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六日目



 やっと訪れた日曜日は、久しぶりに何もない日だった。

 もちろん家庭教師と居酒屋のバイトにはきっちりと行った。しかし、六宮も来ず、さやかからの着信もなく、律が死体を拾ってこない一日は、ことのほか心安らぐものだった。バイトでの疲れなど、ここ最近の心労に比べれば軽いウォーミングアップのようなものだ。これだけ平和だと、かえって月曜日が怖い。

 そんなことを一日の終わりに考えていると、さっそくオレの携帯電話が鳴った。

「亮介、今って大丈夫?」

「ああコトリか。バイトが終わって家に着いたところだ。どうした?」

「何か進展あったかなと思って」

まず、ユナに電話したことをコトリに伝えた。

「そっか……SMなら体に打撲のあとが出来ても不思議じゃないって思ったんだけどなー」

「少なくとも、商売としてのSMでは、そこまでの行為は無理みたいだ」

「商売じゃなければ良いのよね。たしか、ユナさんの話からすると、光下先輩とルカさんは付き合ってるみたいってことだったけど」

「おお。それがな」

昨日、光下先輩が夜に来たことと、ついでにさやかのことについても話した。

「うわぁ、いろいろあったんだね。さやかちゃんの動きも気になるけど、事件と関係あるのかな」

「今から事件を起こしそうではある」

「そういえば、一昨日のデートでは何か収穫はあった?」

「アリバイは訊けたぞ。事件当日、九時か十時ごろはオレのアパートの前にいたらしい。ただ、ルカの死亡推定時刻だった夜の十一時から一時は、家で寝てたと言ってる」

「ってことは、ルカさんがアパートの前で死ぬ前に、さやかちゃんがあの場所にいたってことね」

「ああ。死亡推定時刻からは少しずれてるし、もしさやかが殺したんだとしたらこんなこと正直に話すはずがない。アパートの前で佇んでたことなんか、自白されなければ知りようがないしな」

「逆に、さやかちゃんが亮介のアパートの前にいた時刻のカモフラージュとは考えられない? 家に帰ってきた正確な時刻なんて、証言できる人がいたとしても家族くらいでしょ?」

「その家族すら証言出来ないかもしれない。あいつの部屋は音が漏れにくいそうだ」

「何そのマニアックな情報」

「訊くな」

咳払いをして、脱線しそうな話を元に戻す。

「とにかく、さやかにしてもアリバイは不完全だ。律や巡査が辺りを歩き始める前に洗濯機に隠れて、律が帰ってきた頃合いを見て抜け出すってことも出来た。ただし動機がさっぱり分からないし、体格的にもルカとは互角かそれ以下だ。それなら六宮の方がよっぽど疑わしいけどな」

「やっぱ六宮さんか……ほかにさやかちゃんは何か言ってた?」

「オレのアパートの前で、二度ほどオレの部屋を見上げてる女を見かけたそうだ」

「誰? もしかして……」

「ああ。この話を聞いたときは、ただの偶然だと思った。さやかは相手の容姿を何となくしか覚えていなかったから、二回とも同じ人間だったかどうかは怪しいし、見上げてた部屋がオレの部屋かどうかなんてのも分からない。だが……」

「今なら、『その女』が誰か思い当たるふしがある。でしょ?」

「そうだ。ルカの携帯に入っていた画像、あの中には夜にこのアパートを撮影したらしきものがあった」

「亮介、意外とモテるんだね」

「モテるっていうのか、こういうのは」

「言うんじゃない? 愛情の表現法なんて人によっていろいろだからね。鳥島先輩だってそうでしょ」

「……もうあの話を蒸し返すんじゃない。意味もなく落ち込む」

「でも、恋敵を殺すほど光下先輩が好きだったとしたら、その線もあり得るじゃない」

「鳥島先輩が人を殺すなんて想像できないんだよなぁ」

「先入観を捨てないと目が曇っちゃうよ。それに、いつ誰が加害者になるかわからない、って話は当の光下先輩がしてたんでしょ?」

昨日の先輩の言葉を思い出す。

 ――些細でしかない何かが切っ掛けになって、身近な誰かが、おまえの大切な何かを破壊するかもしれない。

 過去の事件で彼が学んだことは、親しい人ですら完全には信用するまいという、なんとも悲しいものだった。

 確かに、先入観は禁物かもしれない。経験者である先輩が言っているのだ。

「なあ、今回の殺人って、昔の事件と関係あると思うか?」

「中学生時代に光下先輩の彼女を襲った人が、ルカさんを殺したってこと?」

「少なくとも五年以上は経ってるだろうから、考えにくいとは思うんだが」

「でも、あり得ない話ではないよ。片思いを五年以上続けてる人だっているだろうし」

少しの沈黙が訪れた。結局、全て推論ばかりで何も先には進まない。

 ルカが殺される理由として考えられることはいくつかあるだろうが、だからと言って今回どうして殺されたかなんて、きっと犯人にしか分からないのだ。

 しかし、だとしたらどうやって犯人を導き出せばいいのだろう。どうしてあそこで死んでいたかさえも分かっていないというのに。

「とにかく、現場に出入りできた人間をもっと調べてみたほうが良いかもね。アパート近くの住人と美濃巡査について調べてみるよ」

「おまえ一人でやるのか? 明日からまた学校だぞ」

「出来る限りのことはするよ。しばらく人形作りはお休みするかな」

「……やめておけ。犯人かもしれない容疑者の周辺を嗅ぎまわるなんて、殺してくれと言ってるようなもんだ」

「おっ、私のこと心配してるんだ。へー」

「茶化すな。光下先輩の話を聞いてなかったのか?」

「聞いてたよ。大丈夫だって、適度にやるから」

「大丈夫じゃない、ルカみたいになってからじゃ遅いんだよ。近所の聞き込みはオレがやるから」

「お昼に、道ばたで話を訊くくらいなら安全だよ。明日の三限目の量子力学は取ってないし」

「でも――」

「んじゃ、また明日ね」

最後は早口で一方的に喋られ、結局そのまま切れてしまった。本当に大丈夫なのだろうか。

 電話をかけなおしたほうがいいかとも思ったが、明日学校で会ったらもう一度説得してみようと考え直し、オレは寝る支度を始めた。



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