十一年前
『ぼくの家族』
ぼくには、お母さんと、お父さんがいます。
家族は、三人です。
お父さんは、会社に行っているので、あまり会えません。
朝まで仕事をしてるので、えらいと思います。
大きくなったら、ぼくも仕事をいっぱいしたいです。
お母さんは、とてもきれいです。
野坂くんや、田辺くんにも、美人だねってほめられました。
お料理もおいしくて、日曜日とかには、ケーキをやいてくれます。
お母さんのケーキはすごくおいしいです。
将来は、お母さんみたいな人とけっこんしたいです。
――ぱちぱちぱち。
みんなが拍手をしてくれました。
つっかからずに、ちゃんと読めました。先生もにこにこしてます。
授業が終わると、岡村君たちがぼくのところに来ました。
「結婚だってさ。お前マザコンだろー」
「やーい、マザコン」
「家に帰ったら、おっぱい飲んでるんだぜ」
ぼくはもう三年生です。おっぱいなんて飲んでません。だから、立ち上がって言い返しました。
「家族は大切なんだって、先生だって言ってたぞ。岡村君、お母さんのことデブだって書いたから怒られてたじゃん」
「うるせえ、いつも良い子ぶりやがって、調子乗ってんじゃねえ」
岡村君たちは、くちぐちにぼくのことをむかつくと言い出しました。
「やめなさいよ!」
そのとき、窓のほうでミユカちゃんの声がしました。
「こりないわね、こないだ亮介君とケンカして負けたくせに」
「げっ。ま、負けてねえよ!」
おとつい、手を洗ってる武田くんのズボンとパンツを、岡村君が全部下げました。顔を真っ赤にした武田君を見て、岡村君は笑っていました。
ぼくは、とてもいけないことだと思ったので、その場で注意しました。
殴りかかってきたけど、ぼくがよけたので、そのまま岡村君は転んで、逃げてしまったのです。
「岡村君は逃げただけから、負けたわけじゃないよ」
「に、逃げてねえよ!」
「あら、じゃあ負けるのより悪いじゃない」
「逃げてねえって!」
岡村君はあせりながら、また廊下に飛び出してしまいました。
僕とミユカちゃんは、顔を見合わせて笑いました。
*********
ウサギにえさをやっていたら、すっかり帰るのが遅くなりました。
空はまっかで、体育の時間のときよりも風がちょっぴり冷たくなってます。
ひとりで帰り道を歩いていると、公園で、岡村君の声がしたような気がしました。青い、あみあみのフェンスの向こうは、大きな木が何本かあって、外からは見えません。
気のせいかなと思って入ってみると、やっぱりいました。いつもいっしょの、矢田君と斉藤君もいます。
でも、三人の真ん中でしゃがんでる、同じ年くらいの子は、知らない子でした。
こないだいじめられてた武田君ではないようです。
「何やってるんだよー」
近づくと、知らない子はドロ団子を食べていました。苦しそうに、ときどき、うえっうえっと言っています。
「こいつドロ食うんだぜ」
「やめろよ、病気になるだろ」
ぼくが男の子の手を押さえると、その子は、まん丸な目で不思議そうにぼくを見上げました。
「なんだよ亮介、邪魔すんなよ」
「いつもうぜえんだよ」
「今度こそ殺すぞ」
岡村君がぼくの胸ぐらをつかんだので、いきおい良くひざを振り上げました。
「ぎゃあっ」
一番いたいところに当たってしまったみたいで、えびのように丸くなって苦しみ出しました。
「このやろう!」
矢田君と斉藤君が、いっせいにつかみかかってきました。
矢田君は、頭突きとキックを背中に入れたら、泣きながら走っていきました。
斉藤君は、顔にパンチを入れてから、足を払って倒したら、砂だらけになって逃げていきました。
二人がいなくなると、岡村君は砂が目に入ったからと言って、二人といっしょの方向に走ってきました。
「お、覚えてろよ!」
さえないセリフだと思いました。
男の子は、口の周りがドロだらけのまま、立ち上がりました。僕は、青いハンカチをポケットから出しました。お母さんに買ってもらった、飛行機の絵が描いてある、かっこいいやつです。
「使いなよ」
男の子はハンカチをひったくると、いきなり走り出しました。
「ちょっ、待てよ! 返せったら!」
大切にしてたのに、お母さんからもらったハンカチは盗まれてしまいました。岡村くんとグルだったんでしょうか。
とってもくやしかったです。