりこういう店に俺は来るべきじゃないな」
俺には無理だ、ここで楽しむには俺のレベルが低すぎる。
そもそもコーヒーなんて家でインスタントのを飲んでおけばいいのだ。
「そんなことないですよ、先輩みたいな人が来てハマってくれるのが一番じゃないですか、今日だってハマったから来たんですよね?」
「いや、俺は単純に渡部から聞いてお前を家まで送りに来ただけだ、コーヒーは家で飲んでいれば十分十分」
よく考えたら繕うのは最初だけで良かった、だというのに変な言い訳を作って店の中にいると、馬鹿かよ。
「……え、わざわざ来てくれたんですか?」
「ああ、まあな」
「ど、どうして?」
「自己満足だよ、主な理由は藤原への罪悪感を薄れさせるために……かな」
「罪悪感……」
「勝手に汚いことだと想像してしまったからな」
口にしていない分にはまだマシだと思う。
だけどきちんと聞こうともしないで俺ときたら……。
「ああ……紛らわしい言い方をしましたよね私も。最近はそういうのもあるみたいですけど、私のは断じて違いますから」
「ああ、分かっている。悪かったな、疑って」
しっかり感謝も謝罪もできる人間性で良かった。
「……それなら飲んだらすぐに帰りましょうか」
「そうだな」
コーヒー一杯くらい全く時間はかからない。
だから割とすぐに店から出て、俺らは夜道を歩いて。
「先輩」
「ん?」
「連絡先、交換しましょう」
「いいのか?」
「はい」
それならと交換させてもらった。
これはもう友達になれたと考えていいのだろうか。
「藤原、俺らは友達か?」
「違います、先輩と後輩ですね」
「ならどうして?」
会社の上司と後輩みたいなものかもしれない。
まあでもこれで二個目の異性の連絡先をゲットということで少し嬉しい。
「いきなり来られたらストーカーみたいで怖いので。来るなら連絡をしてからにしてください、あと、変な嘘とかつかないでくださいね」
「はは、悪い。いきなり声をかけたら犯罪だって言っていたから今日はしっかりと前を横切ってみたんだけどな」
気づいてくれて助かった。
もしそうじゃなかったら寒い中、待っていたのが意味なくなるから。
「……別にいいですけど」
「声をかけても大丈夫なのか? 学校でも?」
「はい、いいですよ。先輩は寂しがり屋なようですから、暇なときは相手をしてあげますよ」
「それなら明日から世話になるかな」
田村は他の男友達や渡部と飯を食べるので昼休みは一人で意外と寂しいんだ。
もしかしたら彼女を誘って一緒に食べられるかもしれないってことだし、悪いことばかりじゃない、なんだかんだいって誰かと食べる飯が一番美味いからな。
「ま、真っ直ぐに受け取るんですね……怒らないんだ」
「別に怒る理由もないだろ」
「……いいから帰りましょう」
「はいよ」
彼女を送って俺も帰ったのだった。