12話
「藤原、本当にそんなのでいいのか?」
家へと帰っている途中で俺は彼女に聞いた。
「はい、これが一番欲しかったんです、ありがとうございます」
彼女はサメのぬいぐるみをぎゅっと抱いて可愛らしいことを言ってくれた。
だが、俺としてはもう少しくらい特別な感じのプレゼントにしたかったのだ。
幸い、金は欲深くないおかげで貯まっていたわけだし、わざわざクリスマスに付き合ってくれたお礼として三千円ぐらいの物でも構わなかったのに彼女が選んだのは千円ちょっとのこれだった。
いや分かる、別に値段が安い=心がこもっていないというわけではないがこればかりはなんともなあ……。
「ただいま」
「お邪魔します」
家に着いて彼女に飲み物を手渡した後ももやもやもやもや、落ち着かない。
「落ち着いてください、こういうのは気持ちじゃないですか。大体、私はお金がなくて買ってあげられていませんし……」
「俺はいいんだよ。でもさ、異性に贈るクリスマスプレゼントと言ったらもう少しくらいな……」
「返すときに大変になるだけですから。それにこれが一番本当に欲しかったわけですからね、それこそ宝石とかよりもよっぽどですよ」
サメのぬいぐるみを買えば満足してくれる女の子がどれくらいいるだろうか。
仮に他にもいたらその相棒は楽そうだ。少なくとも金銭面で、ではあるが。
「たっだいまー!」
「あ。姉貴おかえり」
「うんっ、ただいま! 一人だと寂しいだろうと思って帰ってき――え?」
「ああ、なんかよく分からないけど仲直りができてな。な、藤原」
「……さやかちゃんは沢村先輩の家に泊まる予定だったんじゃ……?」
姉貴が帰ってくるくらい普通なんだからなにもそこまで驚かなくても、というのが正直な感想だった。
「ちょっとちーくん、これはどういうこと!?」
「どういうことっていま言っただろ? 仲直りできたから呼んだだけだけど」
「なにか用事があるって言ってたけど、こういうことだったんだ……」
「違うぞ、姉貴が家に沢村先輩を呼ぶなら外にいようと思っただけだよ」
だって屋内でいちゃいちゃされていたら嫌だろうが。
仮に姉貴が俺と同じ立場だとしても似たような選択をすると思うが。
「うわーんっ、ちーくんのばかー!」
「待て待て、泣くな叩くな落ち着け」
「ぐすっ……頭撫でて?」
「はいよ」
もしかしたら沢村先輩といい雰囲気になれなくて帰ってきたのかもしれない。
そう考えると途端に可哀相に思えてくるし、ぶっちゃけ、もう異性と二人きりで過ごすということは達成できたので満足していた俺は姉貴を満足させることにした。
だから俺は彼女の頭を撫でたり、肩を揉んだりと、今年も世話になったありがとうと伝えるために頑張った。
「ふぅ、満足したぁ」
「良かった」
「ちーくん、お腹へってない?」
「あーまあそこそこって感じか」
学校帰りにそのまま出かけたわけだから俺らはなにかを食べたわけではない。
って、なにか食べてくるべきだったのかもしれない、少しいい感じの店で異性と雰囲気良く――なんていいだろうしな。
「藤原はどうだ――どうした?」
餌を口に溜め込んだハムスターみたいになっていた、簡単に言えばぷくぅと頬を膨らませこちらを睨んでいた。
「……先輩のばか」
「悪い……」
これは紛れもなく嫉妬していると捉えてもいいだろう、というかそうとしか思えない。
「姉貴、今日は飯いいわ」
「むぅ、ちーくんが言うならしょうがないよね。というかっ、空気の読める私は部屋に引きこもります! 二人でゆっくりしてください! あ、えっちなことはしちゃダメだよ?」
「しないよ」
俺らは別に付き合っているわけじゃない。
今日の雰囲気こそ甘いものの、油断をしているとまた不仲な状態に戻りかねない。
だから空気が読めるなら最後に変な置き土産を残してくれない方が良かった。
「すみません……なんかもやもやして……」
「いや、せっかく藤原が来てくれているのに姉を優先するのは間違っているからな」
「ありがとうございます。だけど、なんででしょうか……」
「なんでって言われてもな……」
対象が他の異性と仲良くしてもやもやするってそれはつまり多少でも嫌だということだろ? って、それを俺に聞くのはおかしい気がする、これもまた非モテの弊害なのかもしれない、そう考えるとモテないのも微妙だな。
