13話
体を起こすとまだ部屋は暗闇に包まれていた。
スマホを確認してみたら現在の時間は午前五時、俺にしては早い起床だ。
「終わってしまえばなんてことはないな……」
仮に一人で家にいたとしても二十五日から二十六日に変わってしまえばこんなものか、そもそも最近の『クリスマス』ってやつは勝手に後から作ったような文化なわけだしな。
とにかく寝る気も起きないので適当に飲み物を飲んだり昨日は食べなかった飯を食べたりして過ごした。
「あれ、本当にあの二人は家にいるんだよな?」
が、七時を過ぎても九時を過ぎても彼女達が下りてこない、もしかしたら昨日のは全部妄想だったんじゃないかと構えたのが十時過ぎだった。
「……おはようございます……」
そしてそのタイミングで後輩の方が下りてきて妄想ではなかったのだと証明される。
つか起こしにいってやるべきだった、姉貴をな。
「おはよ」
「はい……え、もしかしてそこで寝たんですか?」
「まあな」
「だめですよそんなことをしたら、風邪を引いてしまいますよ?」
「大丈夫だ。別に初めてというわけじゃないし、そこまでやわじゃないしな」
彼女は横に座ってきて俺の服の袖を掴む。
察する能力の低い俺でも彼女の言いたいことが分かった。
「なるほどな。悪かった、今度からはしないよ」
「……ちょっとなにを言っているのか分からないですけど」
「姉貴とはいつまで起きていたんだ?」
「二時くらいまででしょうか」
「はは、長起きだな」
「……なぜキスをしなかったのか、ということで言い争いになりました」
キスなんか無理、名前を呼ぶだけであのドキドキ状態だぞ。
抱きしめてしまったのだって勢いがあったからできただけだ。
……田村や渡部はどう過ごしたんだろうか? あの二人の親密具合だとやることをやってしまっているような気がするが。
「もしもし?」
「あ、いま大丈夫か?」
「おう、大丈夫だぞ」
ということで電話で確認。
「田村、昨日渡部とどのようにして過ごした?」
「は? 普通に飯を食べたり話したりしてだけど?」
「あー……あれだよ」
○○○とかしたのか? なんて言えるわけないから濁した言い方になった。
「あ、なるほどな。そうだな、性行為はしていないぞー」
「へえ、しなかったのか?」
「仮にしてても言わないだろ普通、三橋こそどうやって過ごしたんだ?」
「昨日は葵と過ごしたな」
「おぉ!!」
う、うるさっ!?
名前呼びをしている点も大きいのかもしれない。
長年一緒にいる田村のことだって名字で呼んでいるんだからな。
「あ、悪い……つか、いつの間にそんなに仲良くなってたんだ? 澪から聞いていた限りでは嫌われていたみたいだったが」
「それがよく分からないけど昨日仲直りしてな」
「ふぅん、てことは昨日いちゃいちゃしたってことかっ?」
「ああ……まあ勢いで抱きしめたりもしたな」
「年内に必ず家に行くからそのとき教えてくれよ」
「お、おう……それじゃあな」
通話を切ってスマホを置いた途端に後悔した。
別にあのカップルの裏事情なんてどうでも良かったじゃないかって、結局俺が吐かされただけじゃないかこんなの。
「どうして急に田村先輩に電話をかけたんですか?」
「いや……あのカップルって仲がいいだろ? だからキスとかしたのかなって確認しようとしてさ。葵は姉貴とそれで言い争いになったって言っていたからさ……」
俺が陽キャで経験豊富だったらリードしてやれるんだが残念ながら非モテの不慣れなので上手くできそうにない。
「す、するべきだったんでしょうか?」
「いや、俺らって別に付き合っているわけじゃないからな、女友達と一緒にいたってだけでさ」
「……女友達に抱きついたりするのはありなんですか?」
「うっ……あれは……」
名前を呼んだ程度で我慢しておけばそれで割り切れたのだが……。
「へ、下手をすれば『セクハラだー!』とか言われかねない行為ですよね?」
「はい……すみませんでした」
「別に謝ってもらいたいわけじゃないですけど、女友達に抱きついたりするものでしょうか?」
これは誘導尋問をされているのだろうか。
そういう感情が多少でもないと抱きしめたりしないよね? と、今度は逆に俺の方が聞かれているということだ。
