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八年前

 朝六時半。起床のベルで、ぼくの一日は始まる。

 フローリングの小部屋には、二段ベッドが両わきに一つずつ、全部で四人分設置されている。ぼくのいるベッドは、ドアに近い右がわの一段めだ。

 ベッドにはさまれた真ん中のタタミ四枚分くらいのスペースには、同じ部屋の男子があくびをして立っていた。上の段から降りてきた春川くんの足のうらが、木でできたハシゴごしに見える。

 なれない手つきで布団を整えて、身をかがめながらせまいベッドを抜け出した。

「おはよう」

目を細めながら言った。部屋のおくにはひとつだけ窓があって、そこからうすい金色の光が差し込んでいる。

 春川くんは、ぼくと同じ十二歳だ。気が強そうな太いまゆげの下で、くりくりとした目が朝早いにも関わらずぱっちりと開かれている。つんつんとした髪の毛は、僕よりもだいぶ短くかりこまれていた。

「おっす。行くぞ」

養護施設に来たのは、ちょうど先週のことだ。お父さんは、おうちが無くなるからここへ行っておいで、と地図をくれた。

 斎藤の首をしめたことが気に入らなかったのかな。それとも、学校に行きたくなくて何日も休んじゃったからかも。

 お父さんは、笑顔でぼくを送り出した。

 家にいると、事件を知っているやつらにいじめられるって心配してくれたんだろう。わざわざ電車を乗りつがせ、よその市まで行かせたのはそのためだ。いやなウワサが落ち着いたら、きっと迎えに来てくれるはずなんだ。

 そしたらまた、ぼくと一緒に暮らしてくれる。

「おい、亮介」

顔を上げると、なぜかむずかしい顔をした春川くんが、もうイスに座っていた。

 クリーム色をした食堂には、もう三十人ほどの施設の子たちが集まっている。長机は三つとも満席で、その上にはおぼんにのせられた朝ごはんが人数分だけ並んでいた。

 すでに着席したみんなが、おぼんを持って突っ立ったままのぼくを見ている。ぼーっとしてて、分けられたごはんをもらってきたことに気付かなかった。

 あわてて座って、みんなで『いただきます』をする。

 真っ先に食べたたまごやきは、お母さんが作ってくれたみたいにトロっとしてなくて、ぱさぱさだった。焼きジャケはしょっぱすぎるし、みそ汁の具は少なすぎる。

 それでも、おはしで押し込むみたいに口につめる。いっぱい食べなきゃお父さんだって迎えに来てくれないかもしれないし、お母さんが心配するから。

 お母さんはきっとまだ病院かどこかで手当てをしてもらってて、ぼくに会いには来れないけど、ぜったいまた会えるんだ。お母さんがどうしてそんなにひどいけがをしたのか良く思い出せないけど、思い出すのはダメなことのような気がするし、それに、お母さんはいつだって正しいんだから、ぼくだって正しく生きてればまた会えるはずなんだ。

 疑問をもっちゃいけない。疑ったりしたら、怒って迎えに来てくれなくなっちゃうかもしれないから。

「亮介」

前に座った春川くんが、こまったような顔でぼくを見ていた。返事をしようと思ったけど、口の中がいっぱいでうまく言葉を出せない。

「大丈夫か?」

こくこくとうなづいて、思い出したようにかみ始める。口に運ぶのに一生懸命で、かんで飲むことを忘れてた。口の中の食べ物がたくさん過ぎてうまくかめなくて、大きいまま飲んだら、少しむせた。

「はい、お茶」

右どなりの席にいたあかねさんが、自分のコップをにぎらせてくれた。

 ぼくの三つ上で、もう十五歳。子犬みたいな黒目がちの目が、おっとりとしたあかねさんにぴったりだなと思う。でも中学校を卒業したら、パチンコ屋さんで住みこみではたらくから、もうすぐさよならしなきゃいけないらしい。お金をいっぱいためて、べつの施設にいるきょうだいと一緒にくらすんだ、ってうれしそうに言ってた。

「あせらなくていいんだよ、落ち着いて」

もらったお茶で、かみかけのごはんをのどのおくに全部流しこむ。

どうせおいしくないし、味わう必要なんかないから。

「ありがとう」

からっぽになったコップを返すと、あかねさんがのぞき込んできた。

あごあたりで切りそろえられてる黒い髪が、さらさらと揺れる。

「落ち着いたかな?」

「うん。もう平気」

そう返事をすると、頭をぽんぽんと二回なでられた。子供じゃないんだけどなぁと思ったけど、ちょっぴりうれしい。

「ね、生活とか学校とか、色々と変わっちゃっただろうけど。あんまり無理して一気に頑張りすぎなくって良いんだよ」

「……うん」

「聞きたいこととか言いたいこと、あたしで良いなら、我慢しないで言ってね。いつでも好きなときに来れば良いから」

「うわー、あかねって積極的~」

春川くんがからかうように口をはさんだ。

「んもう、小学生の子のことそんな風に考えるわけないでしょ」

「とか言って、ちょっと赤くなってるじゃん」

「な、なってないってば。とにかくあたし一応施設歴長いし、色々役立てるかも知れないから、訊きたいことがあったら言ってね。あと、ハルの言うこといちいち相手しちゃだめだよ」

「うん、分かった」

「おい亮介、そこ返事するなよ」

思わず笑うと、春川くんとあかねさんも笑った。

 みんなイジワルだったりなかよくしてくれなかったりしたらどうしようと思ったけど、そんなことなかった。春川くんとか同じ年の子たちはいっぱい話してくれるし、年上の人たちは怖そうなのが何人もいるけど、あかねさんみたいに優しい人だっている。施設の人たちは、ちょっぴりひいきがあったり変なことで怒ったりもするけど、そんなの小学校の先生と変わらない。

 大丈夫だ。迎えに来てくれるあいだの短い時間くらい、ぼくはここでがんばれる。

 大丈夫だからね、お母さん。


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