「こんな気持ち初めてなので分からなくて……」
「自分で言うのもなんだけどさ、俺が他の女子といると気になるってことだろ?」
「まあ……そういうことでしょうか」
「それってさ、俺のこと好――き、気になっているんじゃないか?」
うんまあ、自分で言っててなにを言っているんだこいつとは思ったものの、正直なところを吐いてみたら先程のもやもやが少し吹き飛んでくれた。
藤原は小さな声で何度も「私が……?」と呟いていたがやがて天色の瞳をこちらに向けて口を開く。
「そうかも、しれませんね」
今回は嫌いとか言われなくてよかったが今度はそんなことを言われてどぎまぎというか変な感じだ。
決してクリスマスだから、とかじゃない、しかし、ここはちゃんと動いておくべきだろう。
「あ、あお……」
「はい?」
「そのサメって青い、よな」
「そうですね、今更ですか? って感じですけど」
無理だ! 田村とか渡部とかって凄すぎる。
たかだか名前を呼ぼうとするだけでこれって、抱きしめるとかキスとかできるのかよって内で嘆いた。
「あ、そうだ、ちょっといいですか?」
「お、おう」
「すぅ……ふぅ、千尋くん」
「は……い」
「あははっ、なんか逆転していますね立場が」
いやだからさ、そういうのは良くないと思うんだ俺。
急にそんなことを言われたら心臓が止まりかねない――は大袈裟だがびっくりして落ち着かなくなるのでやめてほしかった。
だからついつい敬語になってしまって笑われて恥ずかしくなって、情けないことに数分の間俺はなにも話せずにいた。
「なにも言えなくなるくらい驚きましたか?」
「……当たり前だろ。つか、いま俺から呼ぼうと思ったんだけど……」
「呼んでください、もう怒らないですよ」
「……葵」
「はい、葵ですよ~」
ああやべえ……抱きしめたくなってやべえ。
「あっ……」
んで実際に抱きしめていてやばかった。
いまは大人しくしてくれているが以前までの彼女ならここでなにかを吐いてどこかへと行っていることだろう。
「……これが葵からのクリスマスプレゼントってことで」
かなり気持ち悪いことを言っているのは分かっている。
でも、そういう名目なら彼女だって許してくれるんじゃないかって思ったんだ。
「だから葵がするなって言うなら今日限りでもうしないから安心してくれ」
それでも一応葵のことを考えているんだということを伝えておく。
ただ、これも含めて全部自分のためなんだから質が悪いと言えてしまう。
「……プレゼント、ですよね?」
「ああ」
「だってほらっ、私は買ってもらったんですからお返し……しなければならないですよね?」
「説得力がないかもしれないけど、別によかったけどな」
「あはは、ほんとに説得力がないですね。だって、私から強制的に……貰っているじゃないですか」
「まあ……そうだな」
嫌われるだけなら全然いい。
だが、下手をすれば通報されかねない完全なセクハラ行為だ。
「あの、千尋くんはどこを気に入ってくれたんですか?」
「うーん、それが分からないんだよな、気づけばなんか気になっていてさ」
誤解だと分かった瞬間に分かりやすく嫉妬したりなんかもしたよな。
本当は嫌なのに彼女が望むならしょうがないとか割り切ろうともした。
でも駄目だった、だって結局こうして一緒にいるんだからそれが答えだ。
「えぇ……はっきりしてくださいよ」
「それなら笑顔が魅力的だからかな」
「自分じゃ分かりません……」
「まあいいだろ、変に分かるとせっかくのあれがぎこちなくなるからな」
「んーそうですね、そういうことにしておきます。ということでさやかちゃんの部屋に行ってきますね」
「おう、相手してやってくれ」
良かった良かった、このまま二人きりでいたらどうにかなりそうだったから。
簡単に言えば……まあキスとかしたくなっただろうから。
「あ、千尋くん」
「ん?」
「……今度ちゃんと返しますから」
「はは、いまので十分だぞ」
「そういうわけにもいきません、それではおやすみなさい」
「おう、おやすみ」
……ん? なんか自然と泊まることになっているみたいだが……まあいいか。
ソファに寝転んで俺も寝ることにしたのだった。