昨日は勇気を出すことができずに好きなんじゃないかなんて言えなかった、気になっているんじゃないのかという問いに彼女はそうかもと返してきたわけだった。
自分だけ吐かされている状況が嫌とか恥ずかしいとか、そういうのもあるのかもしれない。
「……そりゃなにも思っていなければあんなことをしないだろ、つか、気になったから小泉がどんな人間なのかを確認しに行ったわけだし」
「あ、そういえばどうして小泉くんに頼んだとか嘘を言ったんですか?」
「……どうせ誰かのところに行くなら小泉みたいないい奴のところに行ってほしいと思ったからだ」
変なちゃらい軽薄そうな男を彼氏にしたら凹む、自分が選ばれないのだとしても口実がほしいんだ。
例えば小泉みたいな人間が相手なら、俺はあいつみたいないい奴じゃないから、みたいな諦め方をすることができる。
しかし軽薄そうな人間相手だと俺の方が態度はしっかりしているのに、とか変な感情が出てきてしまうので困るわけだ。
「あはは、余計なお世話ですよ~。だって……私はこうしてここにいるじゃないですか」
「だけど、小泉の前ではめちゃくちゃ乙女って感じしてたぞ?」
「千尋くんの前では違いますか?」
「おう。急に不機嫌になるし、あんまり笑ってくれないしな」
上手く説明できないが常ににこにこしていて少し甘えの色も感じさせるような状態、だろうか、少なくとも俺の前では全然見せてくれない彼女の一面だ。
でもまああれだ、昨日の夜は少しだけ甘えてくれていたのかもしれない。
呼び捨てにしても、抱きついても怒らなかったから。
「千尋くんだってあんまり笑ってくれないじゃないですか」
「そうか? 俺は常ににやにやしているけどな」
「き、気持ちが悪いです……」
「葵」
気持ちが悪いと思われているのならもっと気持ちが悪いことを言ってやろう。
「す、すみません」
「違う、俺は葵に笑っていてほしいと思ってな」
「……よ、よくそんなことを言えますね」
「どうだ? 気持ちが悪いだろっ?」
「あははっ、どうしてそこでドヤ顔なんですか」
どうしてかなんて分からない。
俺が彼女を気に入った理由も、ただ名前で呼ばれたくらいで固まった理由も、こうして話しているだけで落ち着く理由も、一歩踏み込みたい、ここで決めたいと思ってしまう理由も全て。
「葵」
「はい?」
「好きだ、よく分からないが」
「最低ですねー、好きになった理由が分からないなんて」
悪口を言ったわけじゃないのにすれ違いになって、だからせめて彼女が好んでいるタイプの人間を確認しに行って、更に状態が悪化して、何故か仲直りができて、毎回毎回訳の分からないことばかりだったわけだが、近づこうとした理由だけははっきり分かっている……はずだ、多分、少しくらいは……。
「勘違いだと分かったときから気になりはじめていたんだよなあ」
なんかそれですっげえ安心したんだよな。
で、隣の席の男子とよく話すとか言われて嫉妬した。
口に出すようなことはしなかったが内心では複雑さと戦っていたわけだ。
「私が変なことをする人間だと思われたのは心外です」
「紛らわしい言い方をするからだろ?」
「ここにいたらお金が貰えますから」なんて言われたら誰だってそういう類の人なんだなって疑いたくもなる。
「あ、いや、もしかしたら初めて出会ったときからそうだったのかもな」
「初めて……あ、自動販売機で頭をぶつけたときですよね!? もしかして……女の子に意地悪をして喜ぶ人ですか?」
「違うよ、それに俺は葵に悪口を言ったことなんてないけどな」
「あれ? そうでしたっけ? 汚物扱いをしたとか言っていませんでしたっけ?」
「あーまあ……謝ったから!」
渡部の前では藤原も馬鹿だよな的なことを言ってしまったわけだが別に本人に直接ぶつけたわけではないしノーカウン――にはならないか。
「悪かった!」
「傷つきました、家を出ます」
「そ、そもそも葵の家じゃないからな」
「……あの、付いてきてください。荷物を持ってきたいので」
「は? あ、六日まで泊まるのか?」
「さやかちゃんから誘われたので……それに誰かさんは私がいないとすぐに勘ぐって嫉妬をしてしまいますから」
「はははっ! 分かったよ、それなら行くか」
俺たちはすぐに出て彼女の家に向かい、少し大きめな荷物を持って自宅へと帰ったのだった。




