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ナイフ術

 時間感覚は分からないのだが、太陽の位置からして今は日本時間で言うところの15時くらいだろうか。

 もう少しすると暗くなるかもしれないと判断した俺は、ナイフ術の効果を確かめることにした。

 罠で捕らえて仕留める方が安全なのだが、罠に掛かるまでの時間を考えると効率的ではない。

 俺自身が戦えるとなれば、その方が効率的なのだ。


「……なんか、賢者からどんどんかけ離れていくなぁ」


 生きていくためとはいえ、職業の概念ってなんだろうと思ってしまうよ。

 右手にナイフを握り、森の中へ向かう。

 だが、不思議なことに動物がどこにいるのか、今まで感じることができなかった遠くの気配を探ることができた。


「狩人スキルのレベルでも上がったのか?」


 習得済みのスキル確認を忘れていたよ。

 近くに気配はないので、俺はすぐに確認してみた。


「やっぱり、狩人スキルが2になってる。鑑定も2だな。……あー、それでもこのナイフは分からないのか」


 素人目でも凄い逸品だということは分かるので、とりあえずは保留である。

 スキルの確認を終えた俺は森の奥に感じ取った気配の方へと歩き出す。

 気配を消し、バレないように慎重に歩みを進めて、遠くから獲物を視認した。


「……ちょっと待て、あれは、動物か?」


 でか兎やでか豚とは明らかに違う見た目に、俺の体からは自然と汗が溢れ出していた。

 こちらに気づいていないのは、謎の生物が食事中だからだろう。

 食べられているのは、でか豚のようだ。

 お腹の部分に手を突っ込んで、肉を引きちぎり口へと運ぶ。

 ……違う、こいつは絶対に動物なんかじゃない。


「……これが、魔族か?」


 あまりの驚きに自然と言葉がこぼれてしまった。

 とても、本当にとても小さな声だったはず。

 それでも、言葉がこぼれた直後から魔族の動きがピタリと止まったのだ。

 ……やっちまった。

 俺は固唾を飲んで魔族を見続ける。視線を逸らせると、その瞬間には殺されるのではないかという恐怖から見続けることしかできなかった。

 しばらく動きを止めていた魔族だったが、何もいないと判断したのかゆっくりと動き出して食事を再開させた。

 ……大丈夫なのか? この場から離れられるか?

 俺は一歩後退し、視線を固定させたままさらにもう一歩。

 物音を立てないように、静かにゆっくりと下がっていく。


 ──パキッ!


 しまった!

 そう思った時にはもう手遅れだった。

 魔族は物音がした方へ顔を向ける。

 音を立てたのは俺ではなく、脇から姿を現したでか兎。

 普通ならでか兎に向かって行くだろう。

 しかし、でか兎からの延長線上にいるのが、俺なのだ。


『ギヒャアアアアアアッ!』

「ヤバい!」


 立ち上がった魔族は、二足歩行でこちらめがけて走り出した。

 本来ならば逃げるべきだろう。未知の敵に遭遇したのだから当然だ。

 だが、ここで逃げたとしても、逃げ切れるわけがない。

 だって、この体の体力は7なのだから。ちょっと走っただけで息も絶え絶えになるんだから。

 ならばどうするか。


「や、やるしかない!」


 ナイフ術でどれだけ戦えるのか分からないが、やらなければ死ぬだけだ。

 目の前に迫ってきた魔族に対してナイフを構えると、これがスキル効果なのかという感じで体が自然と動いていた。

 両手を広げて抱き込もうと飛び込んできた魔族に対して、俺は逆手に持ったナイフを斬り上げて左腕を両断する。


「うおっ!」

『グギャアアアアッ!』


 魔族も驚いたみたいだが、俺も驚いたわ! まさか一振りで両断できるとは思っていなかったよ!

 これがスキルの効果なのか、ナイフの切れ味が凄いのか、どちらにしてもこれならやれるかもしれない。

 距離を取ろうと飛び退いた魔族だったが、俺は逃がすまいと前に出て追撃。

 その姿を見たからか、着地と同時に魔族も再び飛び込んできた。


「頼む、ナイフ術スキル!」


 ──ザンッ!


 ……何かを斬った音、そして感触がはっきりと残っている。

 ナイフを見ると、刀身にはどす黒い血がベッタリと付着していた。

 そして、俺はゆっくりと振り返り、首が落ちた魔族を確認した。


「……お、おぉ、俺、生きてる~! ナイフ術、習得しといてよかったよ~!」


 ナイフだけでは死んでいた。きっと、スキルだけでも死んでいた。両方が揃っていたからこそ、俺は生き残れたんだ!

 ただ、心の恐怖は後からやって来たようで、俺の体は勝手に震え始めたんだ。


「……はは、なんだか、ヤバいや」


 ついさっきまでは、異世界転生にテンションを高くしていたが、これは現実なんだ。

 賢者……としての生き方はできていないけど、でかい動物だったりスキルだったり、魔族だったり。

 ここは確かに異世界で、そして命の危険を伴う場所なのだ。


「……まずは、生き残ろう。生きてこの森を出て、世界を見て回るんだ」


 いまだに体の震えは収まっていないが、この場に留まり続けるのも危険だろう。

 俺は体に鞭を打ち、魔族の死体に目を向けて鑑定を始める。

 生きている時には見ることができなかったが、死んだからなのか見れるようになっていた。


「あー、やっぱり魔族だ。でも、下位って付いてるってことは、弱い魔族だったんだろうな」


 だからといって俺よりも弱いとは限らなかったんだ。

 そして、こいつが下位ならさらに上が沢山いるということだ。


「名前は……ゲビレットか」


 俺はゲビレットの死体が何かに使えないかと考えながら、足を掴み引きずって湖へと戻っていった。

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